622 ラトリシア国の禁書庫で




 アルフレッドがカードを使って禁書庫に入る。

「ウルティムスに入られたから一応警備の方法を変えたんだ。その鍵、カードもそうだね。今後も内部の改築を進める予定。そこでジュスト様からのお願いでもあるんだけど――」

 シウは半眼になった。

「ごめんね? ええと『禁書庫内部の改築にあたって気になる点があれば申し出てほしい』との伝言です。褒賞と言っておきながら申し訳ありません」

 申し訳ない、というのもジュストの伝言なのだろう。ただ、アルフレッド自身の言葉でもある。彼に頭を下げられ、シウは首を横に振った。

「ううん。僕も気になるし、見ておくよ。それに、言い出したのはヴィンセント殿下だよね?」

「やっぱり分かる?」

「分かるよ。アルフレッドが案を出したあとに『ついでだ』とか言い出したんじゃない?」

「わ、すごいね。そのままだよ。しかも似てた」

 シウに真似たつもりはなかったが、アルフレッドが笑うので釣られて笑う。

 その後、禁書庫内部の案内もそこそこにアルフレッドは仕事に戻っていった。まだまだ忙しいようだ。

 それにしても、シウを信用しているからこそ一人残していったのだろうが不用心である。むろん何もする気はないが、このような不用心さも問題点として挙げたい。


 さて、部屋を見回した瞬間に禁書庫内部の本が全てシウの脳内にある記録庫にコピーされた。もう来る必要はない。しかし、実際の本を手に取って見るというのはまた格別だ。

「すごいなあ」

 保存魔法が丁寧にかけられた稀覯本が惜しげもなく展示されていた。

 手に取って見られないほど古い本についてはガラス越しにしか見られない。これだけ古いと解析できた人はいないのではないだろうか。説明書きにも複写はないと書いてある。中身は記録庫から読むしかないようだ。

「こっちは時代ごとに分けられているのか。分野ごとじゃないんだなあ」

 背表紙に分類コードが付けられているわけでもない。タイトルで把握するしかないらしく、必要な本を探し出すのに苦労しそうだ。シウのような脳内検索ができる人はいないだろうし、これらも改築の際に考えてもらいたい。

 また、本棚ごとに結界魔法が作動しており、解除にタイムラグが生じる。結界魔法の魔術式を展開してみると無駄な構文があちこちに見られた。これも改良できそうだ。文体から読み取れば、昔の魔術式に手を入れたものだと分かる。長年使い回してきており、改良した人は根本を理解していないようだ。

 室内全体を改築するなら、合わせて魔術式も書き換えた方がいい。なにしろ結界の魔術式には本棚の幅まで指定してあるのだ。この幅を守るならともかく、そうでないなら変更は必須である。

 何よりも改造に次ぐ改造で魔術式がごちゃごちゃしていた。やはり新規作成を勧めよう。シウはあれこれ考えながら、全ての棚を見て回った。

 そして、ある棚のところで立ち止まった。

「……ウルティムスの間諜はこの手の本が目当てだったのかもしれないな」

 魔法や魔法使いに関する本を求めていたと聞いたが、本命はこちらではないだろうか。

「古代帝国時代の、禁忌の魔法実験か」

 タイトルは「血の行方」とある。まるで小説のようだ。装丁も当時の人気恋愛小説に多い装飾が施されている。しかし、隣にある「調味料の掛け合わせについて」のタイトルと装丁がそっくりだったので違和感を覚え、脳内の記録庫を検索してパラパラと読んだ。

「暗号込みで、しかも帝国時代の文字ですらない。小説風に書いてあるから、ここに並べたのかな。時代と装飾で選んだ可能性もあるなあ」

 他にも似たような装丁の本が並ぶ。中には本物の恋愛小説も交ざっていた。

「解読できる人がいなかったのか、恋愛小説だと思って調べるのを後回しにしたか」

 禁書庫に入れる人しか見られないとはいえ、簡単に手に取れる場所に置いてある。

「これは危険だから禁書庫でも最奥に保存がいいよね」

 かといって、シウが特別扱いを勧めてしまえば研究対象になりかねない。

 少し考え、やはりこのままにしておこうと思った。

 この本を解読できるのは言語と魔術式に長けた人だろう。その人が禁忌の魔法実験まで続けるだろうか。

 シウの知る言語の専門家は教授のアラリコだ。彼は常識を知る真面目な性格の持ち主である。魔術式を解読するのが好きなのはヴァルネリやトリスタンだろうか。ヴァルネリは魔獣にそこまで興味を持っていないため実験はしない気がする。彼はそれよりも新しい魔術式自体を開発する方が好きだ。トリスタンも実験はしないとシウは断言できる。

 ほとんどの研究者は超えてはならない線があることを分かっていた。マッドサイエンティストなんて滅多にいない。

 それに「血の行方」の内容を速読したが、必要な魔獣も素材も今の時代にはないと分かる。

「うん、大丈夫だ」

 まず第一に「超大型魔獣を生きたまま」用意することが難しい。大前提として、存在しないのだから当然だ。シャイターンの海になら超大型海獣はいるだろうが、水棲生物だ。生きたまま実験現場に留め置くのは無理に等しい。

 他にも「ハイエルフの血」が素材の一つとして挙げられている。これも有り得ない。人道的にもだ。

「それにしても、まさか今の時代にまでこんな本が残ってるなんてなあ」

 完全なデータではない。帝国が暴走して崩壊した時代よりも百年は前だ。けれど、百年研究すれば当時の禁忌を再現できるかもしれない。

 シウは何も見なかったことにした。


 他にも気になる本が幾つかあった。じっくり読みたいが、古すぎて手に取れる本は少ない。複写本コーナーにある本なら心置きなく読めそうだと、眺めていく。

 その中に「珍しい魔獣の誕生方法」という興味を引くタイトルがある。ペラペラ捲ると、フェスニア時代の研究本だった。フェスニアとは「サタフェスの悲劇」の後に興った国だ。ラトリシア国の前身に当たる。

「へぇ、植物系が寄生する時にも魔獣は生まれるんだ。新種ではないけれど、亜種に近い……」

 当時の珍しい魔獣生態を記した本は面白かった。

 椅子があったので座って読み込む。

「あれ、熱異常が発生した現場で次々と火鶏が生まれた?」

 地図もあった。距離や地形を考えると、今のシアンとの国境付近のようだと分かる。

「サラマンダーまで現れたんだ。ラトリシアでサラマンダーは珍しいなあ。しかもボスクラスが何体も、って魔獣スタンピードに近いんじゃないの」

 ペラペラ捲るが、原因について特に詳細は書かれていない。対策が大変だったと記されているぐらいだ。研究者にとっては新しい魔獣の発生の方が大事で、ボスクラスを解体しても「新種ではなかった」だけで終わっている。一応、推論として「どこかの誰かが山火事を起こしたのだろう」と付け加えられていた。

 シウはふと、先ほどのページに戻った。

 地図を見て考える。

「あ、ここ、もしかして集熱石の鉱脈がある場所じゃないかな」

 探知ができたとは言えなくて黙っていたのを思い出す。集熱石は熱を発生させる。天然の温石に近い。ただ、温度は様々だと別の古書には書いてあった。発火するほど高温にならないため危険性はないとされる。

「そもそも最初に熱異常が起こったと報告があって、冒険者が調査に向かったのか」

 そこで魔獣の発生にかち合った。しかも新種ではないかと疑うほどのボスクラスに進化していた。冒険者たちは恐れおののいただろう。

 シウは原因について考えてみた。

 火に纏わる魔獣ばかりが発生している。寒冷地にある森だ。発火するほどではないけれど高温になる場所、集熱石の鉱床があった。そこに魔素溜まりも合わさったことで魔獣が発生した。

 熱異常が続いたのは何故か。何らかの衝撃があったのかもしれない。

 かなり大きな鉱床だった。純度の高い集熱石が集まるのだから可能性はある。

 火を操る魔獣が生まれやすいのは暑い場所だ。たとえばルプスは狼型の魔獣で大陸全土で見掛けるが、とはいえ寒い地域に多い。その中でもニクスルプスの生息域は寒冷地がほとんどだ。

 生まれやすい土台がある。

 高地であり、かつ寒い地域に火鶏やサラマンダーが唐突に現れるのは珍しい。原因は集熱石にあると考えた方が辻褄は合う。

「となると、今後も『きっかけ』があれば火系の魔獣スタンピードが起こる可能性はあるってことか」

 探知の精度が良すぎることを突っ込まれたくなくて黙っていたシウだが、ヴィンセントに報告しておいた方がいいだろう。

 それに隠していた当時と今では状況も変わる。

 シウにはもう国の勧誘を断れるだけの力があるのだ。後ろ盾はおろか、冒険者ギルドでの実績、ラトリシア国への貢献度の高さも立場を強くしている。

 とはいえ、できるだけ穏便に伝えたい。シウは夕食の席での報告について脳内でシミュレーションした。










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