第5話 メインヒロインは初登場が一番可愛い 5



「で、何する?」

「いや俺の部屋で張り切る程、やる事あります?」

「男の子の家だもん。ゲームしてもいいし、映画してもいいし。で、雰囲気そこそこになったら、部屋の電気消して」

「お帰りはあちらになります」

「ごめん」


 そう言いながら、刹菜さんはベッドに腰を下ろした。カーペットとかよりもいつも自分の全てを受け止めている場所に触れられる方がエロいよな。なんていう童貞らしい考えがふと頭によぎったが本当にどうするか。


「そもそも何で家に来たんです?」

「雨宮君が自宅っていうアミューズメント施設に行くというので」

「不法侵入という言葉をご存知ですか?」

「合意は得てるし、何ならさっきの妹ちゃんにお願いすれば問題ないよね?」

「妹に手を出すのは全国の兄を代表して、許しませんよ」

「規模大きくない?」


 妹という国際連合ですら手を出せないその領域を唯一守れる存在が兄であり、その任は生涯を全うするまで終える事はない。例え妹から避けられようと、嫌われようと……。

 うん、少しは好きになってくれるといいな。


「で、本音は?」

「うーん、聞きたい?」


 刹菜さんは首を少し傾げながら、こちらを直視。いや聞いてるのこっちなんだけどなぁ。


「用ないなら、ここにいてもつまらないだけですよ」

「なくても部屋眺めてるだけで一日過ごせそう。あ、本棚の漫画読んでいい?」

「ご自由に。俺も昨日買ったラノベ読んでるんで」


 と、机の上に置いてあったラノベを手に取った。まだシュリンク袋できちんと包装されている新品で背表紙には特典のポストカードが差し込んである。あと四店舗回らないと全種類集まらないよな……財布よ、生きているか?


「適当に話してもいい?」

「適当な男が聞くのでもいいなら」

「私がユウナになりたい本当の理由って後悔した過去を取り戻したいからなんだ」


 急に厨二病みたいな台詞を口走る刹菜さんに思わず、顔を向けた。適当とは言っていたが不意打ちは聞いていない。


「私の取柄ってとにかく誰とでも友達になる事。どんな人でも自分から声をかけて、空気を読んで、そして信頼関係を築いていく」

「コミュ力妖怪かよ」

「女の子に向かって妖怪とかいう子はこの漫画持って帰っちゃうけどいい?」

「ごめんなさい。それ本当に見つからないんで勘弁してください」

「なら口は慎む」


 うん、お口チャックする。

 それから淡々と刹菜さんは続けた。


「でも高校生になってからは違った。友達になるのが難しい子が何人もいて、それでもやっぱり仲良くなりたいなーって思える子には声をかけてたの。そんな時にその子がいじめられてるって話を聞いたんだ。最初は自分でも何とかしようとしたんだ。騒ぎを大きくせず、出来るだけ当事者達がそれから平和に暮らせる選択肢をね」

「そんなの無理に決まってるでしょ」

「せっかち。最後まで聞いてよ。というかどうして無理だって決めつけるの?」


 そう聞いてくる刹菜さんの目は少し怖い。そりゃあ本人からしたら自身の行いが無駄と判断されたのだから。

 でも


「いじめっていうのは最初はクラス、そして学年。いつしか学校全体にまで広がります。もちろんいじめられている側は何とかしないといけないと色々考えますがまさに思春期まっしぐらのお年頃。親や教師に頼るのが恥ずかしいんです、。だから卒業するまでの辛抱だと数年間の学校生活を青春真っ只中なんかではなく、収容所の労務みたいに捉える。そして誰も信用しなくなる。それがいじめられた者の末路ってやつです」


 正確には俺らかもしれないけど人には言いたくない過去ってのがある。

 そう答えると黙っていた刹菜さんが口を開いた。


「そうかもしれないね。結局この話はもう当事者だけじゃなく、当時の学校全員が知っていた。教師も。でも黙認してた。だから私は何とかしようとしたけど、最終的にいじめている人達に「辞めろ」なんて言う事は出来なかった」

「それが知り合いだからですか?」

「……もしかして超能力でもお持ちとか?」

「あったら今頃先輩の事をもう少し好き勝手にしてますよ」

「目つきがエロい」

「光栄です」

「見るなって言ってんの」


 失敬、失敬。ジェントルマンたるものもっとエレガントに直視するべきだった。

 しかしながらこれは超能力ではない。簡単な推理なのだ。

 例えばいじめられっ子A君の友人Aがいじめっ子A君とも仲良しだとする。そうすると友人A君はいじめられっ子Aに対しては「辛いけど誰かに相談した方がいいぞ」とささやく一方でいじめられっ子Aにも「あいつマジでキモいよな、てかお前もやりすぎだろ」といじめを止めようとするのではなく、笑って誤魔化そうとする。何故ならどちらにもいい顔をしたいから。

