第16話 策謀の王宮
いったい何人が暗躍していたのか。
そして、それはいつから行われていたのか。
それは暗躍であるが故、はっきりとはわからない。
ただ、ジンたち風の子の一行が王宮に降り立つのに、何の抵抗もなかったことと、ハーリントンとジンが、互いの名を確認しなかったことは事実だ。
それに気付いたものが何人いたのか――いや、全員が気付いた。気付かなかったふりをしているだけだと、シモンズは思った。
「とんだ茶番だ」
王宮上層の回廊から、中庭を見て、シモンズは呟いた。中庭には風の子の指導者――ジンとか言ったか――が護衛と称して連れてきた男女が、竜と共にいた。
「茶番、ですか?」
秘書官のジルが問いを返した。仕える相手が不在になった関係で、二人はそれぞれ、臨時の役目を与えられていた。風の子の訪問団の応対、である。
ガラハドは体調を崩して伏せっている、と説明された。高熱を発する伝染病だとか。疑わしいが、確かめるすべはない。
王子の所在は以前として不明だ。ハーリントンは王子が帰還しないと確信している様子だった。つまり、既に消されている――?
「茶番だよ」
セルダン一世の暗殺ですら、ハーリントンの予定に入っていたのではないかと、シモンズは疑っている。自分は政権を取り、厄介な問題は全て外部に押しつける。その段取りが、もう出来ているのだ。
会合の場でジンは、セルダン一世が風の子から竜を強奪したのだと改めて主張した。ハーリントンはうなずき、謝意を示した。
『しかし、竜がなければ我が国は滅んでいたでしょう。そうなれば、あなた方の里も、外敵の侵略にさらされていたかも知れない』
『承知しています。われわれにも、一部暴走する勢力がありました。彼女を止められなかったこと、遺憾に思っております』
セルダン一世の暗殺は風の子内の過激派――ルウの独断によるもので、他の風の子たちは関わっていない。暴力的な行為は我々としても遺憾である。ジンはそう説明し、瀕死の重傷を負ったルウを、王国側に引き渡した。
脅迫めいた犯行声明を出しておいて、暗殺の首謀者は自分ではない、犯人を引き渡すから手打ちにしてくれ、とジンは主張したのだ。
真相を究明せずにテロリストの言い分をそのまま受け入れたハーリントン。
これが茶番でなくて何だ?
思うことはいろいろあったが、シモンズは口にしなかった。今の王宮内で滅多なことを言えば、次に「病欠」させられるのは自分になる。
「ちょっと、そこのあなた」
声がして、シモンズはそちらを見た。回廊を、似合わない帽子をかぶった若い女が歩いてくる。ジンの補佐役だと名乗っていた女の一人だ。名前は確か、
「ウル殿……でしたか?」
「ああよかった。着替えのために部屋に戻りたいのだけれど、迷ってしまって……」
ウルと呼ばれた女は、頼りなく視線をさまよわせる。
「ああ。ここは広いですからねご案内しましょう」
シモンズが先導して廊下を進む。ほどなく来賓用の部屋へと到着する。
「ありがとう。助かりましたわ」
「どうしたしまして」
とシモンズは一礼し、その場を去ろうとする。
何となく同行する形になっていたジルもシモンズと共にその場を離れようとする。と、部屋に入ろうとしていたウルが振り向き、ジルに目配せを送った。
その数分後、ウルの部屋のドアがそっと開けられた。辺りをはばかるようにして、ジルが部屋に入ってくる。
「……姉さん」
とジルは言った。ウルは慌ててジルを部屋に引き込み、急いでドアを閉めた。
「この馬鹿っ!」
怒鳴りつける。
「誰が聞いてるかも分からないのに姉なんて呼ぶんじゃないよ! 関係がバレたらどうなると思ってるんだ馬鹿!」
ジルは身をすくめた。
「ご、ごめんなさい」
「ホント、使えない子。なんであんたがあたしの妹なんだろうね? 竜も扱えないくせにさ」
暗躍者の一人を明かそう。
霞の子、ジル。
風の子の中でも比較的立場の弱い一族の末娘だ。風の子でも、血の強さには個人差がある。血が強く表れないものは、肉体的にも一般人とあまり変わらない。ジルはそれを利用して、十年以上前からスパイ活動を行っていたのだ。
「……まあいいわ」
ウルは鼻息で怒りを収めた。
「で、王子の行方は?」
