642 成長、憂い、魔力過多症の話題




 しばらくは皆で食事を楽しんだ。互いにどういう仕事をしているのかや、自己紹介もしただろうか。

 全員が成人しているのでお酒も頼む。その際、ジークヴァルドが心配そうにシウを見た。

「いや、分かっている。分かっているんだが、シウも酒を飲むのか」

 シウは半眼になった。

「僕の場合は状態異常に対する耐性があるので『全く』問題ありません」

「成人していても成長が続いている場合は控えた方がいいんだよな?」

 レオンが口を挟む。以前、シウとロトスが話していたのを覚えていたらしい。

「普段は、飲んでないし……」

「だよな」

「レオン、止めてやれよ」

 リグドールが小声で諭すが、なにしろシウは地獄耳の持ち主だ。半眼のまま全員を見る。

「もう大人だし、成長もしているし、心配も無用だから」

「お、おう」

 リグドールが答え、レオンが笑いを堪え、ジークヴァルドは目をグルグルさせたあとに吹き出した。

「ふっ、ふはは! そうか、悪い、そうだよな」

 それから身を乗り出してシウの肩を叩く。

「出会った頃の小さい姿が印象に残っててさ。そっか、成長してるよな」

 バンバン叩いたあと、ソファに座り直して天を仰ぐ。はーっと大きな溜息だ。

「成長かぁ……」

 少々、様子が変だ。

 シウはリグドールやレオンと顔を見合わせ、代表して質問した。

「どうかしたの?」

「ああ、いや。まあ、こっちの話だ。悪い。せっかくの飲みの席で溜息なんて良くないよな」

「それは構わないけど。僕も、友人たちも気にしない。話せない内容なら無理に聞くつもりもないよ」

「そうか」

「だけど、他人に話すことでスッキリすることもあるからね。そこは気にしないで。楽しく飲みたいなら、騒ぐよ」

「シウが騒ぐのか?」

 ジークヴァルドが目を丸くする。シウは肩を竦めた。

「お望みとあらば。でもたぶん、そういうのはリグが上手いと思う。ね?」

「急に振るなよ! ていうか、レオンだっているじゃん」

「おい、俺をなんだと思ってるんだ。無愛想で有名だったんだぞ? 場を盛り上げられるのはリグしかいないだろ。大体、シウがどうやって明るく騒げるんだよ。踊るのか? 社交ダンスが『ゴーレムみたいで無粋だ』と先生に言わせた男だぞ。詩も情緒がない、音を外してると何度もやり直しを命じられてさ」

「レオン、レオン、止めてやれって。ほんと、お前ってテンパると酷いよな」

 言いながら、リグドールがシウを指差す。レオンと目が合ったシウはツンとそっぽを向いた。

「どうせ音痴だよ。ダンスも苦手だし、詩は作れない。だからって困ることはないからいいんだ」

 すると、ジークヴァルドがまた吹き出した。

 笑い転げ、涙が出たのか指で目元を拭う。

「ははっ、シウにも不得手があるんだな」

「そりゃ、あるよ」

「なのに踊ろうとしてくれたのか」

「いや、僕は踊るとは言ってない――」

「シウ」

 ジークヴァルドの声音が急に深刻な響きとなった。

「ちょっと、相談というか、話を聞いてくれるか?」

 シウたちは背筋を伸ばして、ソファに座り直した。


 彼は一瞬だけ目を上に向け、困ったような顔で笑った。

「俺の知り合いの、あー、同僚についてなんだ」

 シウは念のため部屋に《結界》を張った。防音を兼ねている。

 ジークヴァルドはそれを見て微笑んだ。

「その人に子供が生まれた。ところが、生まれた時から体が弱くてな。熱を出して何度も寝込む。調べてみると魔力過多症だと判明した」

 リグドールが痛ましそうにジークヴァルドを見る。彼は気付かず、伏し目がちに続けた。

「幸い、城には高名な医者もいる。他の専門家への相談も可能な身分だ。だから、多くの人の手を借りて調べてもらった」

 レオンは無意識にだろう、ほんの少し顔を顰める。身分があれば、すぐさま助けてもらえるという事実に思うところがあったのだろう。

 ジークヴァルドはやはりそれには気付かず、声を潜めた。

「結果はどれも同じ。助けられない、だ」

 リグドールとレオンが息を呑む。

 ジークヴァルドはのろのろと顔を上げた。泣き笑いのような表情でリグドールとレオンを見る。

「安静にして、薬を飲めば大丈夫だと思うだろ? ダメなんだってさ」

「どう、してですか。高価な薬だけど王城にならあるし、実際に俺たちの研究室にだって素材はある」

「魔力を吸い取る魔道具も貴族なら用意できるはずだ」

 二人の発言にジークヴァルドは頷いた。

「一応、試したんだ。だけど、赤ん坊には難しかった。まず、一歳を過ぎないと使えないものばかりなのは知っているか? 赤ん坊ってのは本当に繊細なんだよ。ましてや、その子は元々の体質が弱くてな。なのに魔力は誰より多い」

