639 離れ家の改造、やりすぎ、凝り性




 スタン爺さんに釣られ、シウも身を乗り出した。

「空間魔法を固定すればいいんだ。それを継続させるための魔術式も開発した。中継器としてギガスウィーペラの魔核を使ってね。動力はペルグランデマルセルペンスの魔核。計測器も作ったよ。魔核を使う以上、壊れるかもしれない。魔力を使い切る場合だってある。だから――」

「シウ、シウ、落ち着け。スタン爺さんはそこまで聞いてない」

 ロトスに止められ、シウはハッとして口を閉じた。どうやらスタン爺さんは建物内部の配置について聞いたつもりのようだった。

 スタン爺さんは苦笑し、アシュリーはシウを見て目をパチパチしている。いきなり早口になったからだろう。シウは頭を掻いて、まずはアシュリーに「ごめんね、うるさかったよね」と謝った。

 落ち着くと、ある程度考えていた案を紙に書いて説明する。ロトスも横から口を出し、全員が問題なしとなったところで翌日の改築となった。


 地下から二階まで全てを作り替えたが、時間はそれほど掛かっていない。物音も、埃さえ立たなかった。

 シウが空間魔法を使って建物ぴったりに結界を張ったからだ。内部で存分に物を動かそうが通りを歩く人は振動すら感じていない。シウの結界は地中を含めて囲ってあった。

 おかげでアシュリーもすやすやとお昼寝ができたようだ。

 シウが終了を告げると、チラッと覗きに来たエミナが呆けた顔で離れ家を見上げる。

「すごいわね……。一時間も経ってないんじゃない?」

 エミナは店番をドミトルに任せてきたらしい。じっくり観察する気で離れ家に近寄った。

「外観も変えたのね。綺麗になったわ」

「形は同じままで、ちょっと山小屋風にしてみたんだ」

「素敵」

 土台の石造りはそのままに、四隅や窓枠などを良い板材に張り替えた。これはイオタ山脈の奥にある立派な木々を利用した。樵だった爺様の教えで木材の目利きはできる。乾燥させたまま保管していた木材を今回の改築で使用した。

 壁は白漆喰だ。出窓に飾る鉢植えの花も映えるだろう。

「一階はお客さんが来るかもしれないから応接室にしたんだ。あとは階段とお手洗いだけ」

「あら、じゃあ台所は?」

「二階にあるよ。他に、念のため客室を一つ。僕の部屋は狭くてもいい、という建前で見た目には小さくしたんだ」

「あら、じゃあ、そこが広がっているの?」

「うん。それから屋根裏に繋げてる。そっちも見た目と違って広いよ。部屋には許可した人しか入れないようにしてる」

「すごいじゃない! 離れ家の屋根裏は断熱のために閉じていたから勿体ないと思っていたのよね」

 エミナの目が輝く。母親になっても彼女は変わらない。好奇心いっぱいで、明朗快活だ。

「それから地下にお風呂と希少獣組の部屋を作ったんだ」

「地下に? 暗くないかしら」

「大丈夫。ほら、庭に小さな窓ガラスがあるの、分かる?」

 シウが指を指すと、エミナは目を丸くした。

「いつの間に作ったの? 草の影で気付かなかったわ。あ、これって、シウが前に作ってくれた庭を照らすための明かりに似てない? 似たような形よね。元々あった明かりは取り除いたの?」

 助かっていたのにと残念がる。シウは首を横に振った。

「一つで二つの効果がある魔道具に切り替えたんだ。これが地下では明かりになる。内部で光源が広がる魔術式を付与してあるから明るいよ。そして、夜になると庭を照らす明かりとなる。パッと見て、誰も地下への明かり取り用の窓だとは思わないでしょ」

「ええ、そうね、分からないわ。うん? 待って、ここまで地下室が広がっているの?」

 庭を見回すエミナに、シウは頷いて答えた。

「庭全体まで広げた。その上で、更に空間魔法を付与してあるから、実際はもっと広いよ」

 エミナは苦笑いだ。

「なんだか、すごいわねぇ。まるで地下迷宮みたい」

 ちょうどアルウェウス地下迷宮の話をしたばかりだ。シウたちが式典に招かれていると知って、案の定「いいな~」と羨ましがったエミナである。

 シウは笑ってエミナに手を差し出した。

「では『離れ家』地下迷宮にご案内します」

 エミナは喜んでシウの手を取った。


 家の中を案内して回ると、地下室の部屋でまったりするフェレスたちが待っていた。

 ロトスもここにいる。

「なぁ、シウ。上にも俺の部屋があるのに、ここにももらっていいの?」

「もちろん、いいに決まってる」

「あら、ロトスの部屋もあるのね」

 エミナはニコニコ笑って室内を見回した。

「うわぁ、本当に広い。それに壁側にあるのって、もしかして――」

「うん。皆の個室。そこまで広くはないけど、寝る時に個室ベッドがあった方がいいかなと思ってさ」

 特にスウェイは個室が欲しいだろう。内側からドアを閉められる方式にした。

 フェレスもブランカも開けっぱなしだ。全く気にしていない。二頭は並びの部屋に入っている。

「次の部屋にジルとロトスが今は入ってる。予備の部屋は騎獣用と、あとは人間用の寝室だね。レオンやエアストたちメンバーが泊まれるようにしてあるんだ。最後にスウェイの部屋」