ジルは答えない。うつむいて、握りしめた拳をふるわせている。
「役立たず」
「だって、私一人で探せるわけないじゃない」
「口答えするんじゃないよ! そもそもね、あんたがうまくやってれば、あの日に王子も始末できたんだ。おかげで余計な手間が増えたじゃない」
「ごめんなさい。……大丈夫なの?」
「アルが何とかするでしょ。特攻好きの姫様は引き渡したし、実戦部隊は暇だもの。それより着替えるんだから手伝いなさい。午後から式典なのよ? あたしだけ遅れていったらジンに何言われるかわかってる? この愚図」
竜王国に引き渡されたルウの身柄は、ひとまず竜騎兵隊が預かることとなった。血誓を持った竜使いの相手は、普通の兵士には任せられない。
運び込まれたルウを見て、アセラスは複雑な気持ちになった。
ぶっ殺してやりたいと、まずそう思うはずだった。
姐御を殺しマチルダの腕を切り落とし、ホイットニーが死ぬ理由を作った張本人。
百の小片にわけて、竜のエサにしてもまだ足りない相手だと、そう思っていた。
考えが変わったわけではない。
相手が、もう瀕死だったからだ。
体中から血を流し、その一部は既に固まって黒い筋になっている。頬にあるのが入れ墨なのか血の跡なのか、判別できない。右の肘と左の手首、両方の足首が折れていた。背骨にも損傷があるようだ。腰の位置がなんだかおかしい。
耳を近づけないと呼気も聞こえないし、目は、指を突っ込んでも反応しないのではないかと思うくらい、うつろだった。それでも五体そろっていた。まだ生きていた。
処刑の日まで死なせるな、という命令だった。
「……ほっといても死にますよ、これ」
瀕死のルウをつま先で差して、アセラスは傍らの男を見上げた。
「確かに。死なせてやりたくなってくるね」
「副長」
「悪かった。殺しても足りないと思うけど、こらえて」
「それはいいんです。戦争したんだと思えば」
嘘だった。納得できることなど一つもなかった。王家への忠誠があるかと問われれば、アセラスは「ある」と答えるだろう。少なくとも公式な場では。だが、仲間が死んだそのことを、国家のための一言で片付けられるほど、人間ができてはいない。結局、アセラスは軍人ではなく、「売られた子」なのだ。何が大事だと聞かれれば隊の仲間だと答える。
「せめて口が利ければねぇ」
「謝罪させる?」
「いえ。泣いて許しを請わせた後で殺します」
怖いね、とシモンズは呟いた。アセラスは聞こえなかった振りをした。
ルウの身柄を引き受けるに当たって、交渉を望んだ風の子の主流派に反して、この少女は独断で暗殺を実行したのだという説明を受けた。同じ発表が、午後から国民に向けて行われるそうだ。
なんだか納得いかない。
「ぴったり符合しすぎる」
「サリューもそう思う?」
アセラスのつぶやきを、シモンズは逆方向に振った。
「ええ。っても、マチルダが言ってたんですけど。……戦わずに解決するのがわかっていんじゃないかって。だからマリエル中隊長が戦死しても、どこからも補充かけなかった。アセラスにやらせた。順番で言えば、二番隊のロゼッタ小隊長でしょ? あの人、乙種の「クリエ」だし。待機命令のタイミングも絶妙だった。これからいろいろあるけど動くなよ、って感じ」
「待機命令は大隊長が下したんだけど」
「大隊長の機嫌なら、私でも逆撫でできますよ。あの人単純だもん」
シモンズは苦笑した。ふと表情を曇らせ、
「もう竜騎兵隊は終わった」
「え?」
「王宮はまだきな臭いんだ。ハーリントンも風の子も、手に手を取って、という感じじゃなかった。握手しながら背中に刃物だ。もう一幕ある」
「…………」
「何かあったら逃げろ。お前たちが、国家のために死ぬ必要なんてない。フゥア川を渡って十二都市連合に逃げ込め。陛下の和平交渉の影響はまだ残っている。悪いようにはしないはずだ」
「そう言うわけにはいきませんよ」
アセラスはすぐに答えた。
「ミリアがまだ戻っていません。今は私が中隊長です。隊員を捨てて逃げたら、あの世で姐御につま先突っ込まれます」
シモンズは驚き、そして笑った。
「似てきたよ。君に任せて正解だった」
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