637 ギルドに到着、割り振り、胸の痛み




 冒険者ギルドに着く頃には深夜を過ぎていた。

 歩き通しだった冒険者たちは疲れ切っている。幸い、外壁門に荷馬車が用意してあった。ギルド側の差配だ。冒険者たちは一様に安堵していた。

 ギルド内にはいつもより職員が多かった。連絡を受けて集まったようだ。

「光の日なのに、お疲れ様です」

「ガスパロさんの応援があったからね。まだ大丈夫だよ」

 クラルが頼もしく答える。彼の新人時代を知っているだけに、感慨深い。クラルと同じようにシウも成長していると思いたいが、今日の出来事を思い出せば自信はなかった。

 シウは溜息を飲み込み、道中に用意していた書類を提出した。

「もう書いてあるんだ? 相変わらず、仕事が早いなぁ」

「明日にはルシエラを出るからね」

「あ、移動届が出されていたね。分かった。じゃあ、もし何か疑問点が出てきたら、あちらのパーティーに聞かせてもらうよ」

 と、アルゲオの方に視線を向ける。彼等は彼等で依頼の処理だ。途中で狩った魔獣の討伐証明部位だけでなく、角牛も一頭分を卸す。

 その背後で立ち尽くしているのが、子爵の跡取りがいるグループだ。職員の一人に「では、明日の昼に聞き取り調査をさせてください」と言われ、頷く。仕事を果たさなかった冒険者たちについて話を聞くのだ。罰則があるため正確な情報が必要となる。

 クラルが小声になった。

「あちらの貴族に関してもアルゲオさんたちに聞いていいものでしょうか」

「いいと思うよ。彼等の対応はアルゲオがしていたし、事情もよく分かっているはずだからね。僕も護衛として雇われた関係から、報告は全て彼にあげている」

「なるほど。その上でこの書類かぁ。助かります」

 笑い合っていると、ククールスが顔を覗かせた。

「それより、ギルドはガスパロを働かせすぎだ。大変なのは分かるが、もう少し人員を増やせないのか」

「そうなんですよね……」

「あいつ、上級の数が少なすぎるってぼやいていたぞ」

「王都のギルドに常駐してくれる方がそもそも少ないんですよ」

 クラルの視線がシウとククールスに向く。シウは苦笑し、ククールスは肩を竦めた。

「そうだよね」

「俺らも移動するからなぁ。リエトやガンダルフォのパーティーはまだ帰ってこないのか?」

「まだですね。育ってきている冒険者もいるにはいるんですけど」

 今度はアントレーネやロトスの方を見る。仲間を褒められ、シウは笑顔になった。

「ガスパロはもう少し働かねぇと無理だな」

「支部にも応援を頼んでいます。上級とはいかなくても中級レベルの人が来てくれるはずですよ」

「中級か」

「ここ最近、特に上級冒険者が少ないのはシュタイバーンの地下迷宮目当てですからね。たぶん、うちの常連さんたちも向かっているんじゃないかな」

 シウとククールスは顔を見合わせた。

「あっちで会いそう」

「だよな」

 クラルは苦笑いだ。

「何もないことを祈ります」

(あ、フラグ立ててる)

 シウは背後を振り返り、念話を送ってきたロトスを半眼で見た。彼は慌てて外に出ていった。


 アルゲオとは最後に打ち合わせがてら話をした。

 私情を挟まず、冷静だ。子爵家の跡取りについての対応もやってくれるという。

「秋休みがあるとはいえ、社交もあるんだよね? 大変じゃない?」

「これも縁だ。彼も反省している。それに彼の寄親となる貴族とは知り合いなんだ。以前、晩餐会で良い情報をもらったからね。これで返せるだろう」

 アルゲオはシュタイバーンには戻らず、秋休みは社交に励むらしい。

「シウ、いろいろ助かった。ありがとう」

「ううん。それより、アルゲオは大丈夫?」

「ああ。わたしももう少し考えようと思う」

「それは、その」

「もちろん、今回の依頼についてだぞ?」

 ニヤリと笑う。どうやらシウをからかったらしい。ほんの少し、ホッとする。しかしすぐ、シウは溜息を漏らした。振り返り、今は馬車で待っているであろうカルロッテのいる方を見る。

