第3話 メインヒロインは初登場が一番可愛い 3



「君の事が好きだから〜♪」

「……」


 運命、カッコつけるとデスティニー。


 しかしながらそれは創作上で作られた演出ともなっており、偶然にも運命なんてものを信じられなかった。

 ただそれはに会うまでの話で。


「あ、あの先輩?」

「ん? どしたの、雨宮君」

「いや呼び出した理由を聞いてもいいかなと……」

「特にないけど?」


と、首を小さく傾げ、こちらを見つめてきた。うん、可愛い。この仕草って本当に最強だな。二次元でも三次元でもそう思わせられるのだから。

 もちろん今の俺はこの空き教室で楽しく歌っている我が校NO一美少女を眺める事しか選択肢はない。長く伸びたセミロングの髪、歌詞を弾む時に尖らせる唇。一つ一つに視線も心も奪われる。

 あの発言から数日後。実行委員の打ち合わせなんて直前でもない限り、月に一、二回ある程度で刹菜さんともほぼ会う事はないはずだった。

ところが偶然屋上でばったり遭遇したり、駐輪場で待ち伏せしていたりと今じゃ校内のホットニュースの一つとなっている。そりゃあ刹菜さんクラスの人間の情報を一つ持っているだけで会話のマウントは取れる。

 今日も廊下で遭遇。俺の顔を見るや彼女はニヤリと企んだ笑みを浮かべ、「はい、放課後お話あるのでいつものとこに集合ですー」とこちらの都合無視。で、今に至るという訳だ。


「じゃあ何で呼び出されたんすか? 実はこの後怖い先輩達が現れ、俺からカツアゲしようと」

「そこまでお金に困ってないから。あ、でもブルーレイBOX買うから、少しは欲しいかも。てか雨宮君は買う? 来月出るミシュルバルツのブルーレイBOX」

「一応予約してますけど……イベントにも行きたいですし」

「ふーん。やっぱり押さえる所はきちんと押さえてるのね。うんうん」

「別にそこまでじゃ」


 褒められると舞い上がりそうになるので辞めて頂きたい。ただでさえ、刹菜さんと放課後に二人きりというラノベ特有シチュエーションで緊張はそこそこしているというのに。

 そんな話相手になってくれている雷木刹菜さんについて、ここ数日軽く素性を調査してみた。成績はそこそこ。部活は無所属。しかしながら整った顔立ちと引き締められたスタイルの良さ。それでいて男女分け隔てなく接する人当たりの良さ。告白された人数は去年の一年だけで三桁超えとかいう噂まで。まさに二次元キャラが三次元に現れたと言っても過言ではない。

 もちろんこれは人伝てからではなく、SNSなんかで調べた情報だから信憑性は微妙だが彼女が学校一モテる美少女というのは実際に見れば、納得がいく。


だからこそこの現状は益々理解出来ない。


「さーてさて。それじゃ本題にはいろっか」

「さっき特にないって言いませんでしたっけ?」

「この間私が言った事なんだけど」


 無視ですか、そうですか。いや虫並みに影薄い俺なので仕方ないですけどね、はい。

 もちろんこの僻みが声に出る事はなく、黙って話を聞いている事しか出来ない。


「どう? 何かいい方法ありそう?」

「そうですね。何の話かさっぱりで」

「ふーん。今ここで私が大声出したら面白そうだよねぇ」

「こういう時ボイスレコーダーあると便利ですよね」

「つまらない冗談だなぁ」

「冗談に聞こえます?」

「……冗談だよね?」

「まあ、はい」


 そう言うと、刹菜さんはほっとして、息を吐いた。用意してある訳がない。そこまで警戒してないし。


「大体話がまったく見えません。イラストと同じ子になりたいってどういう事ですか?」

「説明してないっけ?」

「何も。会うたびにいい方法思いついたか聞かれるだけなので」

「それはごめん。じゃあ話そっか」


 と、刹菜さんは視線を上に向け、再び口を開いた。


「いやただ可愛かったから、真似したかっただけ」

「お疲れ様でした」

「待って! 嘘! 嘘だから!」


 この人、いつもこんなんだろうか?

