643 キリクに相談、吐露、光明
翌日、シウはキリクに会うためオスカリウス家にいた。相談があると連絡したところ「すぐ来い」と言われたからだ。
アマリアはいない。妊娠中なので大事を取って領都に残ったそうだ。オスカリウス家には秘密の転移魔法陣も設置してあるが、心配性のキリクが使用を反対したのだとか。よほどの理由がなければ禁止らしい。
とはいえ、本人は元気だという。毎日散歩は欠かさず、昼間は研究も続けている。奥向きの差配もしつつだから気にはなるが、キリクはハラハラしながらも「任せている」そうだ。
本人は愚痴のつもりかもしれない。しかし、表情はどう見ても――。
「僕、もしかして惚気られてる?」
呆れのような、ほんの少しイラッとした気持ちが口をついて出る。
「そんなんじゃない。ていうか、シウにそんなことを言われるとは思わなかった。お前も大人になったんだなぁ」
「そりゃ、成人して一年にもなるし」
もうすぐ十六歳になるのだ。シウは昨日のジークヴァルドを思い出して半眼になった。
キリクは自分に向けられたと思ったのか慌てたようだ。
「いや、分かってる。大人だな。ああ。……ていうか、俺の顔、そんなにニヤけていたか?」
「威厳はなかったね」
やりこめようとシウが返せば、キリクはしきりに無精髭を撫でながら百面相をした。
このままではアマリアの話題ばかりだと思ったシウは早速、本題に入った。
「昨日、ジーク、ジークヴァルド殿下と偶然会って相談されたんだ」
唐突すぎる内容だというのに、さすがはキリクだ、表情が改まる。とはいえ、口調は変わらない。
「どうやったら偶然、王族と会うんだよ。お前は本当に引きが強いな」
シウは肩を竦め、話を続けた。
「『知り合い』に魔力過多症の赤ん坊がいるんだって。しかも、重症だと聞いた」
キリクが黙る。
「僕はシーカーの禁書庫にも自由に入れるし、王城内の図書室にも入ったんだよね」
「重症者の治療方法について何か見付かったか?」
「なかった」
「だろうな。陛下が、密かにとはいえ俺たちにまで調査を命じたんだ。シュタイバーンの王城にある禁書庫にないものが他国にあるとは思えん」
「ラトリシアだよ?」
「魔法大国というだけで治療に関して突出しているわけじゃないだろ」
ただ、一縷の望みがあった。魔法大国だからこそ、魔力過多症について何か知っているのではないかと考えたようだ。キリクの表情を見て、シウは確認を取った。
「もしかして、内々にラトリシア王国への相談もあった?」
「ああ。だが、返ってきた答えは既存の治療法ばかりだ」
「そっか」
キリクとの話で確定したが、シウは改めて言葉にした。
「ハンス殿下のお子様の一人が魔力過多症なんだね?」
「まあ、分かるよな」
「たぶん第一妃のお子様かなと」
「そうだ」
臣下や他国に、ぼかしてはいるだろうが問い合わせるというだけで十分に大事だ。第二妃以降の子供ならば、言葉は悪いが諦めていたのではないだろうか。第一妃、つまり正妃の子供だからこそ諦めたくない。
なにしろ、ハンスは正妃を大事に思うあまり、彼女が妊娠するまで他の女性との間に子供を作ろうとしなかったらしいのだ。
「もう、手はないのか」
キリクの表情を見て、普段の彼らしくないとシウは思った。いつもはもっと冷静だ。どれほど大変な話題の時でもどっしりと構えていた。
そんなシウの考えが伝わったのだろうか。キリクが顔を上げて苦笑する。
「ハンス殿下のお気持ちを直に聞かされてな。あの時、俺は初めて父親になるとはこういうことかと知った。俺は、自分自身についてはどうとでもなると思っていた。たとえそれがどれほど辛かろうと耐えられる、ってな。だが、子が辛い目に遭う姿は見ていられない」
キリクは手を握った。
「妻は、もちろん妻も大事だ。だが、彼女は俺と人生を共に歩む同志のようなもの。一緒に苦難を乗り越えていく存在だ。アマリアは俺に守られるばかりではダメだと言って、どんどん強くなった。俺だけでなく、領民の全てを守ろうとしている。妊娠してからはいっそうその気持ちが強くなったようだ。だから大丈夫だと思える」
子供は違う。そう、呟く。
「こんなにも怖いものなんだな。俺は子供を持つってことの意味を本当には分かっていなかった。お前になんだかんだと言っていたが、甘えだったと今なら分かる。すでに強く育った子を、一番大変な部分を見もせずに、いいところだけを奪おうとした。そりゃ、断られるよな」
シウを養子にと誘った件で罪悪感を抱いたらしい。言い方が露悪的なのはそのためだ。
「気弱だね」
「いろいろ考えさせられた。ハンス殿下の憔悴した姿を見るとな」
