最終話 雲の上で

 まだ雨が降っていた。

 バスキア軍は撤退した。追撃する余裕は、王国軍にはなかった。

 それでいい、と思う。

 ミリアを上を見て、大きく口を開けた。雨で喉を潤す。疲れた。

 できると思ってやったことではない。やり方はクロトが知っていた。自分は、竜を信頼しただけだった。

 そう、言うことを聞かせる必要なんてなかった。竜は空に生きる種族だ。飛び方なら、人間よりずっと知っている。

 見下ろすと、一番隊と三番隊が合流するところだった。

 その中に、王子が混じっているのを見つけた。王宮のごたごたは、ひとまず片付いたようだ。

 一番隊の隊員が誰も死んでいないことに、ミリアは安堵した。

 降りていこうと思ったが、クロトが動かなかった。

 白銀の竜は、雲の上を見ている。

「……行こうか」

 竜がうなずいたように思えた。人間の勝手な思いこみだろう。

 雷雲の上は青空。

 海のような白い世界に、褐色の竜が浮かんでいた。

「約束通り、この子は返す」

「そうか」

「その代わり、条件があるの」

「言って見ろ」

「二度と戦わないと誓って下さい。それと、あなた乗っているその子は返して欲しい。……恩師の形見みたいなものだから」

「わかった。交換だな」

 意外にあっさりと、ルウはうなずいた。

「見ておった。まさか風の子でもない者が、竜の本性を引き出すとはな。……ぬしなら竜を預けても大丈夫だろう」

 二人は近づき、互いの席を交換した。

 離れようとしたルウを、ミリアはつかんだ。

「何だ? まだ何かあるのか?」

「王子からの伝言が」

 ミリアはルウの耳に唇をよせ、ささやいた。

 ルウの顔が、嫌そうにゆがんだ。

「正気か? 奴にとってわらわは親の仇だろう」

「そうだけど、でも、そういう因縁をもう終わりにしようって、王子は考えてるみたい」

 ルウの顔が複雑にゆがむのを、ミリアは楽しそうに眺めた。初めて、彼女に勝ったような気がした。もちろんただの幻想だ。

 ルウが怒ったような顔で飛んでいく。ミリアは、それを見送ってから雲の下に降りた。仲間たちが待っていた。

「ちょっとあんたすごいじゃないなんなのよあれ」

「あれ? 来たときは銀色の竜に乗ってなかった?」

「んもうそんなのいいじゃない。お祝いよお祝い。ミリアに毛が生えた以来のお祝いだわ」

「こんな所で言わないで下さい!」

 もみくちゃにされる。それが単純にうれしかった。

 王子が寄ってきた。けれど、アセラスたちはミリアを離さなかった。王子様より仲間が大事、それが一番隊だ。

 べたべたと、あちこち、触ってはいけない場所にまで伸びてくる仲間たちの手をかいくぐって、ミリアは王子と対面した。

「伝えてくれた?」と王子。

「はい。嫌そうな顔、されました」

 ミリアの返事に、王子は苦笑を浮かべた。

「……まあ、十年のうちには何とかするよ。……多分。……きっと。もしかしたら……」

「悲観しなくても大丈夫ですよ。王子、もっと自分に自信を持って下さい」

「ちょっとそこで密談しなーい。密談すると牢屋行きですよー」

 ミリアが拉致され、撫で回される。もう何人か酔っているようだ。飛行前の飲酒は御法度のはず。どうやって帰るつもりなのだろう。

 それを見ながら、王子は微笑んだ。


                 ◆


 竜王国が正式に風の子たちと和解し、相互交流を決定したのは、それから十二年後のことであった。さらに三年後、風の子の姫巫女ルウが、ガム・セルダン二世に正式に輿入れをした。

 竜騎兵隊は順次縮小された。

 伝説の時代は終わったのだ。

 王となったガム・セルダン二世は、フゥア川を自由交易河川と指定し、十二国連合との国交を再開した。

 帝国はバスキアを併合した。

 大陸は二大国とその属国という形に再編されることとなる。

 にらみ合いは続きつつも、竜王国は以降、長く反映を続けた。


 ミリア・アストラのその後は、伝わっていない。

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ドラゴンブラッド・クロニクル 上野遊 @uenoyou

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