第9話 再会、再戦

 村に最初に到着したのは、近くに駐屯していた陸軍の一部隊だった。数は本来なら二百。主に街道の警備を行っていた部隊だ。王都の騒ぎはもちろん知っていたが、それが自分たちの身に降りかかってくるとは、誰も思っていなかったに違いない。現場に到着したときには、兵士は百五十以下に減っていた。

 死んだのではない、逃げたのだ。

 竜騎兵の戦果を見続けてきた陸軍は、竜の恐ろしさをよく知っていた。

 それでも、残った百五十名はよく働いた。徴兵された兵士たちは、祖国と住民を守ることに、なんの疑念も持たなかった。矢を放ち、村人を誘導し、ときには盾となって油をかぶった。

 村を襲った敵は四騎。

 たった四騎が、百以上の兵士を倒し、五百以上の村人を焼いた。

 今や、逃げ出した村人への追撃が始まろうとしていた。

 新たな影が現れたとき、村人は絶望した。だが、それは信じられない行動に出た。味方のはずの竜に乗った男を、突き落としたのだ。目の前に降ってきた殺戮者の死体を見て、村人を誘導していた士官は、状況を理解した。

「竜騎兵が援軍に来てくれた! みんな、助かるぞ!」

 士官は村人をせき立て、王都へと走らせた。そちらのほうから、さらに複数の騎影が現れていた。

「頼む……」彼のつぶやきは、祈りであった。


「……やりやがった」

 まさかあの子が、と言う思いを、サリューは禁じ得なかった。ミリアが甲種――特別な子だ、とは聞かされていた。けれど、血誓の強さは兵士としての強さとイコールではない。素質は素質であって、技術ではないのだ。空を飛ぶだけでなく、戦いの空気をつかみ、操り、敵を討つ行為には、熟練と度胸とを必要とする。ただの新米にできることではない。そのはずだ。

 それがどうだ? 最初に金星を挙げたのは、今日が二度目の実戦のはずの新米だ。

「これが……甲種アストラ

 それは絶対的な素質。努力では届かない高み。

「違う」エメラダが返した。「血じゃない。意思だ」

 ベッドに縛られてなお「仇は必ず……」とうわごとのように繰り返すミリアを、一番隊の全員が見ている。

「意思か」

「あの子に出来たんだ。我々にも出来る」

「そういうこと。予定通りに行くよ。ホイットニー!」

 呼びかけられたホイットニーが、陣形から外れた。残る三騎は、エメラダとサリューがペアを組み、アセラスがやや先行する形をとった。

 一騎を落としたミリアは、残った二騎に挟まれて思うように動けないでいた。素質はあっても決定的に経験が足りない。そこに、アセラスたちが特攻をかけた。

「無理をするな! あたしの後ろにつけ!」

 敵を分断してアセラスが怒鳴る。見やると、思った通り、ミリアは既に息が上がっていた。実力以上のものを発揮した代償として、消耗も普段よりずっと激しい。

「行けます! やらせて下さい!」

「命令だ!」

 小隊は一斉に矢を放った。敵の一騎――背の高い女が乗った竜が距離を開けた。そこに別軌道をとっていたホイットニーが襲いかかる。得物は斬馬刀。先のわずかな戦いから、空中戦では手の長いやつが有利だと、ホイットニーは考えたのだ。だが慣れない武器だったのであっさり避けられる。

 アセラスたちは、残る二騎――どちらも男、髭とスキンヘッド――に牽制をくわえ、ホイットニーに近づけないよう動いた。ホイットニーと違い、積極的に仕掛けてはいない。

「ミリア、こっちに加われ!」

「でもホイットニー先輩が」

「あたしらの中ではあいつが一番だ。やらせろ。……策はある」

 最後は小声でアセラスは言った。

 ミリアはアセラスの脇につき、髭の進路を妨害しにかかった。

 一騎打ちの形になったホイットニーと女がぶつかる。斬馬刀と薙刀がこすれあい、一瞬、二匹の竜が動きを止めた。ホイットニーがすっと離れる。女が形相を険しくした。ホイットニーが退く。女が追う。