「どれぐらいですか?」

「鑑定魔法も精霊魂合水晶も当てにはならないんだけど、おそらく百は超えているだろうと」

「当てにならない?」

 リグドールが唖然とした。

 レオンは首を傾げる。それから小声でシウに「そんなことがあるのか」と聞く。

「有り得るよ。たぶん、魔力が安定していないんだと思う」

 その声を聞き、ジークヴァルドがまた頷いた。

「そうだ。安定していない。そのせいで治療もままならない。もしかすると、先祖に他種族の血が入っていたのかもしれないという話だ。獣人族の場合は成長と共に魔力も増えるというだろう? だとしたら、安定しない理由も分かる。あるいはエルフだ。彼等は元々の魔力が多い。だから人族の体に過ぎた魔力量を備えてしまったのかもしれない」

 赤子は先祖返りなのだろう。

 シウは腕を組んだ。先ほどからずっと考えていた。魔力過多症に使える薬が効かないのだとしたら、どうすればいいのか。

「あの、俺、魔力過多症だったんです」

 リグドールだ。ジークヴァルドは目を見開いた。

「君もか?」

「はい。俺も、体が弱くて何度も寝込みました。外には出してもらえず、いつも誰かと一緒だった。屋敷の中でしか過ごせない生活が息苦しかった。だけど我が儘は言えませんでした。母が泣くんです。せめて十を超えるまではって。それに裕福な商家だったとはいえ、薬代は馬鹿になりません。大変なのもよく分かっていた。だから我慢するしかなかった」

 魔力を安定させるための訓練として家庭教師も雇っていたようだ。

「今は、父や兄は笑い話にしてます。でも、母はあの頃の話をしません。父や兄が軽口を叩く横で、泣きそうな顔で笑うんです。魔力過多症は本人だけじゃなくて、いえ、むしろ親の方が辛いのだと思います」

 リグドールはジークヴァルドを見つめた。

「親御さんは大丈夫でしょうか」

「……どうかな。面には出さないようにしている。母親の方も、窶れを隠しているかもしれないね」

「俺はご両親も心配です」

「うん。そうだね。ありがとう」

 そこで、レオンが耐えきれないといった様子でシウを振り返った。

 言葉には出さないが、目で訴える。「何かあるだろう、何もないのか?」と聞いているのが丸わかりだ。

 シウはこの場にそぐわない笑みを零しかけ、慌てて表情を取り繕った。

「あの」

 声を掛けると、ジークヴァルドがシウを見た。

「実は、シーカー魔法学院の大図書館全てに入れるようになったんだ」

「え、ああ」

 唐突すぎる内容に、ジークヴァルドが首を傾げる。しかし、ハッと顔色を変えた。

「大図書館と言えば禁書庫もあるよな。もしかして調べられるのか? うちにある図書室では見付けられなかったんだ」

 おそらく、彼等は王城の禁書庫にも入ったのだろう。しかし良い結果を見付けられなかった。

 それは、シーカーでも同じだ。現在出回っている対処方法が主流で、確立もしている。特殊なパターンについての対応策はどこにも書かれていない。

 では何故、図書館の話を始めたのか。簡単だ。シウが一から思い付いたというよりも、過去の事例に倣ってと聞いた方が彼等が・・・安心するからである。

「病や薬に関する本はほとんど複写してきたから、調べ直してみる。珍しい素材も多く描かれているんだ。組み合わせては鑑定するという作業も必要だから、すぐには分からない。効くかどうかも。それでも良ければデータをまとめてみる」

「ありがとう!」

 藁にも縋る思いなのだろう。シウの手を取って握る。

「資料が増えればそれだけ研究も捗るはずだ。助かる」

 そういう言い方で期待値を上げないところも彼らしい。シウは笑顔でジークヴァルドの手を握り直した。

「連絡は、キリクを通すね」

 彼は不思議そうな顔をしたけれど、何かあるのだろうと悟ったらしく「ああ」と頷いた。

 シウが資料ではなく素材そのものを「持参」しようと考えているなど、思いもしていないようだった。








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【お知らせ】

まほゆか3巻が早いところですともう出てるかも!

(9月30日発売)


魔法使いと愉快な仲間たち3 ~モフモフと新しい命と心機一転~

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047380677

イラスト:戸部淑先生

書き下ろしアリ

キリク視点です!1巻2巻と避けてきたんですがとうとう耐えきれずに…


素敵イラスト満載ですのでぜひお手にとっていただけたら幸いです



また発売記念としてSSを番外編の方にあげる予定です

今回はハリーが主役☺

たぶん30日になるかと思いますので、よろしくお願いいたします!



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