636 モヤモヤを言い当てられてからの




 カルロッテが馬車に乗ると、その後にアビスがやってきた。馬車に入ってすぐ、中で騒いだのだろう。女性騎士が何事かと扉を開けたために離れかけていたシウの耳にも声がハッキリと届いた。

「――しかし、泣いていらっしゃるではありませんか! 体調が悪いのでしたら先に帰らせていただきましょう」

「いいえ、違うの。お願いよ、静かにして」

「ですが!」

「昔を思い出してしまっただけだと、さっきも話したわ。あの頃、あなたの前で何度も泣いたじゃない。知っているでしょう? あの時、アビスはわたくしを軟弱だと言ったわ」

「そ、それは」

 アビスの声が途絶えた。

 カルロッテはアビスを止めようと、過去の出来事を引き合いに出したらしい。

 シウはまた表情に困った。

 今日のカルロッテは悪手ばかりを選んでいる気がする。焦っているのだろう。

 アルウェウス地下迷宮の式典が目前に迫った状況だ。その上、シウたちは明朝に発つ予定だと話した。彼女がいつ「望み」について思い付いたのかは知らないが、今でなければならないと慌てた。

 思えば、以前も焦った様子が見受けられた。思慮深いカルロッテとは思えない発言もあった。

 シウは最近のあれやこれやを思い出し、知らず溜息を零した。


 誰かに相談したい気もしたが、もしかしたら本当に恋心も多少混じっていたかもしれない。ならば、おいそれと話すわけにはいかない。シウはまた溜息を吐いた。

 それを聞き咎めたのがレオンだ。

「どうしたんだ」

「うん、ちょっとね」

「シウらしくないな。どんな問題が起こっても平然としているくせに。仲間に相談できないようなことか? 俺じゃダメでも、ロトスがいるだろうに」

「うーん」

「なんだよ。ロトスがダメとなると、他の二人もダメだよなぁ」

 シウはレオンの言葉に引っかかり、顔を上げた。今は出発の準備中だ。シウは特にやることもなく冒険者たちの様子を見ている。レオンはアルゲオに指示され、最終確認に来たところだった。

「なんでレーネやククールスだとダメなの?」

「だって、前者はサッパリしすぎて豪快だろ。放っておけとか言いそうだ。後者は気の長いエルフネタで誤魔化しそうな気がする」

「あー」

「ロトスは冗談が過ぎる時があるから、真面目な話題だと躊躇するよな」

「そうだね。うん、分かる」

「俺に話せないってことは荷が重いんだろうと思う」

「いや、それは」

「だったら、アルゲオはどうだ。今回の件で見直した。ていうか、あいつすごいよな。俺、無意識にあいつを下に見てたんだ。貴族って部分だけを切り取ってさ。それもアルゲオの一部分なのにな? 冒険者としても真面目にやってた。立派だと思うぜ」

「レオン……」

「アルゲオに話せば? ここまで来たんだ。もう気を配る必要もないだろ。騎獣たちもいるし、護衛の仕事は問題なくやれると思う」

「そうなんだけどね」

「なんだよ。もっと深刻な話か? ギルド本部長レベル、いや、もしかして辺境伯様の案件か?」

 どんどん問題が大きくなっていくので、シウはまた溜息を吐いて声を潜めた。

「アルゲオには絶対に相談できない話なんだ。その、小さなことだよ。ギルド案件でも、ましてやキリクに相談するような内容でもない」

 レオンはシウに合わせて屈めていた体を起こした。シウが斜め横を見上げると、変な顔をしている。苦虫を噛み潰したような、なんともいえない表情だ。

「なにそれ、どういう感情?」

「なんだ、カルロッテ様か」

「……え?」

「心配して損したな。分かった。じゃ、俺はあっちに戻る」

「待って、レオン」

「なんだよ」

「何が分かったのか教えてほしい。そもそも、態度が豹変しすぎじゃないかな」

 レオンは視線を上に向け、少ししてから変な顔でシウを見下ろした。

「あの人、またアルゲオの気持ちを踏み躙ったんだろ? それとも、シウにも何か言ったか?」

 シウがぽかんとすると、レオンは苦笑いで指差した。

「図星か。あー、分かったよ。シウがおかしいままだとパーティーとして困るしな。アルゲオに話して抜けてくる。役目的には全うしたと思うし、もう大丈夫だろ?」

「あ、うん」

 そう言うと、さっさとアルゲオのところへ行ってしまった。途中、ロトスに冒険者グループの段取りについて話をし、ブランカを貴族側の護衛に回すよう頼んでいる。

 地獄耳のシウはそれら全てを聞いていたが、問題はないので口は挟まなかった。



 三つ目の森から王都の外壁門までは順調に進んだ。魔獣も出なかった。街道は整備されているので歩きやすい。貴族の騎獣たちも休んだことで体力が回復したようだ。冒険者たちは早足ができない者だけ荷馬車のステップに乗るなどしている。