 仕方ない。制服がしわになるのは嫌なのでもう少し付き合うか。


「真面目にお願いしますよ」

「なんかここ数日で私に対しての憧れとか尊敬とか消えてない?」

「……とりあえず続きを」


 いや可愛いとは思ってたけど、そういう感情は一切抱いてないのでコメントしようがない。というよりこんな感じでコミニケーションを取ってるんだから、無理だろ。


「私さ、好きなの」

「何が?」

「アニメとかライトノベルとか」

「はあ」

「でもそういうのを堂々と言えるような空気じゃないの」

「そりゃあ誰もが憧れる雷木刹菜先輩ですから。皆から勝手に作られた想像とは全くかけ離れた趣味を持っているとなれば、さぞ幻滅されるでしょうね」

「雨宮君って友達いないでしょ」


 返答はせず、顔を背けた。

 少し意地悪な言い方をしたようだ。いやそうするつもりはないんだけど、何かこの人からからかいたくなるっていうか。


「まあその通りなんだよ。でさ、雨宮君もご存じのあのイラストの子」

「だから仁藤にとうユウナなんですね。てかユウナ知ってるって事は先輩も『夢恋ゆめこい』読んでるんですか?」

「最近読み始めたんだけどね」


 えへへと頬をかいて、照れる刹菜さん。マジ可愛い。そりゃあ三桁いくもん。初見だったらすぐ落ちてるだろうな。

 それにしても『夢恋ゆめこい』を読んでるとは本当に好きなんだな。この作品はシリーズ物の一つでいつも『〇〇〇〇の夢恋は実現する』と〇〇〇〇の部分にそれぞれキャラの名前が入るタイトルとなっているので固定した名前がない。よって夢恋シリーズとも呼ばれてる。

 五年くらい前に発売され、以降コミカライズ、アニメ化。年間ランキングでも一位を独占。キャラ別のランキングでもこの作品のキャラ達が上位にランクインしてる等々。もはや業界の一冊と言っても、過言ではない。最近では『プライド&リジェクト』がぐんぐんと上がっているがそろそろ完結するかもしれないという噂を聞く。なのでまだまだ『夢恋』一強だろう。

 その中に登場する仁藤ユウナというキャラだが主人公のヒロインの一人。一人というのは物語によって、ヒロインが変わる為なので固定してヒロインは主人公の彼女のみ。それ以外はサブヒロインという扱いに近いがその中でもユウナは一番人気が高い。

 彼女の魅力は何よりも思った事を口にするという勇気だ。空気を読め、周りを見ろ。そんな社会の常識は学校にも持ち込まれ、正に正直者が馬鹿を見る。

 だが彼女だけは違った。誰よりも優しく強かった。でも周囲は彼女を異物と判断し、やがて彼女は自分の行いに迷いが起き、何が正しいのか分らなくなる。

 しかし主人公の助けを借りつつ、彼女は自身の力で生きる事、そして正しいと思える事を見つめ出せた。ストレートなテーマだがその分読みやすく、しかし心に訴えかける彼女の真意。その姿に読者は心を打たれ、人気も上昇。


 まあ正に正統派ヒロインとも言える子だ。


「影響を受けやすい私はあろうことか、瞬時にハマりましたよ。本当ユウナ好き。大好き。いやめっちゃ好き……はぁ、好き」

「嬉しそうに言うの辞めてください。勘違いしそうになるので」

「勘違いじゃないとしたら?」

「冗談ですよね?」

「さっきのお返しだよー、だ」


 ややこしいのでスルーする。見た目は大人、中身は子供とはこの事だ。


「で、つまりは先輩をユウナみたいに空気を読まずに思った事をオブラートに隠さず、そのまま口に出来るようにしろと」

「そこまでは言わないけどさ……でもユウナみたいに言うべき時に言う。そんな人に私はなりたいんだ」

「何でですか?」


 そう聞いたが返答はなく、彼女は黙ったままだった。

 やがて刹菜さんはくるっと背を向け、


「それは君の宿題だよ。頑張ってね~」


 と、謎の問題とエールを残し、消えていった。


 不思議とか破天荒とか。そんな言葉で言い表せるなら頭を悩ませる事はないだろう。しかし彼女は違う。アニメやライトノベルのようにまるで一種の力を持ったヒロインだ。

 だとすればこれは物語だ。

 そんなくだらない考えが頭に浮かんだのはきっとヲタクである所以だろうと俺は思い、この日もそのまま行きつけのゲーセンに足を進めたのだった。


 

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