第2話「歓楽街の少女・後編」

 守理とオーリムラクが起こした小規模の騒ぎの後、二人に豊を加えた三名は、娼館しょうかんのVIPルームへと通された。そこは、元々オーリムラクが取っていた個室であるらしく、訪問者である守理たちは、話があるならそこでと案内されたのである。

 元々その部屋ではべらせていたキャバ嬢たちを退室させ、オーリムラクは守理たちを見る。部屋に入った彼女たち、ことに守理は、興味深そうに部屋の内装を見回していた。


「ふうむ……VIPルームとはいえ、いかがわしい雰囲気じゃのう。娼館じゃから当たり前なのやもしれぬが」

「当然だろう。ここは、本番行為こそはしないものの、その一歩手前までの行為を楽しむ店だぜ?」


 部屋に備え付けられたソファに深々腰をかけながら、オーリムラクは守理たちにも席へ座るように促す。それに従い、二人が腰を下ろすのを見て、オーリムラクはニヤッと嗤う。


「なんなら、お姉さんも今から俺と楽しむか? 職務なんてあとにしてよ?」

「ふふっ。そうじゃのう、そういうのも面白そうじゃがのう。ただ、職務をする前からそういうことをしたとばれると、あとで上官から大目玉をくらってしまうのじゃ。それはまたの機会ということにしておくれ」


 ほがらかに笑いながら、守理は広げた扇子で口元を隠す。その反応に、オーリムラクはつまらなそうに舌を打った。いろいろな苛立ちが込められているそれに、守理は内心苦笑するしかない。

 そんな彼女へ、守理はちょっとだけ首を傾げる。


「ところで、うちも気になることがあるのじゃが」

「なんだ?」

「そなた、齢はいくつじゃったがのう。こういった店は、確か未成年は入店禁止のはずじゃが」

「二十一」

「嘘をつくな。資料だと、十七のはずじゃぞ?」

「いいんだよ、二十一で。そういう風に、いろんな証明書は偽造しているから」

「偽造罪じゃぞ、それ」


 面倒くさそうに、しかもとんでもないことを暴露してきたオーリムラクに、守理は豊と目だけ合わせながら微苦笑する。政府の人間としては、普通であれば見逃せない事実である。実際、微苦笑する守理の横で、豊は僅かながら苦虫を噛み潰したように口元を歪めていた。

 そんな彼女の表情を確認してから、守理はオーリムラクへ視線を戻す。


「まぁ、この際はよい。そういうことは、別の部署に通しておく。うちの役目は、あくまでそなたへ依頼を伝え、交渉することじゃからな」

「へぇ。随分と緩い交渉官様だな。政府の役人だから、もっとお堅いものかと思っていたが」

「それだけ、依頼内容が重要だということじゃ。年齢詐称については……まぁ何とでも言い訳がつく。知らなかった、あるいは資料に誤りがあったなどとな」

「守理様。そろそろ」


 オーリムラクとなごやかに談笑する守理へ、豊が横目を流しながら何か催促をする。

 それを受け、守理も頷く。


「うむ。では雑談はそろそろこれくらいにして、本題に入ろうかのう。仕事の依頼じゃ。そなたの実力を買って、頼みたいことがある」

「なんだ? どうせ、この辺りの超獣の殲滅作戦への協力とかだろーがよ」


 ソファに深々腰かけ、天井を仰ぎながらオーリムラクが言うと、「ほう」と守理は感心した様子で息をつく。


「鋭いのう。こういう場所で遊んではおるが、情報収集はおこたっておらぬ、か」

「日本は最近のところ外敵は少ない。代わりに、領地内に出る超獣の被害が多い場所だ。大戦の影響か、元あった新人類養成施設の研究員の嫌がらせの結果かはさておきな」


 つまらなそうにいい、オーリムラクは眼前の机に置かれたグラスに手を伸ばす。入っているのは酒か――と思いきや、何故かトマトジュースのようだった。年齢詐称はするが、飲酒はしないらしい。奇妙な倫理観である。

