第10話 どちらかといえばクワガタ派 10
「……この程度か」
床に倒れている机を見つめながら、呟いた。
週明けの月曜日を久しぶりに恐れながらも休めば色々と行きづらくなるという今後の精神的観点を見据え、とりあえず足を運ぶ決意を固めながらも自身の机が倒されている現状以外は特に変わってる点はなさそうでいつも通りクラスメイトはそれぞれの友人達と仲良さそうに談笑していた。
この程度ならほとぼりが冷めるのも近いだろうと机を立て直す。見渡すとまだ五日市も北条も来てはいない。しかし瀬尾川が既に登校している時点でのんびりと時間が経つのを待っている訳にはいかないだろう。いつ殴りかかってくるかわからないし。
「……ねぇ、男子」
「……わかった」
ひそひそと声が聞こえた。
そういえば冷戦状態で男女間のやり取りはほぼ無かったのでは? と思ったところで急に大きな音と衝撃が目の前で炸裂する。
そうして机はゆらりと傾いて、再び倒された。
蹴り飛ばした男子はただこちらを睨んだまま何も言葉を発さないのでもう一度立て直す。あいにく机の中はからっぽにしてある。基本盗難対策でロッカーにほとんどしまっているのでそこまで心配はしていない。ロッカーにはそこそこの鍵を使用しているし、その日に使用する教科に無関係な物は全て家にあるので再度教材を購入する必要もない。
が、立て直した途端にまたもや蹴り飛ばされた。しかしこちらも曲げる事なく、また立て直す。
こうなれば持久戦だろう。
「何あいつ」
「調子乗ってんだよ。刹菜先輩の次は五月って」
「大体五月も五月だよ。何で雨宮なんかと」
「わかんないよ……でも五月って侑奈と仲いいし、侑奈も雨宮と仲いいじゃん。だから」
さまざまな憶測が教室中に飛びかう。情報交換をしたくても、今この場にいる当事者には聞こうとしない。言葉を交わすくらいなら後から来る北条に聞いた方がいいのだろう。
それにしても直接的な攻撃はしてこないし、思い切った嫌がらせもしてこない。するのはさっきから机を幾度も蹴飛ばしてくるのみ。刹菜の時とはまるで状況が違い過ぎて、驚いている。
嫌われているのは同じものの、あの時は不登校になりかけるくらい酷かった。
それに比べれば、甘く弱過ぎる。
「雨宮君おっはよー。ん? 何で机倒れてんの?」
「おはよう。ちょっと類人猿におもちゃ代わりにされててな」
そんな悪態を言いながら、何度目かの立て直しをする。
ようやく本番だろう。北条が入って来るのを確認した瀬尾川も立ち上がり、こちらに近づいてきた。
ひとまず警戒を強め、いつでも拳を避けられる準備はしておく。
「北条さん、噂の事ってマジ?」
彼の表情は今までに見た事無い程冷めている。間抜けな彼からは想像も出来なかったのでこれには驚いたが当然だろう。
想い人をうざいと思っていた相手に取られたのだから。
「噂? 何の事?」
北条はわからないふりで返した。もちろん彼女とこうなる事は土曜日の別れ際に話しているので嘘なのは明白だ。だからこそこの答え方は間違いだ。
「こいつと付き合ってるって噂だよ! 土曜に二人でデートしてたんだろ!」
「……別に私が誰と付き合おうと瀬尾川には関係ないでしょ? でも雨宮君の為に言っておくけど、付き合ってないよ。二人で遊びに行っただけ」
「じゃあこいつとは別に彼氏がいるって事か?」
どこかで口を挟むべきだと二人のやり取りを注視していた。
北条は友人も多く、こうして好意を持たれてる相手もいる。俺と違い、失う物が多すぎるのだ。
「だから瀬尾川には関係ないでしょ。さっきからしつこい」
「気になるんだよ。知ってんだろ、俺の気持ち」
「それここで言う? 馬鹿じゃないの?」
「馬鹿だよ! だけどこんな奴に負けたなんてじっとしてられるかよ!」
「その腹いせに嫌がらせなんて、そんな人好きになると思う?」
瀬尾川は黙り込んでしまったがまだ俯いてはいない。諦めるのを待つのは期待しても無駄だろう。
