第9話 どちらかといえばクワガタ派 9
好き。
たったその一言を向けられただけでがくんと何かが傾き、一点に固執される。
何故ならその言葉の意味は相手に好意を持っている事。
「雨宮君が好きだから」
だからこの状況でも全く同じ事が起きており、俺達二人は唖然として、北条を見つめていた。
「あれ? どしたの? 二人揃って固まっちゃって」
「さ、五月……今の冗談よね?」
「冗談? そう聞こえる?」
「……」
五日市は深くため息を吐いた。
俺も我に戻り、まずはこの発言以前の会話について取り上げようとした。
「五日市、色々言いたいだろうがその前にSNSでバレてるってどういう事だ?」
「ど、どうって……五日市?」
呼び捨てで呼ばれている事に気付き、五日市は目を細めた。あ、やべ。さっきから北条との会話で呼び捨てになってたせいか、つい出てしまった。
「あ、ご、ごめん。五日市さん」
「……いい」
「え? ごめん、声小さくて」
「五日市でいいって言ってんの! で! 何!?」
急にキレた彼女に少々怖気づきながらも会話を続けた。
「だからSNSで北条さんと遊んでいる事がバレてるって」
「正しくはデートだよ」
「どっちも意味は同じだろ。つか今は口を挟まないでくれ」
「雨宮君つめたーい。さっきまで優しかったのに」
「うるさい」
ちょっかい出してくる北条にやや不機嫌そうな声で答えた。
と、同時にじっと二人のやり取りをもう一人不機嫌に見つめる視線があった。
「……五日市、何だ?」
「べっつにー。五月と雨宮がイチャイチャしてようが私には関係ないし! 関係ないし! 関係ないし! ちなみにSNSは同じ二年の女子が拡散したせいでかなり広まってて、週明けの学校は間違いなく大騒ぎになるから覚悟しとけ! 説明終了!」
「お、おう……さんきゅ」
これ以上逆鱗に触れると今後一言も口を聞いてもらえないと思ったので、ここらで話題を打ち切る事にした。知りたい情報も聞けたし。五日市が言う女子というのは昼間に寿司屋で会った二人組だろう。野次馬はすぐに情報を広げたがる。このご時世、携帯のアプリ一つで日常生活バラされてしまうのだから怖いものだ。
蒼はそう思いながら、触れたくはなかったが仕方なく先程の発言について聞くことにした。
「で、北条さん。さっきの発言なんだが」
「うん。それがどうしたの? 私雨宮君好きだよ? ライクじゃなくてラブの方で」
「尚更問題なんだが」
「初めから言おうと思ってたし。デートの最後に告白して、OKもらう。そうして私も雨宮君も幸せでクラスの問題も解決して、皆幸せ。そんなハッピーエンドの予定だったんだけど」
冗談のつもりで言っていない。
俺も五日市もそれが分かっているから、余計に気になる一方だった。
「……いつから雨宮好きだったの?」
「去年の文化祭からだよ。正確に言うと、あの事件で学校中が雨宮君を嫌った日から」
「実行委員の一人なのによくもそんな事言えたもんね……五月だって雨宮を」
「雨宮君を?」
五日市の言葉が止まった。
遮った北条の声があまりにも重く、そして敵意を向けられている事を察したから。
「私の取り柄って元気がよくて、誰とでも明るく話せる事。でも考えなしだからいつも落ち着けとか静かにしろとか皆に言われてさ。まあ私も少しばかりは直そうと思ったけど引っ込み気味よりかはいいかなって。実行委員だって、私の性格ならもっと友達の輪を広げられると思って参加した訳だし」
「確かに。五月そんな事言ってたね。友達も増えたって言ってたし」
「最初は皆バラバラだったけどね。何とかするのに色々と悪い事したもんだよ。生徒会も職員も見て見ぬふり。雨宮君がまとめようとしなかったら、間違いなく実行委員は総叩きされてたね」
懐かしい思い出を語る北条の表情は暗くなって、視線は夜空に輝く星を見上げていた。