 グラスを傾けるオーリムラクに、守理は顎に指を掛けて双眸を細める。


「そなた、随分日本の情勢に詳しいのう。日本語も流暢りゅうちょうじゃし、過去に何処かで教育でも受けたのか?」

「別に。たまたまだ。特に深い理由はねぇぜ?」

「そうか。資料には、日本のアニメや漫画などの文化が好きで、その影響を受けて服装を選ぶ癖があると、記されているが?」


 オーリムラクが、勢いよくトマトジュースを噴く。さいわい、グラスを傾けていたため、中身は全部グラスに吐き出されたが、一部の飛沫しぶきはオーリムラク自身の服に飛び散った。

 しばし咳き込んだ後で、彼女は守理を睨む。


「何だよその情報! どうしてそんなことを調べて記載しているんだよ日本政府!」

「依頼を前に、人となりを知っておくことも重要じゃよ? まぁそれはさておき――」


 オーリムラクの狼狽ろうばいを楽しむように笑いながら、守理は一呼吸おいて、言葉を紡ぐ。


「確かに、日本は超獣の出現が非常に多い国じゃ。原因は……まぁ他国の嫌がらせが原因とされておるがな。今回の本題はそこじゃない」

「ふん。超獣の駆逐への援軍かと思ったが、違うのか?」

「違う。超獣の出現多数地帯において、気にかかる事態が起こっておってな」


 そう言うと、豊が脇に抱えていたクリアファイルから数枚の書類を出し、オーリムラク前の机に差し出す。それを、彼女はグラスを持つ手とは逆手で受け取った。


「日本の各地方、そこで奇妙な存在が確認されておる。結論から言えば、彼女らの正体を探り、捕まえることの手助けをしてほしいのじゃ」

「奇妙な存在?」

「そう。うちらは、勝手にそいつらのことをこう呼んでおる。魔法少女、とな」

「……は? 魔法少女?」


 思わず、オーリムラクは頓狂とんきょうな声を上げる。想定していなかった存在とネーミングが原因だろう、彼女は眉を持ち上げながら眉間に皺を刻む。

 そんなリアクションに、守理は苦笑する。


「その反応は当然じゃろうな。そなたのように日本の文化に精通しておるものなら、そういう存在はあくまでアニメ・漫画などの文化の創作物の物だと認知しておるはずじゃ。しかし、我らもそう形容せざるをえない存在なのじゃよ」


 そう言うと、守理はパチンと扇子を畳み、目を細めて真剣な顔になる。


「そやつらは、日本各地の超獣出現多数地帯において、出現する少女たちのことじゃ。彼女らは、日本国内の超獣駆逐のスペシャリストである新選組が、超獣の出現を聞いて現場に到着するより早く、また大抵の場合、現場に出た超獣の首領格を倒している。どうやってかは知らぬが、まるで超獣の出現場所を予知しているかのごとく、な。そこまでならば、大変ありがたい存在といえる。問題は、その後じゃ」

「超獣を倒してくれるだけの存在なら政府としてもありがたいんじゃ――って言おうとしたが、やはり何か問題があるのか?」

「彼女たちは、何故か同じく超獣を駆逐しにやってきた新選組にまで攻撃を仕掛けてくるのじゃ。彼らが逃げれば深追いこそしてこぬものの、そのおかげで新選組にも多数の被害が出ておる。死人も少数ながら発生しておるほどに、な」


 やや苦っぽい口調と表情で、守理は言う。書類に具体的には記されていないことであるが、彼女ら魔法少女によって、命を落とした隊員もいるとのことだった。


「なるほど。だが、新選組だって戦闘のプロだろ? 応戦すればそれなりに――」

「相手にならんのじゃ。対抗できるのは、新選組に所属した腕利きの超人のみで、他の平隊員ではまったく歯が立たぬ。超人ランクは、推定でもD3以上は堅い。それが、分かっているだけ全国各地に十人はおるのじゃ」