 というのも友人Aは「自分はいじめには加担していない」と思っており、罪悪感なんて微塵も感じていないだろう。しかしいじめられっ子Aにとってはその友人Aがいじめっ子とそんな話をしてると聞いた時の裏切りと絶望は底知れないものになるはずだ。信頼関係? そんなものはトイレットペーパー以下。

 そして環境が移る頃になると頭いい奴はいじめられないポジションという立ち位置を探し、学ばない奴はまた同じ悲劇を繰り返す。そして誰も信用しなくなった男は友人も彼女も作らない。

 しかしながらその反対もいる。見栄を張って、彼女も友達も作り、過去を忘れようとする者も。動機なんて人それぞれなのだから理由も個々で変化していてもおかしくはない。それが成功とか失敗とかの確立を考えるのならまだしも自分がそうする事にしているのだから。


「いじめられていた子は最終的には転校したわ。それで全て終わり。その子が消えてからのクラスにも何も変わらないいつも通り。なのにどうしてかね、何かがぽっかり抜け落ちている。でもそれをたいしたものだと思わない自分がいる」

「それがきっかけって事ですか?」

「うん。ほんと馬鹿みたい。自業自得なのにさ」


 そう話しながら、苦笑いを浮かべていた。


 この人は―――嘘つきだ。


 誰とでも友達になる。それが取柄だと刹菜さんは言った。でもそこには誰もが見落とす嘘がある。その嘘に気付いた時にはもうこの人は俺が知っている雷木刹菜じゃないのかもしれない。どこか違う世界線の彼女になっているのかもしれない。アニメやラノベみたいに誰にも言えない秘密能力を手にしているのかもしれない。

 けれど俺が言いたい嘘は間違いなく二次元ではなく、現実にも存在しているものなのだ。でもそれを教えてしまえば、きっとジェンガが崩れるようにすぐにバラバラになってしまう。


 それはとても普通で、なのにこの世で一番怖い。


「あ、いい事思いついた」

「いい事ですか?」

「いやさ、君が私をユウナにしてくれるとしたら、何のお礼も無いっていうのは筋が通らないっていうか」

「律儀なんですね。でもその前に難易度高過ぎますよ、そのお願い。お礼以前に達成出来ませんし」

「だからこそだよ」


 更に言えば、俺はこのお願いを真面目に受け取るつもりは正直無かった。出会ってから今日までのらりくらりとかわしていた。刹菜さんも声をかけてはくるが嫌がる程しつこくはしない。

 しかし今日は家まで来て、自身の過去を語ってくれた。もしかするとこれが最後のチャンスだと踏んだのだろうか?


「まあお礼って言っても思いつかないけどね。だからこっちも叶えられそうなお願いだったら聞くよ」

「どんなお願いでも?」

「いいけど……一応少しエッチでも許す」


 顔を赤くしながら言うくらいなら初めから言わないでほしい。おかげでちょっと気まずい空気になってしまった。いやエッチな想像なんてしてないよ……してないよ?


 でも叶えられるお願いか。

 もしこのSSSクラスのミッションをコンプリートする事を考えれば、成功報酬はそこそこのものと考えてもいい。ただ欲しいものが浮かばない。漫画、ラノベ、アニメのブルーレイBOX。そんなの安過ぎる。対価として見合わない。

 ではどういうものならば、俺は動くのか。どんな泥臭くなっても必ず彼女をユウナにする。そう思えるようにする動機は何ならいいのか。


 答えが出るのに時間はかからなかった。

 それは雨宮蒼が高校生活に憧れたもの。自分が高校デビューなんかして、ヲタク生活とは違う本物の青春を手にしたいと思った時に最初に頭に浮かんだもの。


 すっと息を飲んだ。口にするのは初めてだ。でもこの対価なら俺は動ける。


「じゃあ―――彼女になってくれませんか?」

「え?」

「俺の彼女になってください、先輩」


 そう口にしてから、数十秒。ようやく彼女の唇が動いた。


「わかった、よろしくね。雨宮君、いや蒼君の方が嬉しい?」


 と、意地悪な笑みで答えてくれた。

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