第15話 決断

 王都に戻る途中、竜の大群が追ってきたときにはさすがに焦ったね。里からの追っ手かと思ったんだ。

 当たり前だけどこっちは生まれて初めての単独飛行。向こうは竜と共に生きてきた伝説の一族だ、勝てるはずがないと思った。だけど、やってきたのは全部無人の竜だった。

 何だろう、と思っていると竜たちは俺の周囲に隊列を組み始めた。ああそうか、こいつら、クロワの仲間なんだ。家族かも知れないな。ユラが送ってくれたんだと思った。こりゃあますます、とっととケリつけてユラん所に戻らなきゃなって。

 空を飛びながらいろいろ考えた。

 とりあえず、ユラのことを頭から閉め出すのに一番苦労した。これから戦争をしようってのに、脳みそに唇の感触思い浮かべてちゃまずいだろ? いやいや、結構痛かったっけ。

 問題点は二つだけだった。

 できる限り素早く戦闘を終わらせること。

 竜をどう使えば、戦争が優位になるのかわからないこと。

 いくら伝説の生き物ったって、ばっさばっさ羽ばたいてるだけじゃ恐くも何ともない。こいつらが、圧倒的な戦闘力になるってことを思い知らせないとだめだ。

 勝ち目がないと悟れば、バスキアの連中もおとなしくなるだろう。

 つい癖で、俺は腕組みをしてしまった。手を離した瞬間、風圧に負けてのけぞってしまった。両足の力だけでどうにか踏ん張る。クロワも俺が落ちないように、少し速度を緩めてくれた。

「……あほくさい死に方するところだった」

 めくれた裾を直す。と、俺は懐に何か入っているのに気付いた。

 小瓶と、手紙。

 ――この中に入っている薬を飲むと、誰にでも竜が扱えるようになります。ただし、効果は保証しません。あなた方には有害かも知れません。試したことがないのでわからないのです。この薬は、あなたが信頼する方で、かつ、あなたを信頼する……命をかける覚悟のある方にだけ、飲ませて下さい。

 俺は小瓶のふたを取った。

「……薬、ね」

 血の匂いしかしなかった。目の前の竜の、鱗の隙間に小さな傷があるのは、偶然だろうか?


 あの時、彼女の真意を測れなかったことを、私は後悔している。

 やるんじゃなかった。試してみようと思っただけでもいけなかったのだ。バスキアを蹴散らして、それですぐに引き返せばよかった。そうできないことは、わかっていたはずなのに。

 私は王子だった。――今は王だ。

 伝説を復活させ、国を救い、竜王と呼ばれるこの私が「こいつら、借り物だから返してくるわ」なんて言えなくなることくらい、考えつかなければならなかったのだ。

 こんなことが他国に知られてみろ。バスキアどころの話ではない。帝国が総力を挙げて襲ってくるぞ。かけ声すらも想像できる。われらも竜を手にするのだ。それを封じるためには嘘をつくしかなかった。

 今王都にいるのが、竜の最後の生き残り全てだ。

 竜は人を選ぶ。乗り手は選べない。

 竜は竜王が従えている。他の誰にも真似は出来ない。

 嘘っぱちを並べて。

 そうしなければ、隠れ里を誰かが探しに行ってしまっただろうから。

 ユラとの約束は、まだ果たしていない。

 破るつもりはない。

 私はまだ独身だ。

 家臣たちは、はっきりとではないが、後継者を作れと言う。縁談も次々持ち込まれた。

 けれど私には、相手は相手は一人しか考えられなかった。

 けれど、彼女はまだ待ってくれているだろうか?

 考え出したら、いても経ってもいられなくなった。

 何度も寝返りをうつ。

 後継者か……。今や私の願いは二つだけ。それ以外には興味など、

「!」

 私は、自分を殴りたくなった。

 二つの願いを一度に叶える方法に気付いた。

 ユラを王宮に迎え入れればいいのだ。

 隠す必要などなかった。王族になれば、風の子の里に手を出すものはいなくなる。それは王国と正面切って戦うことを意味する。

 それに、私にとってはより重要なことに、

 約束が果たせる。

 私はすぐに寝所を抜け出し、竜騎兵隊の厩舎へと向かった。

 深夜であったが、クロワは起きていた。私を待っていたのだと、思った。

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