641 偶然の再会、ジークとカロス




 森の奥まで進んだため、いつもよりは帰りが遅くなった。普段なら夕方には王都に着いている。

 この日はそろそろランプでも点けようかと考える頃合いで外壁門に到着した。

「王都の灯りを見るとホッとするな」

「ああ。旅人の気持ちが分かるよ」

 リグドールとレオンの言葉は、門を目指す他の人たちの思いを代弁していた。

 街道を通る旅人たちは夕闇を照らす王都の明るさに安堵する。あちこちから「もうすぐだ」「今日はベッドで寝られる」と嬉しそうな声が聞こえてきた。

 その時だ。

 門兵らがぞろぞろと外に出てきた。彼等の視線が上に向く。自然と、周りにいた人たちも空を見上げた。あちこちから声が上がる。

「すげぇ、本当に真っ白い鳥だ」

「あんなに大きいのか」

「格好良い……!」

 どれも感動の声だ。

 リグドールがぼそりと呟く。

「第四殿下とカロス様だ」

「カロス? じゃあ、乗っているのはジークかな」

「おい、敬称。誰が聞いているか分からないんだぞ」

 リグドールに叱られ、シウは頭を掻いた。

「あ、そっか。そうだね」

「あの方と仲が良いのは分かるけど、気をつけろって」

「うん」

 シウは素直に頷いたのだが、そうした事情を全く考えない子が近くにいた。

 ブランカだ。

「ぎゃぅぎゃぅ~!」

 彼女は「あの子、知ってる~!」と無邪気に鳴いた。

 その声が、たまたまシンと静かになった外壁門前に響いてしまった。

 ちょうど降り立ったばかりのジークヴァルドと白鷲型聖獣アスプロアークイラのカロスが振り返る。

「シウ、もしかして、シウなのか!」

「くぃくぃー!」

 一人と一頭が駆け寄ってきた。そうなると、王都に入ろうと並んでいた商人や旅人、冒険者たちが道を空ける。

 どうにも目立ってしまうが仕方ない。シウはリグドールとレオンに視線で謝罪し、ジークヴァルドたちを笑顔で迎えた。


 視察の帰りだというジークヴァルドは、シウたちを飲みに誘った。

「報告なんかで戻らないとダメなんじゃないの?」

「直帰で構わないんだ。そんな時には飲みに行くこともある。カロスも人型になれるからね」

 実際にカロスは外壁門前で転変した。人型だと彼女はまだ少女の姿だ。女性用の軍服を着ている。

「あ、装備変更をしないとな。カロスも街歩きの格好で頼む」

「分かった」

 そう言うと、二人して軍服から「街歩き」の格好に変える。

 シウやレオンは装備変更の魔法を見慣れているが、兵士や商人らは珍しいのだろう、驚いていた。一般的には装備変更の魔道具も高価になる。わざわざ買うほどの必要性はない。使うのは上級冒険者や貴族ぐらいだ。魔法使いも、あえて術式を覚えるほど必要とはしていない。

「すまない、注目されてしまったな。すぐに移動しよう。皆、騒がせて悪かったね」

「いえっ!」

 兵士らは敬礼してジークヴァルドを見送った。

「君らは依頼の帰りか。では、先に冒険者ギルドへ寄る?」

「そうだね。あ、リグとレオンは飲みの席にジークも一緒で大丈夫?」

「あ、うん」

「俺も、別に」

 二人ともどう対応していいのか分からないらしく、曖昧な答えだ。シウはまたも視線で謝罪した。


 店はジークヴァルドに任せた。

 場所を聞いて待ち合わせる。というのも、冒険者ギルドに王子様と聖獣のセットを連れていくことへの不安があったからだ。

 シウたちは急いで依頼書の処理を済ませた。リグドールは帰路の間にフェンリルを返し、レオンは悩んだ末にエアストを連れていく方を選んだ。

 シウはいつでもどこでも希少獣と一緒だった癖がついているので、特に気にせず二頭を連れていった。

「中央区にあるから大丈夫だとは思っていたが、意外と入りやすそうだな」

 店構えを確認したレオンがホッとした様子で呟く。リグドールも頷いた。

「これなら俺も安心だ」

「なんだよ、リグもか? お前の家なら高級店でも行くだろうに」

「いや? 商人は貴族と違って容赦ないぞ。跡継ぎでもない子供を良い店になんて連れてかないからな。マナー講師は付けてくれるけど、あくまでも家の中だし、物真似で終わるもん。働き出してからは自分の稼ぎで生活してるから、とてもじゃないけど無理」

「マジかよ。お前、そんなんでアリスさんとデートできるのか?」

「普段は節約してんだよ」

 気後れするような店でなくて良かったが、安心した途端に二人はこれだ。シウは笑って店内に促した。

 ブランカは店の前に繋ぐ。きちんとした店なので騎獣置き場も広い。他に騎獣はいなかったが、ブランカは平気そうだ。本当に逞しくなったと、シウは彼女の頭を撫でて店内に入った。

