第5話 好きと嫌いは紙一重 5
話の意図が全く掴めず、口を挟んだ。
「神様を演じるってどういう事ですか?」
「それについては後程説明する。で、どうだい?」
会長の問いに隣の神様は答える事なく、顔を俯いてしまう。
「ま、流石にすぐには決められないか」
と、会長は立ち上がって、対面上にあるソファへと移動し、話を続けた。
「別に責めてる訳じゃないんだ。ただもしかしたら花珂さんの事をからかう連中が出てくるかもしれない。それで君がまた同じような目に合うかもしれないと私は不安なんだよ」
「それはだ、大丈夫……なはずです。私は神様ですから……」
震えた声で神様はそう答えた。
一方で俺はさっきから頭にクエステョンマークが浮かんだままだった。一体二人は何の話をしているのやら。
「あの結局それでどういう」
「少しくらい我慢できないのか。相変わらずせっかちだな」
「せっかちなのはあの時だけですよ。で?」
蚊帳の外側に置いてきぼりなのは流石に御免だ。あれほど笑顔だった神様の態度が質問一つで一変している事も気になる。少なくとも俺にとっては彼女はヲタク友達だ。付き合いが長くても短くてもそれは変わらないし、会長が呼んだのなら、自分にも話を聞くくらいの権利はあると思っている。
会長は一度神様の方に顔をやると、彼女が小さく頷く。どうやら彼女の許可は取れた様子だ。
「君は花珂君の事をどうやって知り合ったんだ?」
「SNSでの繋がりですよ」
「それで?」
「それでって、特に何も。SNSで少し話してオフ会で一回会った。それだけですよ」
「……それ以外は本当に何もないのか?」
「ないですけど……それが重要なんですか?」
「んーそうだな……」
会長は顎に手をやって、何やら考えてから口を開く。
「彼女の前で言うのは気が引けるが理解してもらうには在席してもらった方がいいだろう。花珂さん、いや私も神様と呼んでいいのか?」
「は、はいっ! それはもちろん! 生徒会長さんに神様認定されるなんて光栄です!」
「……光栄、ね」
目を輝かせている神様とは反対に会長はため息を吐く。
「なぁ雨宮君。君がアニメが大好きなのは私も理解している」
「唐突に何すか」
「それを踏まえた上で質問したい。ここまでの彼女を見て、不思議に思わないか?」
無視ですか……。
そう言われても、神様におかしなところは見えない。笑顔満載なところ、可愛いところ、神様呼びなところ……。
「ハンドルネームを使っている、ですか?」
「いい着眼点だ。やっぱり普段からSNSを多用しているだけあって、理解が早くて助かる」
「それ褒めてます?」
「そのつもりさ。そう、花珂さんは自分を神様と呼ぶ、それ自体に文句はないんだ。あだ名なんかと変わらないのだから」
実際SNSで使われる名前はそう言ったあだ名から用いることが多い。というのもこれは一種の防犯対策ともいえるのだ。近年SNSから個人情報を調べ上げ、それが犯罪に繋がったケースをニュースなんかで見る機会が多い。特に学生である自分達が巻き込まれやすく、本名でSNSを使用するのは危険という認識が広まっていると思っている。その為に本名を使わない、アカウントに鍵をかける等、第三者に見られないようにする為の一つと考えられる。
「私自身が彼女を気にしているのは意識だ」
「意識?」
鸚鵡返しで聞くと、会長は表情を硬くした。
「思い込んでるんだよ。自分を神様だと」
しばらく静寂の時が流れ、やがて俺はその空気を破った。
「神様ってどの神様ですか? 雲の上から俺達を見守っている」
「今までの話で一つしかないだろう。彼女がSNSで使っているアカウント『神様』、それを自分自身だと思い込んでいる」
「……はぁ」
「あんまり驚いてないようなんだが」
「そりゃあこういう人は初めてじゃないですし」
ヲタクを長い事やっていると色んな人を知る。ゲームキャラに性格を合わせる者、憧れのアニメキャラに成りきる人。だからSNSにいる自分を現実の自分と照らし合わせる事自体は格段珍しい話ではない。
「世界には私の知らない人がたくさんいるという事か」
「まあ特に珍しいという事もないかと。少しばかりそういう振る舞いをしているせいで痛い人と見られたりもしま」
そこまで言って、言葉を止めた。隣に神様がいる事を失念していたのだ。
慌てて神様を見ると、「あうっ」とちょっと落ち込んだ様子だった。デリカシーがない男子とはこういう事だろう。
「ごめん……」
「いえ、いいんです、いいんです。こう見えて打たれ強いですからっ!」
「……ごめん」