 シウたちも飛行板に乗らず、早足で進んだ。

「悪気がないのは分かるけどさ。あの人、与えられる立場に慣れてるだろ? でもさぁ、無償の愛なんてものはないんだよ。一方的に感情を搾取してたら枯渇するっての」

「愛」

 シウはレオンの顔を凝視してしまった。気付いたレオンが眉を顰める。

「なんだよ」

「う、ううん」

「俺は感情なんてどうにもならないものを持つのが嫌だった。欲しい欲しいと強請られても同じものをあげられるはずがない。俺はそれをよく知っている。親に捨てられたってのに、いつか迎えに来てくれるんじゃないかと待ってた子供時代に嫌ってほど味わった。俺がどんなに愛情を欲しがっても、親は同じようには与えてくれない」

「うん……」

「だけどさぁ、エアストに出会って考えが少し変わった。あいつは無償の愛を俺にくれるんだ。もちろん、俺が主だからだ。可愛がってもいる。それでも、あんなに裏も何もなく俺を第一に見てくれる奴は他にいない」

 シウは頷いた。そして、つい口を挟んだ。

「僕がフェレスと騎獣レースで優勝できたのは、訓練の成果もあるだろうけど絆が深かったからだと思う。無償の愛をただ享受するだけではダメだった」

「それだよ」

 レオンは歩きながら、シウを見た。

「希少獣は確かに主一筋だ。けど、愛情をちゃんと返さないと十全には働けない。人の気持ちも同じだろ。シウは俺みたいな人間にも普通に接してくれた。昔の俺は嫌な態度だったのにな。お前は気にもしない。いつだって対等だった。俺が引け目を感じても、ライバル視しても何も変わらない。ブラード家での居候に関しても恩に着せるわけでもなく、パーティーメンバーにも入れる。できないところは学ばせようとした。与えてばかりだ。だから、俺には何が返せるんだろうっていつも考えていた」

「えぇ」

「どうせシウは『気にしなくていい』って言うんだろ。俺が気にするっての」

 シウは苦笑した。

「俺にできることは少ない。できるのはシウやロトスの非常識を叱るぐらいだ」

「あー、そうだね」

「それに皆が上級だからこそ、下級冒険者の目線を伝えられる。足を引っ張っていると思わずに、これも個性だと考えるようにした」

「うん」

「そうやって、俺なりに返したいと考えている・・・・・

「そうだね」

「だから、欲しがってばかりの奴を見ると苛々するんだ」

 シウはどんな顔をしていいのか分からず、曖昧に笑った。

 レオンは気にせず続けた。

「まあ、自ら行動するようになったのは素直に偉いと思うよ。王城でも冒険者たちと直に接して立ち働いたんだろ。冒険者として依頼も受けるんだ。勇気はあると思う。俺たちと違って行動には責任が伴うから、調整も大変だろうしな。とはいえ、他人の気持ちを考えられないのは致命的だ」

「僕も人のことは言えないなあ」

「お前、鈍感だもんな。ロトスがよく『お爺ちゃん』って言ってるだろ? あれ、ピッタリだなと思ってた」

「あはは」

 ロトスはそんなに言ってただろうか。シウとの間で冗談事になっていたから、つい出てしまっているのだろう。

「まあ、俺も説教できる性格じゃないか。昔は誰のことも無視してたしな」

「孤高だったもんね。最近は女子からの告白は無視せず、ちゃんと聞いてるの?」

「……待て。なんで知ってるんだ」

「皆、知ってるよ。あ、レオンがモテモテだって話だよね?」

 レオンは真顔になり、それから徐々に顔を赤くした。

 手を振り上げて、殴る素振りを見せるがもちろん振り下ろしはしない。

「お、お前さぁ。大体、シウだってモテてるだろうが!」

「えっ、モテてない」

 何故か言い合いになり、いつの間にかシウの複雑な気持ちは消え去っていた。


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