取り立て業務(三)

 先ずは彼女のキャッシュログを確認する。電子決済で全ての金の流れが記録されるのでこれを確認しないことにはプランが練れない。確認してすぐにこれは思ったよりも見通しが暗いと思う。彼女の強い緊張はこれだったのだ。金のない自分の身の上がどうなるか不安に思うのは当然だろう。

 最初の面談で金を引っ張ってくるのは比較的容易だ。まだ対象者に資金的に余裕がある。しかし、対象者が薬の量を増やしたりして売掛が増え返済がとどこうり2度目3度目の面談になると対象者の生活を犠牲にして無理やり金を作ることになる。彼女には既に資金的余裕がほとんどなかった。そこで細かく見ていって削れそうなものを探す。

 「特定の口座に毎月少なくない額が振り込まれていますが、これは?」

 「えっと、親への仕送りです。裕福ではないのに大学まで出してくれたので…」

 「立派な親御さんですね。ですが、減額を考えてみてはいかがですか?」

 「えっと…あ…はい」有無を言わせぬこちらの意図を察したのだろうが親への申し訳なさからだろう消え入りそうな声で同意する。

 しかし、細かく精査しても引っ張れそうなものはこれくらいだ。家賃も低いし生活費も抑えてある。これが1回目の面談であることを考えるとそこを削るのはまだ早い。彼女の客としての将来性をしばし検討する。実際に会った彼女は写真以上に美しい。色気のあるタイプではないが清純派のほうが商品価値は高い。体を売らせれば金を作るのには困らないだろうしそうなれば客としてのランクはかなり高くなる。しかし、僕はある程度わがままを許されている。

 「貴女の不安を現実化すれば、貴女の容姿なら売掛をすべて返済しその上で薬もこれまで通り購入いただけます。頑張り次第では仕送りも増額できるし生活にも余裕が出るでしょう」そこで言葉を切って続ける。

 「しかしそれはあなたの望むところではないでしょう。これは僕らにとってもあまりいい提案ではないのですが、薬の購入量を減らしてはどうでしょう?」

 思いがけない提案だったようで彼女は困惑した顔になる。まあ当然だろう。いくら社会的に容認されそれとともに社会性を身に着けたと言ってもヤクザは獲物を骨までしゃぶりつくすのが基本だ。金がなくても商品を買わせ如何なる方法でも金は作らせる。困惑した顔はやがて裏がないか探るような顔へと変わっていく。

 彼女の薬の量は雑貨メーカーの事務員としては多すぎる。もっと激務の営業職とか開発職に匹敵する。彼女がいくら有能で期待をかけられていたとしても1年目でこれは解せない。それを伝えると彼女は思いつめた表情になって口を開く。

 「実は先輩が…しつこくて…触られたりもするし…」

 どうやら同じ部署の先輩からセクハラ紛いのアプローチを受けているらしい。社内でのセクハラとゆうのはほぼなくなったと言っていい。男女どちらの立場でもセクハラを訴えられれば簡単に左遷させられてしまう。会社のトップであれば交代劇となる。だから上司なり然るべき自分物に訴えれば簡単にその先輩は排除できるはずだ。

 「上司への相談は?」

 「しました。でも…珍しい会社だとは思うのですけれど、うちの会社は社内恋愛を推奨していて、私が強く断れないのもいけないのだと思いますけど…上司からはなだめられて終わってしまうんです」

 珍社風を持った会社は過去多く生まれた。まだ日本に余裕があったころ政府は働き方改革を打ち出した。個性的な社風を持った企業が業績を伸ばした時代でもあったのだが社内恋愛の推奨もその一つだ。夫婦になって子供ができたときに育児休暇が融通しやすいとゆうのが最大の売りだった。女性の社会進出の黎明期で子育てと仕事の両立をしたい女性や積極的に家事育児に参加しようとする男性に好評だったのだが夫婦あるいはカップルが険悪になった時に職場にもたらす影響の方が大きくすぐに廃れてしまったはずだ。しかしどうやら彼女の会社は未だに-とゆうより歴史は繰り返すとゆうことなのだろう-社内恋愛を推奨する会社のようだ。失敗に目をつむり良いところに目を向けられるのは人間の美点ではあるが彼女の例を見ても目をつむれないレベルの綻びが出ていることは想像に難くない。

 「その先輩と食事でもしてみたらどうですか。うちの若いのと貴女と三人で。ヤクザの彼女ってゆうのはフリでも嫌でしょうが昔と違って我々も社会的に認められているし貴女の社内での立場がそう悪くなることもないでしょう」

 思いがけない展開に彼女の顔には困惑が広がる。

 「あの、もしその通りにして上手くいったとき、私は何をさせられるのでしょうか?」

 世の中にタダとゆうものは存在せず-存在するとしたらタダより怖いものはないのだが-ヤクザの提案がろくでもないこともちゃんとわかっているようだ。やはり立派な親御さんでちゃんと教育を受けてきたのだろう。

 「ちょうどうちの経営で女の子が不足している店がありましてね。ああ、体を張る必要はないです。ちょっとセクシーな衣装でウエイトレスをしてくれればいい。時間も融通しましょう」

 彼女が何か言いかけたので言葉を発する前に告げる。

 「よく考えて決めてください」

 それで彼女は断る選択肢がないことを悟ったようだ。金がない事実は動かない。とりあえず体を売らずに済むとゆう言葉を信じて縋るほかないのだと不安に沈んだ顔が物語っていた。

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