常に言われ続けた俺だからこそ謝った。そう言われる事が何よりも傷つくことを。
「話を戻そう。彼女が自分を何者であるかなんて、彼女自身が決める事だ。他人が関与する事ではない。しかし校内でこれから起きる事に関わってくるならば、話は別だ」
「これからって何か問題でも?」
「君ならわかるだろう。彼女を理解している君なら」
含んだ言い方である事は瞬時に理解出来た。
俺なら理解出来る。つまり同じ考えを持っている。そしてこれから、つまり未来で起きるかもしれない校内の問題。
それほど難しいクイズではない。自ずと予想される答えは出てくる。
「いじめ……ですか?」
会長は小さく頷いた。どうやら正解のようだ。
俺自身が半年前にこの学校である事件を起こして以来、周囲の接し方は百八十度変わった。今では随分落ち着いたが当初は酷い有様だった。そのせいで会長ともこうして知り合う事にもなった訳だし。
「当校でのいじめは生徒会長として看過できない。それに」
「あ、すいません……ここからは私が言ってもいいですか?」
口を挟んだ神様に対し、会長は腕を組んで、ソファに寄り掛かった。
「言いたくない事なら言わなくてもいいからね」
「あ、大丈夫ですっ。雨さんなら」
話をする前にこの一言は絶対に忘れなかった。かつて俺自身が無理矢理白状された時ではないし、ましてや女の子。以前オフ会にいたあんな無神経な大人ではない。嫌なら話さない。その事は徹底する。
「そ、その……中学の時に先輩方が予想している事を一度経験してるんです……私。もちろん無事に卒業出来たので、もう気にしてないですけど」
誤魔化すように笑う彼女が嘘を吐いているようには見えない。
いくら一度経験済みとはいえど、それを繰り返し耐えれるほど人間という生物は頑丈に出来ていない。いずれは身体も心も崩壊してしまう。
「杞憂に過ぎればいい。ただ個人的に気になったから、今日もこうして来てもらったという訳だ」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですっ、神様なので」
「……そうか」
「はいっ。あ、すいません。先生に呼ばれているので一度職員室に行ってもいいですか?」
「ああ」
「じゃあちょっと失礼しますね。先輩、またあとで」
そう言って、生徒会室を後にし、男子二人だけが残された。
「彼女の知り合いってだけで俺を呼んだんですか?」
「それもある」
「じゃあ本題に入ってくださいよ。どうせ押し付けるんでしょ、また」
皮肉を込めて、会長にそう答えると彼は再びため息を吐く。
「私はあんまり恋愛というものが詳しくない。それでも彼女が普通の女子と比べても、逸脱した存在だと思ってるつもりだ」
「もしかして惚れたんですか?」
「冗談を言うな。これでも一生を守り抜くと決めた彼女はいる」
重すぎる愛でこちらにまで甘さが伝わってくる。しかし俺は悪い笑みを浮かべていた。次に彼女と会う時にからかうネタを見つけたからだ。
「だからこそああいう子の存在を周囲が簡単に認めないのもわかる」
「ま、女の嫉妬は怖いからなぁ」
「さらに言うなら、彼女は自分を神様と言い張っている。人というのは常識を信じる生物だ。言い方が失礼になるが頭が痛い人と思われるかもしれない」
「ストレートに言いますね」
「だが私は三年。一年生の領分にあまり口を挟むべきではないと思ってる」
そうして会長はじっとこちらを見つめる。
―――だからお前が守れ
そう告げているのだ。
「俺も二年生ですよ? ましてやそれなら五日市さんに頼むべきでしょ? 俺の噂が今も学校中で伝染しているのを生徒会長はご存知ない?」
「知っている。だからこそ、だ」
「もしかしてそれで俺のイメージアップを図るとか? 可愛い可愛い後輩を守る正義の先輩として」
「そうは言ってない」
「そう言ってますよ」
ムキになるつもりはなかった。
だがそういうつもりで呼んだのなら、心底腹が立つ。無論生徒会長が一生徒を現状から脱却させようとしているのに力を貸そうとしている事はわかる。
しかし現実は違う。俺の存在が極め立ち、過去が浮き彫りとなるだけだ。神様だって、過去を知れば、軽蔑する。
「だとしても私では彼女を助けられない。それにこれは彼女からの希望でもある」
「神様の?」
「ああ、だって」
それを聞いて、唖然とした。予想を超えた言葉が飛んできたから。
―――恋人なんだろう? 神様の
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