「僕も、少しだけ気持ちは分かる。人間の子と一緒にすると怒られるかもしれないけど、僕はフェレスを拾ってから情緒が育ったと思うから。命についてちゃんと考えるようになった。多くの子を拾ってきたけど、今でも怖い。命には責任が伴う。もし何かあったらって考えると怖いよ」
だから。
「だから、僕はキリクを頼った。迷惑を掛けるんじゃないかと最初は躊躇った。でもやっぱりキリクに頼ろうと決めた」
「……おう」
「それでいいんだと思えるようになった。キリクが僕を養子にしたいと考えたのも、恩人の養い子だったからだし、跡取り問題で周りが煩かったんだよね? 断ったらすぐに引いたぐらいだ、ごり押しする気もなかった。キリクが優しい人だというのは知ってるよ」
「はぁ? 俺は優しくなんて――」
「妹さんの子供三人が跡継ぎになるのを尻込みしてるって聞いて、ちょうど物怖じしない子供がいたから養子になるかと聞いてみた。だよね?」
「いやまあ、そう聞くと身も蓋もないな。大体それだと余計に俺が酷くないか?」
シウは笑った。キリクもだ。
「キリクも頼っていいんじゃない?」
「ああ、そうだな」
「ハンス殿下も頼ったんだよね」
「そうだ」
なりふり構わず、彼は頼ったのだ。王族として隙は見せられないだろうに、キリクや王様、他国にも頼った。
ならば応えたい。
シウはキリクに笑ってみせた。
命を繋げるかもしれない、その可能性がある。
シウの話を聞いたキリクは動きを止めた。
もちろん、必ず治せるとは言い切れない。ただ、案を思い付いた。思い付いてしまった。そして、見も知らぬ赤子の未来について考えた。
「助けたいと思ったんだ」
「そうか」
キリクはもう一度「そうか」と呟いた。
「すごく大変な作業になると思う。繊細な作業なんだ。鑑定魔法を使い続けなければならないし、他にも稀少な素材を使う。僕の作った魔道具も使用するつもり。でも、それらは外に出せない、公開されては困るものばかりなんだ」
「何故か、理由を聞いてもいいか? 鑑定魔法は分かる。レベルが最大なら欲しがられるだろう。が、是が非でもというわけではない」
「魔道具はハイエルフ対策で作ったんだ。確認されるのはもちろん、公式記録に『このような魔道具だった』と残されるのも困る」
「ああ、そりゃ、問題だな。……つまり、そこまでのものを出さないとダメなぐらいヤバいってことか」
「うん。空間魔法も使うと思う。それだけじゃない」
シウがそもそもキリクに相談したかったのは素材についてだ。
「竜苔を使う」
さすがにキリクは言葉に詰まった。ゆっくり息を吐き、答える。
「だが、リグドールはまだ研究らしい研究を進められていない状況だろう? 許可は下りんぞ」
「必要な素材だよ。それだけじゃない。もしかしたらサナティオも使うかも」
「うん?」
「あー。ほら、前にキリクを実験台、じゃなかった。お疲れだったキリクに差し入れた新作のポーション、あったでしょう? あれに入れてた
古代竜の話よりも、クレアーレ大陸に行ったという話の方が難しい。しかも、サナティオが育った場所は古代竜イグの寝床だ。効能の由来についても話せない。そこに流れてきた水は、元はといえば白の古代竜たちの墓場にあった地下水だ。神聖な場所に誰も連れてはいけない以上、話す意味もない。
誤魔化すのもアリだ。竜苔と同じように、アドリアナの迷宮で見付けたと言ってもいい。
しかし、育てるのに必要な水を用意できない上、似たような効能を持つ素材なら他にいくらでもある。
今回使うかもしれないと思ったのは、単にシウが竜苔との実験を繰り返して問題ないと分かっているからだ。今から他の素材と合わせて実験する余裕はない。
シウが掻い摘まんで説明すると、キリクは納得した。
「分かった。なんとかしよう。それで命が助かるなら、ごり押しもする」
そこにはいつもの、頼もしいキリクの姿があった。
*************
【お知らせ】
おかげさまで、まほゆか3巻が発売しました
ありががとうございます!
魔法使いと愉快な仲間たち3 ~モフモフと新しい命と心機一転~
ISBN-13 : 978-4047380677
イラスト:戸部淑先生
書き下ろしはキリク視点です
今巻はアントレーネの再生が主軸です
更にモフモフ三つ子が誕生し、冒険者パーティーを結成し、キリクにとうとう秘密を告白するというイベントもあります
あとはなんといってもイラストが最高💕
ショックを受けるシウなど見所満載です!ぜひお手にとってご覧ください~!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます