644 王城に行く、王族の事情
キリクは「王城に行く」と言って、慌ただしく屋敷を出ていった。
返事を待つ間、シウは一人で各地の隠れ家を見回った。静かに待つよりも何かしていた方が落ち着く。実際、潜考に向いていた上、しっかりとまとまった。
その日の夜遅くだ。キリクから通信が入った。「明日一緒に王城へ行くぞ」の言葉で、彼の奮闘ぶりが分かる。
翌日、シウは一度オスカリウス家に寄って着替えを済ませてから馬車に乗った。
希少獣たちはロトスに任せた。この日はククールスもコルディス湖の小屋に行く。スウェイと過ごすのだろう。
彼等がいれば問題ない。ジルヴァーも拗ねることはなかった。
オスカリウス家の馬車は表の建物や研究塔を通り過ぎ、奥に向かった。直接、王族の住まう宮殿に横付けするらしい。
「話は付けてある。人払いも頼んだ。だが、最低限の世話係は必要だ。ハンス殿下以外にも、見届け人を要求された」
医師か薬師か。誰であろうと秘密を守れるのならば構わない。シウがそう考えていると、キリクがさらりと告げる。
「ベルヘルト爺さんだ。俺とシウの知り合いで融通を利かせられると言えば爺さんしかいないだろ」
「え、もう年齢も年齢なのに大丈夫なのかな」
心配になってキリクを見れば、肩を竦めて笑われる。
「だからだ。今や顧問のような立場にある爺さんだぞ。何かあっても引退という形で責任を取れる。他の奴等は尻込みするだろうしな。まあ、最初に話を持ち込んだ時にベルヘルト爺さんもいて『わしが立ち会う』と言い出して聞かなかったんだ。他に話を広めたくもなかった。ちょうど良かったんだよ」
「本人がいいなら僕もいいけど」
言い終わる頃に馬車が止まった。
以前、シウが招かれた天覧宮ではない。見回していると、案内のために出てきた執事らしき男性が口を開いた。
「こちらは紅玉宮でございます」
「あれ、でも」
紅玉宮は王家の第二子、アレクサンドラが住む宮殿だ。成人すると王太子以外は別の宮殿に移る。男子と女子で分かれ、アレクサンドラのみ別の宮殿をもらったとシウは聞いていた。
ちなみに国王や王太子でもあるハンスらの住まいが天覧宮だ。客人を招くこともあるため、かなり大きい。シウも招待を受けたことがある。
「アレクサンドラ殿下はすでにフェデラル国だ」
シウの疑問に答えたのはキリクだった。
「え、もう引っ越したの?」
「引っ越し……」
執事が小声で復唱する。シウは慌てて手を振った。
「あ、ええと、ご結婚のためですよね」
「ええ、はい。お式の準備もございますし、あちら様も早くお迎えしたいとのことでしたので」
聞けば、アレクサンドラの結婚は年末になるそうだ。予定より遅くなったのは、フェデラル国の方でごたごたがあったかららしい。しかし、結婚相手であるアドリアンが痺れを切らした。アレクサンドラも適齢期を過ぎている。婚約も済ませていることから、もういいだろうと屋敷に迎え入れたらしい。
「こちらの紅玉宮は現在、ハンス様の正妃マレーナ様のお住まいとなっております」
第二妃以降は別の宮でまとめて暮らしているのだとか。後宮のようなものだ。
特に子供が生まれると人の出入りが増える。客人を招くことも多い天覧宮では問題があるのだろう。
案内された部屋にはハンスだけでなく正妃と思しき女性も待っていた。ベルヘルトの姿もあった。彼は空気を読んでか、視線だけで挨拶を済ませた。
口を開いたのはハンスだ。
「シウ、よく来てくれた」
「ああ、シウ殿、本当に本当に……」
立ち上がって挨拶しようとしたマレーナだったが、言葉に詰まってしまったようだ。
ハンスが支えるように彼女の肩を抱く。
「マレーナ、落ち着きなさい」
それからシウを見て「すまないが、座らせてもらうよ」と言って彼女をソファに戻した。
「キリク殿には機密だと言われたが、さすがに母である彼女には話しておくべきだと思ってね。期待はするなと言い聞かせていたのに」
感極まったようだ。
「それは構わんが、治療中の邪魔は困るぞ。シウの集中力を途切れさせるわけにはいかん」
キリクが口を挟む。ハンスは頷いた。
「ああ、大丈夫だ。マレーナにも言い聞かせている。マレーナ、不安だろうが治療にはわたしが立ち会う。また、我が国の宝と呼ばれるベルヘルト殿にもついてもらうのだ。安心おし」
「はい。はい。わたくしはここで待っております」
祈るように手を組む。マレーナはハンスを見上げ、それからシウに向いた。何か言おうとして、しかし口を噤む。
事前にハンスから念押しされていたのだろう。プレッシャーになるような言葉も掛けられないと思っているようだ。けれど、その目が「どうかお願いします」と訴えている。
シウは微笑んだ。
「最善を尽くします」
マレーナは胸の前で指を縦に動かした。神に祈る際の仕草だった。
シウたちが部屋を移っても、マレーナの残った部屋に侍女は現れなかった。
赤子がいる部屋以外にも人払いが適用されているようだ。シウの《全方位探索》にも引っかからない。
「安心してくれ。秘密はもらなさい。クリストバルの面倒を見ている乳母と医師だけでなく、この執事にも契約魔法を用いた」
「えっ」
シウが驚くと、ハンスの方も驚いた。
「その方が安心だろう? それだけの機密情報だと聞いているが」
チラッとキリクに視線が向く。
「それでいい。できれば殿下にも頼みたいぐらいだ」
「クリストバルが助かるのなら構わないよ」
「殿下!」
執事が思わずといった様子で叫ぶ。反対にハンスは落ち着いている。
「誰にも話すつもりはないと誓えるが、王族に秘密を握られるというのは脅威だろう?」
キリクは苦笑し、シウは曖昧に笑った。
脅威かというと困るからだ。
ハンスはシウたちの表情に何を思ったのか、少し首を傾げた。しかし、話はそこで終わった。
「こちらでございます」
執事が赤子の部屋に到着したと告げたからである。
ハンスの第一子はクリストバルという名前で、生後五ヶ月を超えたところだという。
乳母と担当の医師は状況を事細かに説明してくれた。また、年老いたベルヘルトのために椅子も持ってくる。本来であればメイドの仕事だが、他に人がいない。その上、
「なんでもいたします。どんなことでも命じてくださいませ」
「助手代わりにどうかわたくしめをお使いください」
などという。赤子が助かるのならと必死だ。
「二人には事情を話してある。契約魔法を用いるのだ、ついでにな。乳母は、元は妻の侍女をしていた。お前の話も聞いているそうだ。妻がどれほどお前に感謝したか、それを何度も聞かされたのだよな?」
「はい。マレーナ様だけではございません。わたくしども、お仕えする者たちは皆が感謝しております」
二人には長らく子が出来なかった。ハンスは他の妃らには手を付けなかったようだから、正妃に問題があると思われたのかもしれない。実際はハンスの方に不調があった。それを解決に導いたのがシウだ。最高級の薬やら何やらを提供したのである。おかげで二人は子に恵まれた。
喜んだのはハンスたちだけではない。
ハンスのすぐ下の妹、アレクサンドラも肩の荷が下りた。もしもハンスに子が出来ないままであれば、彼女が王太子となって婿を取る案も出ていたのだ。王族の考えではない。大臣や貴族院の多くがそれを願った。
アレクサンドラは第二子ということもあって王太子と同じ教育を受けている。第三子の王子よりも推す貴族は多かった。もっとも、身内から婿を出したいという思惑もあったのだろう。妊娠出産のある妻に代わり、婿が実権を握るようになるからだ。
ただ、そのせいでアレクサンドラは婚期を逃していた。婿を取るにしても、そろそろ厳しいと言われる年齢だったが、幸いにも縁があってフェデラル国の王弟アドリアンと婚約したのである。
トントン拍子に上手くいったのも、全てはシウがきっかけだ。
そう思ってくれている。
だから、シウに頭を下げるのだ。
医師も「命を救う」ことに身分は関係ないと思える人なのだろう。
秘密が何であろうと、たとえ禁忌であっても構わない、そう思っているかのような表情だ。
シウは困ったように笑い、
「では、あの、よろしくお願いします」
と答えた。
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【お知らせ】
まほゆか3巻発売中です!
魔法使いと愉快な仲間たち3 ~モフモフと新しい命と心機一転~
ISBN-13 : 978-4047380677
イラスト:戸部淑先生
書き下ろしはキリク視点となります
イラストがとにかく最高…꒰* ॢꈍ◡ꈍ ॢ꒱.*˚‧
表紙のちびっ子たちとモフモフ、口絵の三つ子モフモフ、成獣祝いのシーンはクロが健気すぎるし……etc.
モノクロの全てもオススメできます
ぜひ、3巻をお手にとっていただけますと幸いです🙏
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