 閉じた扇子を頬に添え、守理は言う。

 超人ランクとは、世界基準で定められたとある『超人』たちの強さと危険度をレート化したものだ。危険度は一番安全とされるA~Eまでの五段階、強さの度合いは1~10の十段階で査定されている。D3というと、二番目に高い危険度であり、一人当たり五十人から百人分の戦闘能力を持つ『超人』であることを示している。


「文字通り、様々な魔法の類を駆使して政府を苦しめておる。ゆえに、我らは魔法少女と呼んでおる。どの娘も、まだ幼い少女のような容姿をしているためな。まるで寓話のヒロインのように、超獣や新選組を翻弄しておる」

「なるほどな。だから、俺みたいな腕利きの超人に声が掛かったという訳か」


 ようやく話に合点がついた、とばかりにオーリムラクは納得の表情を浮かべる。


「そういうことじゃ。そなたには、この娘たちの調査・拿捕だほを依頼したい。うちらの国にも新選組というプロはおるが、さっきの説明で分かるように、この娘たちを捕まえるには人手不足じゃ。そなたのような超人に依頼せねば、立ち行かぬ」

「事情はおおよそ分かった。ただ、この国には観光と休暇できたんだ。仕事を依頼するつもりなら、それなりの報酬が必要だぜ?」

「日本円で、三百万は用意しておる。それと、出来高でその倍を出しても良いと考えておるよ」


 守理が軽く口にした報酬に、オーリムラクは口笛を鳴らす。驚き、あるいは感嘆を示すものだ。


「なるほど、破格だな。任務場所は?」

「日本の、東海地方じゃ。そこがもっとも、魔法少女の出現率が高い。それに唯一、彼女らの容姿だけなら確認できている」

「ほう。どんなだ?」


 興味が惹かれた様子のオーリムラクに、守理は豊から資料を受け取り、オーリムラクの前に提示する。


「この三人じゃ。どの娘も、見た目は可憐じゃろう? やってくることは、えげつないがのう」


 そう言って出された資料には、三人の正面から顔や横顔が映された三枚の画像が載っていた。

 一人は長いポニーテールの白と桃色を基調とした少女、二人目はふんわりとした短髪の髪を持つ黄緑と緑が主な色となっている少女、三人目は青と紫色に染まった知的そうな長髪の少女であった。そのどれもが美しくかつ可憐であり、幻想的な存在に映っている。

 そんな印象は、オーリムラクもまた感じていた。


「わお。ものすごく可愛いなぁ、オイ。まさに三次元の美少女変身ヒロインじゃねぇか! めっちゃくちゃタイプだぞ、この娘たち」

「……この娘たちを捕える手助けをしてくれ。詳しくは、現場の者たちに会ってから伝えられると思うがのう」


 テンション高くはしゃいでいるようなオーリムラクに、内心少し懸念を抱きながら、守理は告げる。ひょっとしなくても、目の前の少女は魔法少女たちの存在にかれ、思わず任務の内容を忘れてしまうのではないか、と不安であった。

 何せ、未成年でありながら、キャバ嬢によって経営される風俗店でVIPルームを取るような人物である。普通の嗜好しこう・感性ではないのは分かりきっていた。

 そんな不安を知る由もなく、オーリムラクは頷く。


「いいぜ。引き受けた。ようは、この娘たちを落として捕まえればいいんだろう? そしてあわよくば、ふふふ……」

「うむ。微妙に間違っているから、そこのところは訂正しておいた方がよいじゃろうな」


 何やら気持ち悪い声を漏らすオーリムラクに、扇子を広げて口元を煽ぎながら、守理は困った様子で笑みを浮かべる。その横手では、豊が二人に気づかぬ程度の小さな嘆息を漏らすのだった。

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