タイミング的には今しかない。ここで瀬尾川とクラスの誤解を解けば、ひとまずヘイトの目を北条からは避けられる。
二人の間に入り込もうと口を開きかけようとした時だった。
「雨宮君、駄目だよ。またそんな事しちゃ」
「……何を勘違いしてんだが」
「いいの。これは私の罰なの。刹菜先輩の味方をした」
「あれは事実なんだ。俺の味方をする方がおかしい」
「じゃあ私の為。気になる人の味方をしたいっていう」
まずい。
咄嗟にその判断が頭をよぎり、すぐさま反論に移った。
「迷惑」
「え?」
「お前みたいに何でも知った風でいられる奴に好意を持たれても迷惑って言ってんだよ。大体土曜だって行かなくてもよかったんだ。そうしないとお前が動いてくれないから仕方なく行ってやったんだよ」
昔からそうだ。
悪役はカッコイイ。
「大体、刹菜さんと付き合っていたんだぞ? 俺がお前みたいな女を相手にすると思うか? 少しは頭を使えよ」
そう言って、へらへらとした笑みを浮かべる。当然シナリオ通りに事態も動いてくれる。
瞬時に物ではなく直接的な痛みが身体に響いてきた。一発、二発。倒れ込んだ俺に馬乗りになった奴が瀬尾川だと確認出来たのはそこから数十秒後。
これでいいんだ。
常に男の子はヒールを求め、成りきろうとする。
正義と悪の物語。
これにてめでたし、めでたし。
× × ×
一応、今回のオチについて触れておきたい。
あれから教室の騒ぎを聞いた教員が駆けつけ、すぐさま俺と瀬尾川はそれぞれ別室へ連れてかれた。俺に関しては保健室だが。
一限目も中止して、教員による質疑応答の時間となった。当然二年三組のクラスメイトはありのままを真相を伝えた。そのおかげで処分は暴力を振るった瀬尾川だけでなく、俺も停学二週間というそこそこ重いものだった。
北条からは一切連絡が来なくなった。
彼女の本意が何だったのかなんてもはやどうでもいい。すでに土曜日に彼女と遊んだというだけでこの結末は決まっていたのかもしれないのだから。
それに嘘を言ったつもりはなかった。
知らない奴が出しゃばる程目障りなものはない。
「……まあ事件の真相はそういう事だ」
「本当に無茶するのが好きなんですね。面倒事が好きな人って嫌われますよ?」
「嫌われてるからこんな事になってんだよ。何なら教頭から特別教室の案内までされたぞ。ほとぼり冷めるまでいたらどうかって」
「先輩が嫌がりそうな事ですね」
「よく分かってんじゃん」
どこに行こうが俺の勝手なのだ。だからこれからもあのクラスに居続ける。三年に上がるまでは。
ところで何故神様がいるのか? 答えは簡単、ストレートに家に来たのだ。
部屋でぼーっとしていたら、いきなりやってきて、本人は「暇だから様子を見に来ました」とか言ってたが大方、今回の顛末を聞きに来たというところだろう。
「これで全てだ。土曜日の件はいいだろ? きちんとメモでもしたんだろうし」
「メモなんてしてませんよ。神の一部なんですから人間の何十倍も記憶力がいいんです」
「そりゃあ凄い」
別に推理って程でもない。家に帰宅してからふと思い出し、少しだけ冷静に考えれば、分かる事だ。
わざわざ俺を観察する物好きな人と土曜日に北条がデートするという情報を聞いて、その際の反応を知っている人物にこいつが該当しただけ。
「人間って凄いですね。理不尽な事をしたくないというのがほとんどなのにわざわざ進んでやるなんて」
「そうでもない。俺みたいな奴は社会に出れば、沢山いる」
「なるほど……ではここからは私ではなく、佳美さんとして今回の件の感想を言っていいですか?」
「どうぞ」
そう促すと、神様はそれまで浮かべていた笑みを消し、怪訝そうな表情で口を開いた。
「あなたはどうして……どうして自分の事しか考えないのですか?」
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