第18話 表舞台へ
いったい何の式なのか。
唐突に出回った広報に寄れば、和平式典らしい。
だが、王都の住民のほとんどは、うまく受け入れられないでいた。壁の外での戦闘が、市民にはまるで伝わっていなかった。王宮内での政変の影響であり、その政変に関しても、ことの性質から、詳しい情報は巷間まで広まらなかった。
市民の目には、セルダン一世が暗殺されたことと、近くの村の焼き討ち事件だけが映っていた。当局が犯人を捕まえることはあるだろう。だが、それがどうして和平になるのか、誰との和平なのか。
何より肝心な「風の子」という民族の存在を、市民は誰一人知らなかったのだ。
まさにそれを説明するための式典なのだが、気ぜわしい市民は既に、王宮の密室主義に腹を立てていた。
どうせ民衆は置き去りだよ。
広場に集まった市民は、そう思っていた。にもかかわらず集まったのはやはり、情報に飢えていたからだろう。
「五十年前……」
ハーリントンは、石像を背に語り出した。
「我が国は、未曾有の危機下にありました。大陸を吹き荒れた戦乱の嵐は、川と山々を糧に穏やかに過ごしていたわれらの祖先をも包んだのです」
誰もが知っている、歴史だった。
「畑は焼かれ、男は死に、女は略奪されました。街道には身寄りのなくなった子供たちがあふれ、川には無数の死体が流れました。この時期に王国を離れた人民も少なくはなかったでしょう。それを責めることは、私にはできない。誰もが、国家の滅亡を疑わなかった。逃げることしかできなかった。そうでしょう?」
民衆は答えない。小さなざわめき。公は何の話をしたいのだ?
ハーリントンは、竜騎を象った石像を見上げた。
「王国を救ったのは、ガム・セルダン一世陛下。竜王と呼ばれることになる、当時まだ二十歳そこそこであった若者です。王家の人間として、陛下は務めを果たされました。伝説の竜をよみがえらせ、戦線を立て直し、誰もがあきらめていた、バスキア軍の掃討を成功させたのです。陛下は選ばれた二十四人の竜騎と共に、竜王国の成立を宣言されました。以降、我が国は五十年にわたる繁栄を築いてきたのです。今や、超大国である帝国にも劣らない陣容である、と自負してよろしいかと存じます。その影に、民の皆の絶え間ない努力があったこと、深く感謝しております」
話しながら民衆を見回す。
「今、先日、陛下は御隠れになられました。無法者の凶刃に倒れたのであります。許されることではない。国家に対する反逆であり、蛮行である、と誰もが思われたでしょう。ですがこれは、我が国にも責任のあることだったのです。陛下はいくつか、秘密を抱えておいででした。その一つに、五十年前のことがあるのです。竜王は、竜をよみがえらせたのではなかった。元々、ある民族が育てていた竜を、奪取したのであります」
言葉が染み渡るまで、ハーリントンは沈黙を挟んだ。その間を利用して、ジンたち風の子の一派が広場に通された。
忘れられた神話の世界に暮らしていた竜使いたちが、歴史の表舞台に登場した、その瞬間だった。
集まった民衆はつま先立ち、少しでも彼らをよく見ようと首を伸ばした。
「陛下はいわれなく狙われたのではなかったのです。簒奪者は我々のほうだったのです。陛下は彼らから竜を奪取し、独占しようとしたのです。お分かりでしょうか皆さん。彼らは、正統な権利を主張しただけだったのです。……ここに紹介しましょう。彼らこそ風の子、正統な竜の所有者の一族です」
「だからといって人殺しが許されるか!」
誰かが叫んだ。やけにタイミングのよい声だったが、歴史に隠されていたものの衝撃に打ちのめされていた民衆は、気付かなかった。
ハーリントンはうなずく。
「お静かに。その通りです。しかしこう考えてはいかがでしょう? 陛下が竜を奪取したのは、国家の意思でも軍の計画でもなかった。陛下個人の意思であり、独断でした。同じように、陛下の暗殺も、彼らの中の一部、協調を好まないものの独断専行だったのです。……こちらのジン殿は、あの事件で王国と風の子の間に修復不能の溝ができるのではないかと危惧されておりました。そして、独自に行動し、事件の首謀者を捕らえることに成功したのです。ジン殿とて王家に恨みはあったでしょう。しかし、竜王国の一員として、われわれに協力を申し出て下さったのです」
言葉の後半は、民衆には届いていなかった。
暗殺者が捕まった?
独断だって?
そう言われると……。
あいつら、みんなああなんだろ? 竜騎兵よりずっと強いんだ。
やろうと思えば王都を焼き払えたんじゃないのか?
広場にざわめきが広がっていく。
「謝罪しても足りないでしょう、とは思います」
その声で、民衆のざわめきはぴたりとやんだ。話題の男、風の子の代表が口を開いたのだ。
「しかし、殺し殺されるばかりでは悲しすぎます。過去は終わったものとして、新しい時代を作っていきたい、我々はそう考えています。時間はかかるでしょうが、どうか、受け入れていただきたいのです」
ジンが深々と頭を下げた。
どこからともなく拍手が生まれる。
まばらだった拍手は、最後には地鳴りのような振動となって王都を揺らした。
ハーリントンとジンは握手を交わした。
暗殺者の処刑は、翌日の正午、同じ広場で行われると発表された。
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