第6話 ヒロインが二人以上の場合は危険信号 6
水族館でデートというのは決まりきったコースだと思ってる。だって場所そのものが既にそういう雰囲気を作り出しているのだから、男が気を遣わなくても自然と流れはそういう方向へと進んでいくはず。
「凄いですね。登りながら見れるなんて」
「そ、そうですね、はははは」
そう、あとは本人の力量……力量で上手くいくはずなのだ。
「デートってあんな感じなんですか?」
「まあ初めてだとあんなんじゃないの。あ、神様。念の為に言っとくけど、今回は近過ぎても駄目だし、離れすぎても駄目だからな」
「え? 近いのがまずいのはわかりますが何で離れすぎるのがまずいんですか? 普通に見つかっちゃうんじゃ」
「nichさんの視界に届くところにいないと、俺達がわざと二人っきりにさせたみたいに思われる」
今更ながらユマロマに提案した自分を責めたいものだ。
もしnichさんに勘付かれて、嫌と思われてしまえばもうユマロマにチャンスはないし、下手すれば蒼との接触も避けられる。もちろんもしかしたらそういう意図を既に読んだ上で付き合ってくれてる可能性も無きにしも非ずだが、極力は怪しまれないようにいきたい。
「それにしても水族館って初めて来ましたけど、これ楽しいんですか?」
「魚を鑑賞する場所だからな。俺は結構好きだけど」
「好きそうですもんね、雨さん」
どういう意味で言われたのかは置いといて、ひとまず今日の流れを再確認だ。
蒼と神様のミッションはユマロマとnichさんのデートサポート。表向きは四人で同人誌のネタ探しという事なのだが、nichさん以外は裏で密約を締結済みである。
現在、水族館の水槽エスカレーターをゆっくりと登っている最中でこのまま館内を一周、その後はプラネタリウムという王道なコース。まあプラネタリウムに関してはnichさんが好きというだけなのだが同人誌のネタ探しとしてはそこそこ十分なものだろう。
「……そういや一つ聞いていいか?」
「はい、どうぞ」
「何で神様来たの? ぶっちゃけ今日はゲーセンにも行かないだろうから、退屈だぞ」
「え?」
「え?」
互いに驚いた表情で見合わせた。いやデートのサポートなんだから行かないだろ……しかもこの近辺、ゲーセンあるか分からんし。
「とにかく何かあれば、ユマロマに連絡し、少しでもnichさんからの好感度を手に入れるんだ」
「ですけど……」
そう言いながら、神様は正面の二人の方を向いた。
「い、いやぁそれにしてもこれ大きい魚ですよね」
「これ実はエイなんですよ」
「そ、そうそう! 実にいいエイだ」
神様が何を言おうとしてるかは分かる。あそこまでガチガチに緊張しているのならば、いくら服装を一新したところで意味はない。
「……では最初のフォローといきますか」
携帯を取り出し、まずは一つ目。
『話題を変えろ。どう見ても不自然。いつも通りでいい』
すぐにユマロマは気付いて、会話の目を盗んで、確認してくれた。
問題はこれをどう助言をどう生かすか……。
「この子可愛いですよ」
「そんな事より神様も……いやいいや。しばらくそのカニを見てて」
神様に協力求めても、こういう経験を見た事も聞いた事もあるか分からないので却って逆効果になりかねない。ここは一人でやりぬくしかなさそうだ。
「そ、そういえばnichさんは夏コミはどうします?」
「私も行きますよー。ユマロマさんはどれくらい進みました? 私のサークルはまだ何を作るかで揉めてる最中で」
「そ、そうなんですか。俺もまだ線画終わったばかりで」
「もうですか? かなり早いんですね」
おい。お前線画も下書きも何一つ終わってないだろ。何ならその前の同人イベントのやつも終わってねえだろ。
というよりまだ六月の前半。当落が来たのがつい数日前でそこまで終わるはずがない。でもさっきよりかは固くないし、ここは及第点といったところか。
「神様、俺達も移動……あれ?」
「雨さん、雨さんー」
見ると、後ろの方からこちらに向けて、ジャンプしながら手を振っている。駆け寄ると携帯を取り出した。
「記念に撮りましょ」
「断る」
「いーちーまーい」
「置いてかれるから先行くぞ」
「思い出作りー」
たかが水族館の一つで思い出と言われても……地方の観光地や特殊なイベントがある訳でもあるまいし。