「彼女についても、大丈夫だ。シウはもう気にしなくていい。こういう時に優しさを見せるのは良いこととは思えない。むろん嫉妬の気持ちから言うのではない」

「分かってる」

「わたしも反省した。しかし、過去の例がある。わたしでは話し合いも上手くはいかないだろう。対応はルダに任せるつもりだ」

「ルダに?」

「幸い、彼も王城に住まいを持つ。オリヴェル殿を経由してカロラ姫にも応援を頼むよ。ああ、安心してくれ。シウの件は出さない。……大事な気持ちを他人に知らせるのは忍びないからね」

「そうだよね。えっと、でも、その」

 レオンにバレてしまったことを思い出し、シウは目を泳がせた。

「君は、案外と素直で顔に出るよな。誰かに相談したのか。この短い時間でとなると、ふむ、レオンだな」

「あー、推理力がレオンと一緒だね」

「君が分かりやすいんだ。だが、まあ、そこは仕方ない。彼は鋭いからね」

 そして「君は鈍い」と続ける。シウは肩を落とした。

「シウをやり込められるとは思わなかったな。おかげで溜飲が下がった」

 ぽんと肩を叩かれる。

「シウ、わたしたちはこれからも友人だ。そうだろう?」

「うん」

「あの御方もいつかそう言ってくださるだろう。その日まで、少し離れていよう」

「アルゲオも?」

「言っただろう、反省したと」

「アルゲオ……」

「だからといって、手助けしていたことまで止めるつもりはない。我が国の尊い御方だ。臣下が尽くすのは当然である」

「そうだね」

 さすがは紳士だ。

「君は気にせず、これからも自由に生きてくれ」

「なにそれ」

 アルゲオは肩を竦めた。

「もう実質、卒業だろう? 年末までは通っていいと言われているだけで、卒業生として扱うと聞いたが」

「確かにそうだけど。でも卒業しても学校に行っていいんだよ?」

「院生扱いか。そういえば、レオンが卒業するまではラトリシアにいるらしいな」

「うん。その後どうするかはまだ決めてない」

「やっぱり自由じゃないか。シウらしいな。少し羨ましい」

 シウは笑って、アルゲオの腕を叩いた。

「僕は紳士らしく立派に生きようとするアルゲオをすごいと思っているよ」

 アルゲオは目を瞠り、それから照れた様子で笑った。

 彼は今後も上位貴族として面倒事を引き受けては頭を悩ますのだろう。それでも立ち止まりはしない。紳士として生きる覚悟がある。そんなアルゲオを、シウは尊敬の気持ちで見送った。



 レオンとアルゲオのおかげで、シウは自分の中にあるモヤモヤが消化できた。

 とはいえ、夜になると胸が痛くなる。

 考えるまいとしていた思いが顔を覗かせるのだ。

「恋愛は、なくてもいいかなあ」

 自分の中にふんわりと生まれていた思いも「なくていい」と言えるほどだ。

 感情に振り回されるのは大変だと思ってしまう。

 とはいえ、自制できないのが恋だ。古今東西、恋愛に関して書かれた本にもそう書いてある。

「そういえば希少獣も恋愛のような感情は希薄なんだよね」

 気に入った相手ができて、かつ発情が上手く合わされば番になるらしい。

 しかも同じ種族でなければならないという。

 たとえばフェレスなら番う相手は猫型騎獣フェーレースになる。愛玩動物扱いされているため、ほとんどが屋敷の中だ。顔を合わせる機会がない。会えたとしても、そこから仲良くなれるかどうかは未知数だ。

 何より、フェレスは精神年齢が幼い。ロトスもそう話していた。

「主従は似るのかなあ」

「にゃ?」

 隣室にいたはずのフェレスが近くで鳴く。彼が近付いていたことに全く気付いていなかったシウは、目を丸くした。よほどぼんやりしていたようだ。

「なんでもないよ。明日は早いから、もう寝よう」

「にゃ」

 ただ「好き」という気持ちだけがあればいいのにと思う。

 人間はそれでは済まない。いろいろな感情が複雑に絡み合う。

 他の人との繋がりもあった。その関係性で感情も変わる。立場もそうだ。

 シウがふと思い出したのはベルヘルトとエドラの夫婦だった。彼等の人生も紆余曲折を経て結婚に至った。若い頃にも出会っていたのにだ。ベルヘルトはずっとエドラを思っていたが、叶わない恋だった。

 たまたま、年老いてから再会し、思いが伝えられた。二人が結婚に至ったのは奇跡に近い。

「どうしても欲しい望み、か……」

 シウは胸に手を当て、深く息を吐いてから目を瞑った。この痛みは一体なんの痛みなのか、考えるのを放棄して。


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