別に大した事はしていない。それは今でも思っている事。何故なら一人じゃなかったから。刹菜さんと二人で乗り越えたから、無事に文化祭を開催出来たのだから。
あの時、俺は青春の真っ只中にいた。自分でも断言出来る。ヲタクな自分を受け入れた刹菜さんと共に、何よりどうしてもあの文化祭を成功させなきゃいけなかったから 。その気持ちが駆り立てていたのだ。
「ねぇ、侑奈。文化祭の時何してた?」
「え?」
「クラスの手伝いしたり、生徒会室で文化祭関係の書類を処理してただけ。実行委員の現場なんて見向きもしなかったよね」
「そうだけど……でも! 普通に考えてありえないと思うでしょ! 事件が起きるなんて」
「ありえない? 見てないからそう言えるんじゃん。感謝を忘れて、皆で叩く。それで団結力が高まって、文化祭が成功。めでたく友達も増えましたなんて都合よすぎだと思わない?」
「……ずっと考えてたの? 文化祭の事」
「うん。後悔してたよ。だから好きって言う前にまずはこの言葉からだよね」
と、北条は隣にいる俺の方に身体を向け、そして、
「本当にごめんなさい」
頭を深く下げた。
その光景は少々異質で通行人がじろじろとこちらを見ている。
慌てて辞めさせようと声をかけた。
「早く頭を上げろ。何してんだよ」
「気が済まないの」
「迷惑なんだよ。いいから辞めろ」
「お願い! 謝らせてよ……」
どうしていいかわからず、思わず五日市の方を向いた。
彼女もこの様子を見て、ただ驚いている様子だったがどこか表情から焦りが見えていた。
「移動した方がいいよね?」
「私に聞かないでよ」
「二人が話してた事じゃん」
「今は雨宮に対して謝ってるんでしょ」
「そうだけど……」
それから少ししてから、頭を上げた北条はえへへと笑みを浮かべ、
「で、どう? 改めて雨宮君の事が好きなんだけど」
「いやいきなり話題変えすぎでしょ。つかどう答えればいいの、それ」
「そんなの「俺も好きだった。付き合ってくれ」でいいんだよ」
「辞めてくれ。本気で瀬尾川に殺される」
「もう手遅れだよ。次に学校行くときは私達以外全員敵だよ?」
「だろうな。殴りかかってくる瀬尾川をどう対処しようかすでに頭の中でシミュレーションしてる」
「大丈夫だよ。事情を話せば皆理解してくれる。いや理解させるよ、私が」
簡単に言うが困惑の表情は解けない。
そんなあっさりと理解されるのならば、俺に対する噂がとっくに止んでいるはずだ。
「ま、今すぐじゃなくていいや。ゆっくり考えてね」
そう言った後、「さて」と駅の方へ足を進めながら、
「今日は帰るね。夕食は付き合ってから美味しい物食べに行こうか。それじゃ」
そんな台詞を残して、その場を後にしていった。
残された二人は呆然としてたがやがて五日市から口を開いた。
「五月から理由聞くの忘れた」
「そういえばそうだな」
彼女が文化祭で起きた事件について後悔している事はわかった。しかしそれが何故俺を好きになる事に繋がるのか。
疑問は深まるばかりだ。
「俺達も帰るか。ここにいてもあれだし」
「私はご飯食べて帰る」
「了解。じゃあ俺は」
「は? ここまで来たんだから、奢りなさいよ」
何とも理不尽な要求にそのまま立ち去ろうとしたが、即座に腕を掴まれた。
「奢れ」
「はい……」
まだまだ帰れそうになかったので肩を落としながらも二人は手頃なラーメン屋へと足を進めた。
もちろんこの時の俺はただ五日市からぐちぐちと文句を言われるのに必死で他は気にする余裕はない。
だから映画館からずっとこちらを見つめている視線が今も続いている事にも全く気付くことはなかった。
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