しかし神様はこちらを上目使いでじっと訴え、蒼は困惑の表情を浮かべた。
別に嫌という訳ではない。ただ恥ずかしいのだ。神様が言ってるのは蒼と一緒にという意味だから。彼女という関係柄でもない相手なので戸惑うのは当たり前だ。
「駄目……ですか?」
台詞も重ねてしまえば、自身との葛藤もすぐにエンドマークが付く。
今回はホワイトフラッグを上げるとしよう。
「まあ一枚だけなら……」
「えへへ、そういうところ好きですよ」
隣に立った神様はぐいっと携帯を持った手を伸ばし、カメラ部分をこちらに向ける。
「……ぶっきらぼうな顔はあとで後悔しますよ?」
「別にいいだろ。俺はいらないんだし」
「私は将来の思い出として残したいんです。ほらほら」
仕方なく、カメラに目線を向けるとすぐにシャッター音が響く。神様はすぐに写真を確認すると満足そうに笑った。まあ一枚だけならいいか。
さてまだまだ始まったばかり。蒼達はすぐにユマロマ達を追った。
× × ×
エスカレーター上がって、大水槽を通り過ぎると次は反対に小さい水槽がずらりと並んでいる。中を覗くと小魚やエビ、クラゲなんかがいる。
ここでのポイントは小さい水槽を見るのに顔を近づけなくてはならないのでその分すぐ側に相手の顔があるという事だ。いつもは一定距離間で見ている顔も近くで見ると「あれ、こいつ思ってたより可愛い……」マジックが起きる。これ豆知識。
「何かこの魚、雨さんと似てますね」
「ん? ……いやこいつは働かなくても、衣食住が保障されている。人間とは大違いだ」
既に高校生ともなれば、アルバイトしなければならないお年頃。蒼も昔はやっていたがほとんど長続きしなかった。なので月のお小遣いとたまにやる派遣で上手く切り盛りしているがそれでも厳しい。
閑話休題。
肝心の二人をじっと見つめる。
「ユマロマさんはこういう場面とか描けます? 水槽の中を覗く女の子とか」
「多分……個人的には魚側の視点で描いた方が好きかも」
「あ、わかります! そういうのいいですよね。小さい水槽を二人で見つめてたら、顔がぶつかって、互いに赤くなりながら見つめるとか」
思いの外、盛り上がってた。やはり共通の話題は重要だろう。
けど、ここではその会話通りに一緒に水槽を覗いてほしかったのにどうして二人共違う水槽見てるんだよ。意識どころか夢中になり過ぎて、気付けばパートナーいなくなってるやつだぞ、これ。
「あ、雨さん。二人は今どんな感じですか?」
と、ぴょんと飛び跳ねて蒼の肩から神様が顔を覗かせる。そう、こっちは何故か知らないがそれっぽいんだよなぁ。今だって顔当たりそうだし、背中に胸の感触とかあって、ちょっと言いづらいし……。
しかし先程とは違い、少しは順調そうだ。このペースで行きたい。
そのまま進んでいくと、今度はペンギン広場と名付けられた場所に出る。もう説明するまでもない。
「ペンギン可愛いですねー。一匹くらい飼えないかな」
「日本の法律じゃ無理だろうなぁ。あと気候が合わな過ぎる」
「じゃあ南極に行きましょう、雨さん」
「いや何で俺もなんだよ。一人で行って来いよ」
「私が死んだら、どうするんですか?」
「いや死んだらお前」
そこまで言いかけて、蒼は言葉を止めた。
神様も気付いたのか、はっとしたがすぐにペンギンの方を向きながら、顔を俯いていた。
「死んだら……私は戻れるんですかね」
YESともNOとも言えない。
分かるのは花珂佳美というその身体の持ち主が死ぬという事。それは神様自身が一番避けたいはずだ。蒼も同じ気持ちだ。
今更ながら考えてみると蒼は死ぬのだ。このまま彼女の意識を取り戻せなければ。
受けると決めた時、覚悟したはずだった。でもまさか自分の寿命にタイムリミットをつけられるなんて思いもよらないだろう。
じゃあ神様を責めなかったのは何故だ? 無駄と思っていたからか?
「雨さん」
「何だ」
「……いえ。楽しいですねっ」
「……まあそこそこな」
さっき神様は写真を撮る事が思い出と言った。
ならば蒼にとってもこれは生涯最後の思い出となるかもしれないのだから、あとで携帯に送ってもらってもいいかもしれないと思っていた。
もちろん佳美の意識を取り戻せば、それで解決。全てはオールOKになる。
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