森の賢者の失態

柱本エルリ

第1話「酒に飲まれた賢者」

「さぁ、これを使って料理をするのです。」

「ハカセの言うとおりなのです、この香り、料理に使えば我々好みの味になること間違いないのです。とりあえず近くにあった物を持ってきてやったので早く料理をするのです。」


ハカセとジョシュは誇らしげに抱きかかえたものと小さな金属を渡されたカバンはいつも通り受け取ると少し悩んだように間を開けたのち、何食わぬ顔で栓抜きを使って栓を開け中身を確認した。


「やっぱりヒトなら開けられるのですねハカセ、完成する料理が楽しみなのです。」

「そうですねジョシュ、匂いから察するにあのカレーとは全く違う味が楽しめるのに違いないのです。」


目を輝かせながら期待の視線を送る二人はパタパタと頭のはねを揺らしている反面、瓶に貼ってあるラベルを見つめていたカバンは困ったような顔で顔を上げた。


「ところでお二人はこれがなんて名前の物かわかったりしますか?この文字、いつも読んでるのとは全然違う形で…これがなんなのか全然わからないんです。」


申し訳なさそうに答えるカバンは英語の、それも筆記体で書かれたラベルのついた瓶を元に戻した。


「そこをなんとかするのです、ヒトならこれをどうやって食べるのかわかるはずなのです。我々はもうおなかがペコペコで耐えられないのですよ。」

「とりあえずハカセ、中身を見てみたら何かわかるかもしれないのです。お皿を持ってきたのでこれに少し出してみるのです。」

「そうですねジョシュ。カバン、一回出してみるのです、それからこれの正体とおいしい食べ方について考えても遅くはないのです。」


二人に急かされるままカバンは瓶を傾けると、透明のコップにはなみなみとした葡萄色をした液体でみたされていった。


「これは…水なのでしょうか、それにしてはこれも、おどろおどろしい色をしているのです。」

「ハカセ、見た目にだまされてはいけないのです。我々はカレーの時に学んだのです。我々は賢いので。」

「そうですね、ジョシュ、学習したのです、我々は賢いので。」


甘い香りと独特の風味を持った空気に後押しされカバンがコップを取った時、聞き慣れた声が近くの草むらから発せられた。


「カバン、それは飲んじゃダメダヨ。」

「あ、ラッキービーストさん、どうして飲んじゃダメなんですか?もしかして危ない物なんですか。」

「それはワインっていうんだ。主にヒトが食事の時になどに時々飲む物ダヨ。でもそれは子供は飲んじゃいけない決まりなんダ。カバン、もう少し大きくなるまで待ってネ。」

「そうなんですか、じゃあやめといた方がいいのかな。」


ちょこちょことやってきたラッキービーストとカバンの言葉に新しい食材の危機を感じたハカセとジョシュはスッとカバンの後ろにつくとわざと周りに聞こえるような小声でカバンに口を寄せる。