「おい!」スキンヘッドが怒鳴った。

「死なす!」女は毒づき、ホイットニーを追って加速した。

 女を追いかけようとした髭の前に、アセラスの矢が放たれる。

「あんたらの相手はこっち。……ケツの穴ゆるくなるまでかわいがってやるよ」

 真っ赤になって突っ込んでくる髭の一撃を、アセラスはぎりぎりでかわした。脇からミリアが仕掛ける。髭は冷や汗を浮かべつつ、薙刀を回転させて穂先を払った。逆に姿勢を崩しかけたミリアに突きを入れようとする。が、これはエメラダの狙撃で阻まれた。隙を作ったエメラダにスキンヘッドが襲いかかり、今度はサリューによって邪魔される。一瞬の間の複数の交差が終わる。

 男たちが表情を引き締める。

「……ちったあ頭使ってきたか」

「このぐらいはやらないと申し訳が立たないんでね」

 誰に、をアセラスは口にしなかった。言わなくても隊のみんなはわかっている。敵に言っても意味がない。やることは一つだ。

「かかれ!」

 このちょっとした会話の間に、竜騎兵隊は弩の弦を巻き上げていた。ハンドルを回す時間を稼ぐために、アセラスはわざと軽口を叩いていたのだ。戦争も殺し合いの歴史も持たない男たちは、弩の弱点を知らなかった。知っていれば、悠長に話などせず押し切ったはずだ。知識の差が、一番隊を救った。

 再び始まったすさまじい速度の戦闘。ミリアは出遅れた。これが二度目の実戦。最初の接触は彼女に軍配が上がったが、慣れない行為は見えないところでミリアを追いつめていた。小休止で集中が途切れたことで、それまで意識していなかった疲労が一気にのしかかってきた。挙動のずれたミリアを髭は見逃さなかった。薙刀を立てて上空から襲いかかる。

「ミリア!」

 敵の注意を引くため、アセラスは声を出しながら突っ込んだ。髭が目標を切り替える。回転する刃が迫る。アセラスは逃げなかった。手綱から両手を離し、頭上で交差させる。唐竹割りに迫った薙刀を受け止めた瞬間、肩が抜けそうな衝撃が走った。アセラスの手甲がひしゃげる。髭の表情が驚きに染まった。身を挺してかばうとは思っていなかったのか。

