迷宮開きと人生行路

638 クレアーレ滞在、各自の休暇、離れ家で




 シーカー魔法学院では秋休みとなる初日。

 シウたち冒険者パーティーは、イグとバルバルスを連れてクレアーレ大陸にいた。

 本来であればシュタイバーン国の王都ロワルに向かって移動中の時間である。しかし、飛竜に乗って移動する時間が勿体ない。移動だけで三日もかかるのだ。この時間を利用しない手はない。

 また、シウを含めてパーティーメンバー全員が鈍った体を鍛えたいと考えていた。地下迷宮アルウェウスの式典に参加したあと、実際に潜る予定だからだ。その前に肩慣らしをしたい。

 せっかく訓練するならイグやバルバルスも一緒の方が良いだろう。彼等も問題ないと言うので全員でクレアーレに転移した。

 カスパルたちとは別行動だ。彼等は正規の方法、飛竜でシュタイバーンに戻る。といっても全員ではない。

 学校の秋休みは短く、カスパルも本当は戻る予定がなかった。ところが、彼もキリクの関係者として式典に呼ばれてしまったのだ。そのため主要メンバーとアントレーネの子供三人を連れて移動となった。子供たちはシウの方で引き受けるつもりでいたのに、今回はリュカやソロル、それにミルトたちが一緒に行ってくれるという。

 リュカは師匠に「他国に行ける機会を利用しない手はない。違う土地の薬草を調べられると思って行ってこい」と言われたそうだ。ソロルも子供たちの世話係兼、旅行を楽しんだらいいと同僚に勧められた。

 話を聞いたミルトは従者のクラフトと共に子守兼護衛のアルバイトを引き受けた。仕事とはいえ、彼等も他国に行けるのは嬉しい。

 それに、

「お前の代わりにカスパル様たちを護衛するよ」

 とも言ってくれた。オスカリウス家から回された飛竜での移動だ。安全なのは折り紙付き。ついでに動き回る子供三人を見てくれるのだから安心だ。


 シウたちが最初に転移したのは岩棚の楽園だった。結界を張っていたものの、作った遊具や小屋の様子が気になる。早速点検を始めた。

 その後は遊びがてら周辺の見回りだ。イグはまったりと休み、シウは畑の様子を見て収穫していく。

 ごくたまに覗きに来ていたが順調に育っている。

 皆が思い思いに過ごしている間、シウとイグだけで黒壁の泉にも《転移》した。こちらも問題はない。相変わらず雑草のように見える癒やし草のサナティオが繁茂している。イグは久しぶりに元の姿へ戻って存分に寝転んだ。

 初日はこうして過ぎた。


 翌日、本格的な訓練をしようと孫の手広場に向かう。

 ここでは生き物の姿がほとんど見えず、大型魔法を放つのに便利だ。といっても、シウの魔法で草木が生えた場所もある。そこは破壊したくない。

 何もない大地を探して移動し、訓練の成果を各自で見せ合った。

 バルバルスの結界魔法も頑強で、封印魔法の精度も上がっている。動きながらでも細かい的に当てられるのだ。威力も上がった。

 それぞれが成長していたし、広い場所での訓練は気持ちもスッキリした。

 三日間は訓練三昧だった。

 ジルヴァーとエアストも真剣な様子だ。岩棚の楽園では遊びに夢中だったのに、孫の手広場に来ると目を爛々と輝かせて皆の訓練を見学している。

 岩場へ魔獣狩りに行った時もだ。

 フェレスやクロ、ブランカがそうだったように二頭もそわそわするらしい。


 四日目はシウとロトス、イグだけで爪長族の村に寄った。

 収穫した野菜のお裾分けだ。

 幸い、族長のエルゴコと、息子で防衛隊長のルアゴコがいたので近況を聞けた。

 生活が劇的に良くなったわけではないが、シウの差し入れもあって厳しい状況ではないという。

 ただ、魔人族の国の代表者争いが激化しているとの噂を町で耳にしたらしい。少し気にしているようだった。

 シウは余分に食料を渡し、地下の避難場所を補強して広げるなど手助けした。



 充実した四日間を過ごし、イグとバルバルスはジュエルランドに戻った。バルバルスは転移にもイグにも慣れたらしい。当たり前のようにイグを抱いて一緒に転移されていった。

 シウたちもロワイエ大陸に戻った。

 ベリウス家に直接だ。大勢いるのでまずは離れ家に移動した。

 この週は各自自由に過ごす予定でいる。

 アントレーネはブラード家に向かった。カスパルたちが到着している頃だ。子供たちの様子を確認し、二日間はゆっくりするという。

 レオンも養護施設にエアストを連れて帰った。彼も二日の休みだ。

 ククールスはのんびりしたいがお酒も飲みたいと一緒に来ている。一人で飲むより酒場で知らない誰かとワイワイ騒ぐのが楽しいらしい。王都ならそれが叶えられる。スタン爺さんに挨拶したあと、早速とばかりに出掛けた。

