第4話 ギャルゲーと現実恋愛の違いは、心が『有る』か『無い』かだよ。

「......」


「......うぅぅ」


「んっふふ〜」


 突然、かつ唐突で申し訳ないが、僕、水面楽一みなもらくいちは、今異常に緊張している。それは面接や受験の時に起こるタイプのものではなく、恥ずかしさの強い......転んだ瞬間を人に見られた時と幾らか似ている。


 現に、駅前を歩く性別も年齢もまばらな人達が様々な感情を含んだ目で僕を見ている。別に僕がおかしい訳ではない。裸で往々としている訳でも、発狂して歩いている訳でもない。


 ただ......。


「ねぇねぇ水面クゥン? 今日は私達をどこに連れて行ってくれるのぉ? 私気になるなぁ」


 女の子二人(尚二人共かなりの美少女)を連れて駅前を歩いているだけなのだ。



『ど......どうしてこんな事に......』


 と頭の中で嘆くも、理由は分かっている。公良きみよしからのデートのお誘い(思惑で塗れていたけれど)を、社杜やしろもりさんにお近づきになれるという目先の欲に駆られて承諾したのが判断ミスだったようで、その報いとしてそれ相応の恥辱を受けている。


 けれどもこれは......中々......。左腕を見ると、猫を被った公良が頬ずりをして、右腕を見ると、顔を真っ赤にして悶えている社杜さんが僕の制服の裾を小さく掴んでいる。


 ......理性を失いそうだ。この調子で耐えられるのだろうか?


 僕は必死になって、高鳴る鼓動を抑えつけた。






「いらっしゃいませ〜」


 少し抜けたような店員の声に迎えられ、僕らは駅前にある喫茶店に入った。窓際の四人席を選び、座る。最初に公良が座ったので、その向かいに僕は座った。


 空いていた公良の隣の席に座ろうと社杜さんが鞄を置こうとすると、公良は小さく笑った。


「ダメだようらら。この席は私の鞄を置く為にあるんだからっ。だからうららは水面クンの隣っ♪」


 悪戯じみた声で告げる。理不尽な宣告に社杜さんはオドオドと視線を僕と公良に交互に巡らせた。


 やがて決心したように空いている席......僕の隣に腰を下ろした。満足そうに頷いた公良は、その笑顔のまま近くを通りかかった店員に声をかけた。


「店員さん! コーヒー三つ下さい! あ、私のはミルクたっぷりのコーヒー抜きでお願いします!」


「それはただのミルクだと思うんだけど......」


「そう! そのツッコミが欲しかったんだ、さすがは水面クン。分かってるぅ」


 相変わらず変なテンションだ。付き合いがそこそこな僕はこのペースについて行けるけれど、慣れていない社杜さんは目が点になってしまっている。茫然である。


「水面君......? 桜ちゃんはいつもこんな調子なの......?」


 と、公良のインパクトに圧倒されていた社杜さんが口を開いた。そこはかとなく顔が引きつってるように見えるのは僕の錯覚だろうか。


「いつもって訳じゃないけど......。まあ大体そうかな」


 う......。緊張して文法がおかしくなってしまった! いつもじゃないのに大体そうって一体どっちなんだ⁉︎ 社杜さんが隣にいると自覚すると無意識に変な事を口走ってしまう......! これは僕がおかしいだけなのか、それとも思春期の男子高生誰しもに共通する事なのか......?


「おーい、水面クン? 聞いてる?」


 僕の視界に突然手のひらが現れた。顔を上げると、公良が頬杖をつきながらもう片方の手をひらひらと振っていた。


「な、何?」


「......ヘタレ」


 小さく呟いた。小馬鹿にするように、口角を上げて。言い返したいけれど、本当の事なので言い返すのも難しい。代わりに抵抗の視線を送った。


 僕の苦し紛れの抵抗がよほど滑稽だったか、吹き出さないように笑いを口の中で抑え込んでいる公良。



 ようやく落ち着いた公良は、あ〜おっかし〜と息を吐き出すように言った。対して、一連の流れを掴めなていない社杜さんは不思議そうに首をかしげている。


「お待たせしました〜。コーヒー二つと、コーヒー抜きコーヒー......ミルクをお持ちしました〜」


 銀色のトレーにコーヒーカップを乗せた店員がやって来た。テーブルに置かれた飲み物を、僕達はゆっくり口へ含んだ。








「あははははっ‼︎ 何それウケる! やっぱ私の目に狂いは無かった、うららマジで面白いよ!」


「ううん......! 桜ちゃんのする話が面白いから私も反応出来るだけだよ!」


「..................」


 これはどういう事だろうか。僕はカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。


 店員が三人分のコーヒー(その内一つはコーヒー抜き)を持って来てから恐らく数十分経っただろう。大して時間が経過した訳じゃないのに、僕は公良と社杜さん、二人の『があるずとおく』からはじき出され、蚊帳の外となっていた。