「ああ、元野良だったという騎獣ね。そっか、他の子と一緒だと煩く感じちゃうのか~」

「皆が嫌だって話ではないんだけど、長年の習慣だからね」

 エミナはほんの少し痛ましそうな顔をしたけれど、笑顔を見せた。

「少しずつ慣れるといいわね。それにこうして夜だけでも私室があるなら、気持ちが切り替えられるわ」

 そう言うと、エミナは自分の経験を話し始めた。

「わたしも最初はドミトルと二人だけの生活で慣れないことがあったわ。いくら好きな人との生活でも、これまで違う暮らしをしていたもの。当然よね。彼は優しいから歩み寄ってくれるけれど、それが逆に辛くなったりしてね」

「へぇ、そうなんだ。エミナにも繊細なところがあるんだね」

「言ったわね?」

 腕を振り上げる仕草をするが、エミナはすぐに笑い出した。

「まあ、とにかくね。知らない者同士が一緒に暮らすというのは、わたしみたいな人間でも大変ってこと」

「そうだね」

 エミナは優しい顔で各個室を眺める。そこで、ハッとした顔で振り返った。

「ジルのお部屋はあれでいいの?」

 狭いのではないかと心配そうだ。更に。

「クロの部屋もよ。どこにあるの?」

 シウの説明になかったので気になったらしい。

「皆の部屋も空間魔法で広げてあるんだ。ジルの部屋は縦にも広い。巣を作れるように岩場を模した置物もあるしね」

「そうそう。中に入らないと見えない仕組みなんだよな。あっちも実際はもっと天井が高いし」

 ロトスはシウたちが降りてきた階段とは反対側の、庭がある方を指差した。

「えぇー、奥行きだけじゃなくて天井まで広がっているの?」

「シウは凝り性だからなー。そのうち芝生も貼るらしいよ。ヤバいよね」

「ヤバくはないよ。エミナ、それからクロはたぶんそのうち、あ、来たね」

 クロが柱の裏から飛んできた。柱は大きく、中を刳り貫いてある。そこから出てきたのだ。

 この柱は見せかけで本来の用途ではない。階段横に作った飾りのための柱だ。大黒柱風に作った。

「これ、屋根裏まで繋がっているんだ。屋根裏にロトスとクロの部屋があって、そこから地下室に直通できる。ブランカと一緒に寝たい時はこっちに来るんだよね?」

「きゅぃ!」

 それ以外は屋根裏で飛び回るつもりらしい。梁があるため、クロにとっては屋根裏の方が過ごしやすいようだ。個室に梁を作っても良かったのだが、ふとクロが遊べる滑り台のようなものを作りたくなった。

 シウは前世で観た建物内を滑り落ちる透明の遊具を真似てみた。

 透明にしたのはシウの部屋を通る時だけだが、本獣は楽しそうで何度も通っている。上がる時は普通に階段を飛んでいく。

「楽しそうねぇ」

「きゅぃ!」

「そのうち、地下室にも遊具を作っていこうと思ってるんだ。皆で遊べるようにね」

「防音もしてあるのよね?」

「もちろん」

 各個室の壁にも防音の魔法を付与してある。音が気にならないフェレスとブランカだけが扉を開けているというわけだ。ジルヴァーはどちらになるだろうか。今はまだ寂しがって開けている。それに階段を上り下りできる間はシウの部屋で過ごす予定だった。

 そのため、地下室から二階までの階段は広くて頑丈に作ってある。扉も大きい。それぞれの床も重い荷を保管できるぐらいに強化してあった。

 その説明をすると、エミナより先にロトスが「だから凝り性って言うんだよ」と肩を竦めたのだった。







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【お知らせ】

まほゆか3巻が9月末に発売します

第一部とスピンオフを合わせると計19冊目!

応援してくださる皆様のおかげです🙏

ありがとうございます!


魔法使いと愉快な仲間たち3 ~モフモフと新しい命と心機一転~

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047380677

イラスト:戸部淑先生


書き下ろしアリ(キリク視点)

その他の詳細につきましては解禁次第、近況ノートやX(旧Twitter)にてお知らせします

3巻もどうぞよろしくお願い申し上げます



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