 スウェイは賑やかな場所が苦手なので、シウがコルディス湖の畔にある小屋へ送っている。彼も休暇になるだろうか。

 ロトスやフェレスたちは離れ家で過ごす。

 といっても、ブランカを二階に上げるのは厳しい。

 すでに一階は改築し、細かい仕切りをなくしてある。二階の空いていた部屋も減築するなどしていた。

 しかし、ジルヴァーが成獣になるともう無理だ。彼女は大きくなる。一般的な家屋では過ごせない。だからといって一頭だけ留守番をさせるのも可哀想だった。

 この日はスタン爺さんとアシュリーの面倒を見ながら過ごしていた。一歳半になったアシュリーはもう歩いており、言葉も発している。

「ママ、まんま~」

「俺、ママじゃないんだよなぁ」

 ロトスがにやけ顔でアシュリーの相手をする。

 せっかく子供を見てくれる人がいるというのに、スタン爺さんはジルヴァーと玩具で遊び始めた。

 フェレスとブランカは庭でひなたぼっこだ。二頭が居間に入るとぎゅうぎゅうになる。ジルヴァーが窮屈になると考えてか、自主的に庭へ出てくれた。クロも一緒だ。

「やれ、ここでは休むに休めんのう」

 スタン爺さんが庭を眺めて言う。その表情が申し訳なそうに見えて、シウは以前から考えていた案を口にした。

「離れ家を改築してもいい? できれば僕の家という形で買い取らせてもらえると嬉しいんだけど。ただ、そうなると商人の方々を泊められなくなるんだよね。隣の家も空きそうにないだろうし――」

「まあまあ、待ちなさい。先走りしすぎじゃよ」

「あ、うん」

「離れ家はもう、お前さんのものとして考えておる。エミナもな、わしが寝たきりになっても離れ家ではなくここで面倒を見ると断言するしのう。幸い、こちらは部屋数だけはある。子供が増えても二階や屋根裏を合わせれば個室を与えてやれるじゃろう。一階にも客間はある。それに昔の仲間もわしと同じ年寄りじゃ。そうそう大荷物で王都までは出てこんよ。だからの、離れ家はシウが好きに使えばええ」

「スタン爺さん……」

「じゃが、三階建て以上に改築するとなると、届け出が必要じゃ。地下を掘るのは一階分までと決まっておる」

 どうするのだと、視線で問う。

 シウはロトスと顔を見合わせ、笑顔になった。

「空間魔法で広げるんだ」

 スタン爺さんは目を丸くした。

「なんと」

 すでにブラード家の第二棟にある自室での実験は成功している。ロトスの部屋もだ。安定しており、問題ないと二人で確認しあった。

 あまりにも広くしすぎてしまうと、客人を招いた際に不審がられる。広げるのは個室部分のみとして、天井を高く取るなどの工夫で二階建てを守るつもりだ。もちろん、二階建ての範囲である高さを超えてはいけない。

 元々の建物のサイズは変えずに、さも外側を綺麗にしただけ、という風に見せるつもりだ。

 すでにある建物の改築は違反にならない。一般的には建築ギルドを通して頼む人がほとんどなので、ルールに反していれば注意される。

 今回は建物の大きさを変えないのだからセーフだ。

 スタン爺さんはシウの言い分を聞いて呆れ顔になった。それも数秒のこと。すぐに笑顔となって、身を乗り出す。

「で、どうやるのじゃ」

 現代では、空間魔法を使って部屋を広げるというのは夢物語に近い。しかし古代帝国時代にはあった。

 今も「おそらくそうだろう」と思われる場所は存在している。神殿の奥の間などだ。しかし、高位神官しか入れず、秘匿された場所なので詳細は不明だった。

 それを知っているから、スタン爺さんはワクワクしているのだ。







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【お知らせ】

まほゆか3巻が9月末に発売予定です

本当にありがとうございます!

応援してくださる皆様のおかげです

今回も戸部先生の素敵イラスト満載でぜひご覧いただけたら嬉しいです


魔法使いと愉快な仲間たち3 ~モフモフと新しい命と心機一転~

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047380677

イラスト:戸部淑先生


書き下ろしアリ(キリク視点)

その他の詳細につきましては解禁次第、近況ノートやX(旧Twitter)にてお知らせします

3巻もどうぞよろしくお願い申し上げます

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