 僕は何となく顎に手を当てて、二人を観察した。


 どうやら公良と社杜さんはが合うらしく、すぐに意気投合し今に至る。


 最初は公良のノリとテンションに引き気味だった社杜さんも、半ば引っ張られる形で会話をしていた。


 ......公良が誇る情報網。それが形成され、拡張される瞬間を垣間見た。


『この調子なら、友達が沢山いても納得だな......』


 そう感じ、僕は気づかれないように笑った。



「んあ......ゴメン、電話来た。ちょっと席外すね」


 鞄の中から着信音の鳴るスマートフォンを取り出した公良は謝るジェスチャーをし、店内の端へ駆けて行った。


「..................」




 途端にこれだ。今の今まで、公良という経由役がいたことで会話を繋げてきた僕と社杜さん。その経由役が席を外せばこうなるのも必然ではあるけれど......これは......。


「..................」


 この居心地の悪い空気をどうにかしなければ。僕は口を開いた。


「「あのっ」」


「「えっ‼︎」」


 同時。ついでにと言ってしまえば、その後の反応も同時。僕と社杜さんは同じ対応をしていた。


「ご、ゴメン社杜さん。......先に言って」


「ううん。水面君が先に」


 譲り合いになってしまった。き、気まずい......。こういう場合はどう対処するのが正解なのだろう......⁉︎ 誰か教えてぇ......。


「い、いや、別に特に用があった訳じゃないんだよ。ただ、黙ってるだけなのも嫌だったから」


 緊張で上手く回らない口を動かして言葉を紡いだ。


 すると、社杜さんは僅かに驚いたような仕草を見せた。目が丸くなっている。


「僕、何か変な事言ったか、な」


 恐る恐る、腫れ物に触るように尋ねた。


「......私も、この空気が何となく気まずかったから、どうにかしようと思って......」


「............」


「......ふっ」


「「あははははははははっ‼︎」」


 思わず大声で笑っていた。僕だけでなく、隣に座る『彼女』もまた、同じように笑っていた。


「私達、似た者同士かもしれないねっ、水面君!」


 僕に向けられる、一寸の濁りもない笑顔。


 僕にだけ向けられる、『彼女』の笑顔。


 そう考えると、堪らなくなる。愛おしくなる。


 話せば話すほど、僕は君に溺れ、夢中になっていく。


 これは恋。二年前のあの時と似通っていても全く違う感情。


「..................うん、そうだね」


 公良が戻って来るまで、僕は『彼女』から目を離せなかった。











「じゃあね水面クン! 今日は楽しかったよー!」


 公良が遠くから大声で呼びかけてくる。僕はやや控えめに手を振って返した。それを見た公良は踵を返し、去っていった。


 喫茶店を出た僕達はその後数時間に渡って駅前を歩き、様々な店を見て回った。中には僕が生まれて一度も訪れたことの無いような縁遠い店もあった。それは、僕にとっては自身の見解を広めるという意味でとても有意義な時間になった。


 社杜さんとの距離もかなり近づいたと思う。


 ......公良には感謝しなきゃな。


 今度何か奢ろうか。だとしたら何が良いだろう。ジュースかアイスあたりが妥当だろう。公良の好みにも合う。



「ん」


 僕は足を止めた。帰路の途中、一番街の途中にあるゲームショップに目を引かれた。普段なら素通りするはずなのだけれど、今は何故か無性に寄り道したい衝動に駆られていた。


 どうやら僕は、自分で思っている以上に機嫌が良いようだ。


 体の向きを変えると、軽い足取りで入り口の自動ドアをくぐった。


 内装は鮮やかな彩色に彩られていた。新発売のゲームの広告やポスターが大きく貼り出され、設置されたモニターには常時プロモーションビデオが流されていた。


 特に目的もなく訪れたので、僕はとりあえず店の一番目立つ所にあった特設スペースへ目を向けた。


 近づき、平積みされたソフトの一本を手に取る。


 パッケージには『最果ての丘で』と書かれたタイトルと、可愛い女の子が数人描かれている。


『これは......移植されてきたソフトか。確かちょっと前に公良が友達からすすめられたとか言っていた気が』


 パソコンのみに対応しているソフト......俗にいうエロゲーと呼ばれるジャンルのゲームが、(念のため注釈を入れておくが、パソコンゲームの全てが成年向けの物という訳ではない。勿論未成年でもプレイ出来るソフトも数多く存在している。)家庭用ハードに表現を改めて移植されたものだ。


『ギャルゲーか、最近はプレイしてなかったな......中学生の時は友達に借りてやってたけど』


 声に出さずに心の中だけで呟きつつ、パッケージを裏返して眺めた。


 昔......というかほんの数年前だけど、恋愛シュミレーションゲームをプレイし過ぎると、現実とごちゃ混ぜになるだとか、現実の恋愛に興味が無くなるとか何かと言われてた時期もあったけれど、そういう風に言うのは、限ってギャルゲーをプレイしていない連中だ。


「......ギャルゲーと現実の違いなんて、心が『有る』か『無い』かぐらいだと思う。表示されたテキストを話すだけか否か。それ以外は大差無いんだよな......」


 このパッケージに描かれている金髪ツインテールの少女と、社杜さん。この二人にだって、きっとその程度の違いしかない。


 ならば。


 ギャルゲーのように......いや、ゲームに限らず、フィクションの世界のような『嘘みたいな本当の結末ハッピーエンド』があっても良いんじゃないんだろうか。



「......なんてな」



 思わず微笑がこぼれた。僕は手に持ったパッケージを丁寧に平積みされたゲームの上に置き直すと踵を返し、静かに店を出た。

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