「それはヒトの決まりなのです、ヒトのフレンズであるあなたには関係ない物なのです。」

「ハカセの言う通りなのです。それに我々はヒトでもないのです。つまり我々がこれを飲むことには全く問題が無いのです、なにせ森の賢者なので。」

「そう言われればそうですね、ラッキービーストさん、どうなんでしょうか?」


そういうカバンにラッキービーストは動きを止めるとカタカタとうつむきながら震え始めた。

「……ケンサクチュウ、ケンサクチュウ…」


そして動きを止めた。


「さて、邪魔も…ラッキービーストも文句は無いようなので頂くとするのです。このおいしそうな香りの前にもう我々の我慢は限界なのです。」


そう言うなりコップに入ったワインを一気に飲み干すハカセ。


「これは…すごくおいしいのです!水にこんな味がついているとは驚きなのです。さぁジョシュも一杯飲んでみるのです。」


ハカセが新たにコップについだ物をジョシュは同じように一口で飲み干した。


「やはり我々の思った通りなのです。この甘さ、そして独特の風味が癖になりそうなのです。」

「今日はこれで満足なのです、我々はしばらくこのワインとやらを味わうとするのです。」

「じゃあ僕はサーバルちゃんの所に行ってきます。ハカセさんジョシュさん、後でヒグマさんと料理するので完成したら呼びに来ますね。」

立ち去るカバンを見送りながら代わる代わるひたすら飲み続ける二人。異変が起こるのに1時間も必要無かった。



「はかせぇ~もっと飲むのですよぉ~、ほれほれぇ次ははかせの番なのです~」

「ううぅ…ぇぐ…じょしゅぅ~もう無理なのです…頭がガンガンするのです、もうワインは遠慮するのです…」


そこには顔を真っ赤にしながら博士の顔にワインのグラスを押しつけるにやけ顔のジョシュと、同じく真っ赤にしながらも瞳には今まで誰も見せたことのない大粒の涙が浮かんでいた。


「う~ん、それにしてもなんか暑くなってきたのです~、そういえばカバン、この服…というのは取れるそうでしたね…はかせぇ~とりあえず面白そうだから脱いでみるのですぅ~」

「暑いのはジョシュなのになんで私がなんです~。あぁ~、体を動かさないので欲しいのです、頭を揺らされるとガンガンするのですぅ…」


半泣きのハカセの服を引っ張るジョシュと頭に響く痛みで必死に動きに抵抗するハカセ。その攻防は徐々にジョシュ側に傾きつつあった。


「ちょっとジョシュ?珍しく大きな声出してるけど何かあったの?ってなんかハカセが半分服を取られて半泣きでうずくまってるけど何かあったの!?」


偶然近くを通りかかったギンギツネが走り寄ってくるのを見てジョシュは焦点の合わない視線を向けるとワインに濡れた唇を舌でぬぐった。


「我々はワインとやらを楽しんでいるのです。ギンギツネ~とりあえず私を楽しませるのです…とりあえずその我々には無いふわふわとした尻尾を触らせるのですぅ~。」

「ちょっ!突然どうしたのよ!尻尾はダメよ、触らせないわ!これはたとえ森の賢者といえど絶対に触らせる訳にはいかないわ。」


ギンギツネはぴたっと体に尻尾を貼り付けるとさっと一歩後ずさりした。


「ふふっ、我々は今ものすごく気分がいいのです…まぁハカセは若干違う用でですけど。そんな今の私から逃げられると思っているのです?」


服をはだけたままジョシュに開放され静かに眠りに落ちたハカセから離れたジョシュはゆらゆらと音を立てずに浮き上がると次の獲物に狙いを定めた。


「さぁ、私をもっと楽しませて欲しいのです…森の賢者と言われながら最強の鳥の一角として数えられるワシミミズクのその実力、その身をもって知るがいいのですよ~。」


こうして日の落ちた遊園地に一陣の旋風が暴走を始めた。


「あんな姿…キタキツネに見られなくて本当に良かった…」

「なんか知らないけど…ゲームしに行ってて良かった…ギンギツネ、お疲れ様。」


うつぶせに倒れ動かないギンギツネをつつくキタキツネ。


「フェネック~!突然ジョシュに持ち上げられたと思ったら海で洗われたのだ~!。アライさんは洗うのは好きでもあんなに乱暴に洗われるのは好きじゃ無いのだ~!」

「アライさ~ん、影から見てたけど、大変だったね~。カバンさんの作ったカレーでも食べて元気出しなよ~。」


びしょびしょのアライさんをなだめるフェネックはどこか満足げな表情を浮かべていた。


「で、急におとなしくなった森の賢者はこのままでいいのか?」

ヒグマは捕らえてしばらくしてから静かに眠ったジョシュの横で呟いた。


森の賢者が失敗に気付くのは日が昇った後のことだった。













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