 ところが入ってすぐに、待ち構えていた店員から「騎獣もお連れください」と言われる。

「いえ、うちの子はニクスレオパルドスなので大きいんです」

「承知いたしております。当店には騎士様がお使いになる専用個室がございまして、案内を承りました」

「そうなんですか」

「お連れ様も先に案内させてもらっています」

 すでにリグドールとレオンの姿はない。シウは表に出て、急いでブランカを連れて戻った。

「もしかして、殿下はこちらの常連ですか?」

「よく使っていただいております。光栄なことです」

「へぇ、そっか。そういえばさっき騎士と仰っていましたね。殿下の所属は騎士団になったのかな」

「わたくしが申し上げるのもなんですが、王子殿下は第五王騎士団で活躍なさっておいでです」

 そう言った時の店員の目がキラキラと輝いていた。シウは、おやと思った。

「そうだったんですね。僕は普段はラトリシア国にいて、里帰りしたばかりなんです。最近のロワルについては疎くて知りませんでした」

 店員は目を丸くし、それから残念そうな表情でシウを見た。

「では、王子殿下と聖獣様が契約した際のお語や、王騎士団でのご活躍を元にした歌はご存じないのですね。それはとても勿体ないことでございます」

 そろそろ部屋に着く頃なのか、店員が早口で告げる。ぜひ有名な吟遊詩人の催しを聴きに行くべきだと付け加えて。

 シウは「あ、はい」と曖昧に答え、よく分からないままに部屋の中へと進んだ。


 室内は広く、端に何もない空間があった。騎獣たちを休ませるための場所だ。壁に手綱を引っ掛けるためのフックもある。

「遅かったな。先に座っているぞ」

「はい。あ、ブランカは繋いでおいた方が?」

「自由にさせておけばいい。騎士団の皆で使う時も繋いだことはない」

「だって、ブランカ。でも本気で遊んでいいって意味じゃないからね?」

「ぎゃぅ~」

「ジルはクッションの上で休んでようか。まだ起きてられる?」

「くるる」

「きゃん」

「エアストも元気だね」

 幼獣は早寝だ。食事も暗くなる前に済ませてあった。この日はもう一回必要になるかもしれない。

 とりあえず、やんちゃをしないようサークルだけ広げておく。

 すると、カロスがやってきた。

「ブランカ、覚えてる?」

「ぎゃぅ!」

「カロス、人型で働いてるんだよ。すごいでしょ」

「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅ」

「まだ、ぐさぐさ噛んでるの? カロス、それは無理」

 話し始めた二頭を置いて、シウは席に座った。

 レオンは冷静そうな顔を見せているが、付き合いの長くなってきたシウは彼が緊張していると分かった。リグドールの方は王城勤めで慣れているせいか、苦笑いで肩を竦めた。

「ごめん、遅くなって」

「いいって。ジルヴァーを背負ったままブランカを店内に入れるのは気を遣うもんな」

「そういや廊下の置物が高価そうだった。エアストが急に走り出さないかとヒヤヒヤしたよ」

 リグドールとレオンが普段通りの口調で話すと、ジークヴァルドが口を挟んだ。

「大丈夫だ。何度か壊した経験から、安物を置くようになったんだ。あ、ちゃんと騎士団で弁償してるからな。安物を見付けてきたのも俺たちなんだ。高そうに見えるだろ」

「えぇー、すごい目利き……」

 小声のリグドールに、レオンが肘で突く。

「おい」

 しかし、ジークヴァルドは楽しげだ。

「いいって。口調も普通に頼むよ。まだ王族に籍は残ったままとはいえ、今はただの騎士なんだ」

 リグドールとレオンが顔を見合わせる。お互い何か言いたげだ。でも言えない。

 代わりにシウが返した。

「平民からすれば騎士も『すごい』んだけど。あと、王族なのは変わりないでしょう?」

「はは、確かに」

 シウの口調を咎めるどころか、むしろ嬉しそうなジークヴァルドを見て、リグドールもレオンも諦めたようだった。






*************


【お知らせ】

まほゆか3巻が9月30日に出ます

(シリーズ合わせて19冊目)


魔法使いと愉快な仲間たち3 ~モフモフと新しい命と心機一転~

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047380677

イラスト:戸部淑先生(今巻も素敵なイラスト満載です)

書き下ろしアリ(キリク視点)


書店特典やカバーイラストなどの情報は近況ノート、もしくはX(旧Twitter)にあります~


今巻は三つ子誕生に、キリクへの告白、とうとう冒険者パーティーを組むなどシウの成長が見られる内容となっています

表情豊かなシウにいつものモフモフたちをぜひご覧いただけたら幸いです







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る