 個々の能力を見るなら、彼らは竜騎兵を圧倒していた。だが、それ故にだろうか、仲間の存在を意識していないような動きが見られる。

 アセラスが視線を動かす。そっちから矢が飛んでくると思ったのか、髭は後退した。だが、実際にはサリューもエメラダも、スキンヘッドの相手で手一杯だった。

 髭の下がり方は、乱戦にあってあまりにも不用意だった。直線的すぎた。

 アセラスはしびれる腕で弩を取り、後ろに投げた。弩がミリアの目の前に落ちてくる。

 アセラスが高度を落とす。ミリアの正面に髭が見えた。

 外しようのない距離で、外しようのない軌道だった。

 喉に矢を受けた男が、断末魔も発せずに落ちていく。

 引き金は鳥の羽根みたいに軽かった。命の重さだ、とミリアは思った。

 単騎になったスキンヘッドの表情に焦りが見えた。倍の人数で当たられたとはいえ、まさかここまでやられるとは思っていなかったのだろう。

「逃がすなよ! 生け捕って背後を調べる」

 アセラスが怒鳴った。サリューたちに、と言うよりは、スキンヘッドに不利を思い知らせるためだった。

「わかってる!」

 応じたサリューの腕から血が流れていた。エメラダもあちこち負傷している様子だが、致命的な傷はない。

「四対一だ。投降するなら殺しはしない」

「そういうわけにもいかぬのでな」

 その声は、スキンヘッドのものではなかった。

 若い女の声。ミリアには、聞き覚えがあった。

 下からだった。

 いったいいつの間に接近したのか。誰も気付かなかった。四対二だったのに、周囲に気を配る余裕は誰にもなかった。

 ゆっくりと、竜騎兵の包囲の輪の中に浮上してきたのは、国王を暗殺した少女だった。

「エナは?」

 少女がスキンヘッドに問いかけた。

「一人逃げて、追っていった」

 ふん、と鼻息を漏らし「それでこの始末か。……甘く見るなと言ったであろうに。そもそも、ぬしらなぜこんな真似を」

「それは……」

 スキンヘッドは明らかに、少女を恐れていた。格が違う、と竜騎兵隊も感じていた。浮かび方に不安定さが全くない。まるで、空に生まれた生き物のように、自身が竜であるかのように、少女は高空に馴染んでいた。

 エメラダが口を開いたのは、黙っていては押し潰されると感じたからかも知れない。

「ちょっとあんた、無視しないでくれる?」

 マリエルが聞いたらケツを蹴られたかも知れないくらい、芸のない台詞だった。

「低俗だな。育ちが知れるぞ」

 少女の返答は短かったが、強烈だった。突出しそうになったエメラダを、アセラスが制した。

「そちらは高貴な育ちなのかしら? できることなら素性と、ついでに目的も教えてもらえると助かるんだけど。あたしら馬鹿だからさ、黙ってるとケツに箸突っ込んで言うこと聞かせちゃうよ?」

「できないことは口にするな。寿命が縮むぞ」

「あいにくと、あたしら基本的に死ぬものとして使われてるの」

「……愚か」

 少女は薙刀を脇に移動させた。やる気だ。スキンヘッドを下がらせ、一同を睥睨する。

 視線が、ミリアの上で止まった。

「返してもらうぞ」

「え……?」

「それは、わらわの家族だ」

 少女は、ミリアがクロージャンと呼び、彼女がクロトと呼んだ竜を見ていた。

「その子は純血の巫女の盟友だ! 模造品ごときがその背にまたがる暴挙、許されると思うな!」

 怒声とともに少女が加速する。先ほど落とした男とはまるで違う速度だった。

 誰も反応できなかった。ミリアの眼前に白刃が迫る。

 風圧ではない、吹き付けたのは殺気という名の圧力だった。

 思い知った。何を根拠に彼女を殺せると思っていたのか。勝てるはずのない相手。勝ちたいと思うだけでもおこがましい。そういう存在が、この世にはあったのだ。自分が特別なら、もっと上の特別もある。

(マリエル中隊長……)

 その瞬間だった。

 暴風にさらなる暴風が被さった。

 何が起こったのか、誰も正確に把握していなかった。

 ミリアが消えた。

 そう見えただけだというのはわかっていた。だが、まるで、瞬間移動のような速さだった。一番驚いていたのはミリアだろう。急降下の影響で顔色がおかしい。

 人間の限界を超えた軌道を行ったのは、クロージャンだった。横への動きだったら、ミリアは振り落とされていただろう。

 目標を見失った少女は、方向を修正するため大きく旋回していた。

「あっ!」

 言ったのは、エメラダだったかサリューだったか。

 クロージャンは北の方角へと、一直線に駆けていった。

 向きを直した少女がそれを追いかける。こちらの様子など気にもかけていなかった。

 気がつくと、最初のスキンヘッドはいなくなっていた。

「……どうなってるんだ?」

「わかるかよ」

 アセラスは言った。とりあえずは状況を終わらせなくては。

「エメラダはホイットニーの援護に。終わったら基地に戻って。副長が来てるはず。サリューは一緒に来て。追跡するわ。ミリアを放っておけない」

「了解」

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