621 小型の録画魔道具と、王城への呼び出し




 オルテンシアの執務室に連れ去られたシウは、そこで彼女から「早く録画の魔道具を作れ」と指示された。

「魔法競技大会で大型画面に映し出した技術、あれはシウの発案だと言うではないか。基幹部分の魔術式もほとんどはシウが考えたと聞いたぞ」

「あー。いえ、皆で考え――」

「何故、創造研究の授業で言わない。論文を出さなかった!」

「えっと、たまたま?」

 オルテンシアは眉間に皺を寄せ、シウの肩に手を置いた。ジルヴァーが驚いたまま、そっと床に降りる。

「おっと、すまない。希少獣がいたな。しかし、随分大きくなったじゃないか。よく背負えるな」

「最近は自分で歩いてますよ。ね、ジル」

「くるるる」

「良い子だ。ふむ。鼻がちんまりして可愛い」

「また、それですか」

「ふふふ。シウの鼻も可愛いぞ。拗ねるな」

「拗ねてません」

「録画の魔道具を完成させろ」

 会話が成り立たないところがオルテンシアらしい。シウは苦笑し、頷いた。

「実は小型化を考えていまして」

「おお!」

「生産の教室に顔を出す予定なので、まずは作ってみます」

「よし。いや、待て。生産での実績にする気か。魔術式を編み出したのだから創造研究になるだろう?」

「あー、じゃあ、論文はオルテンシア先生に出します」

 オルテンシアは満足そうに頷くと、シウを解放してくれた。その後、ジルヴァーはシウにくっつこうとしなかった。オルテンシアの言葉を理解したらしい。シウがもう背負えないぐらい自分が大きくなったと、改めて自覚したようだった。


 生産の教室に入ると、普段と違って生徒の数が少ない。

 近くの生徒に聞けば「応援に呼ばれるんだ」と返ってくる。まだまだ落ち着かない学校内の助っ人として頼りにされているようだった。

 授業を受ける必要のないシウが代わりに向かった方がいいのではないだろうか。

 そう思ったのが伝わったらしい。彼は笑って手を振った。

「レグロ先生の指示でもあるんだ。大丈夫だよ。ちゃんと出席にしてもらってる。それに僕らの勉強にもなるんだ」

「そうなんだ」

「こういう突然の事態に対応できる力も大事なんだって」

 ならば、学ぶ機会を奪ってはいけない。シウは納得し、空いた場所で作業を始めた。

 途中でレグロもやってきたが、ちょろりと覗いて去っていった。

 ジルヴァーは余った木の端材で遊んでいる。普段であれば教室の後方で誰かが見ていてくれる。護衛がいない場合はサークルで囲っていた。この日はシウの横だ。人が少なく、誰の邪魔にもならないだろうからだ。そもそも、ジルヴァーはブランカと違って暴れない。シウが作業に集中していてもおとなしく遊んでいられる子だった。

「よし、できた」

 小型の録画用魔道具が出来上がった。試しに何か撮ろうと考え、ふと、床に座って積み木に夢中のジルヴァーを見下ろした。

「最初はジルだね」

 レンズを向けても遊びに夢中のジルヴァーは気付かない。彼女は手先が器用で、頭も良かった。積み木を色別に仕分けては高く積んでいく。

「賢いな~」

「くるる?」

「あ、気付いた?」

 ジルヴァーは首を傾げ、手を伸ばした。魔道具が気になるらしい。レンズが反射するからだろうか。シウが手渡すと矯めつ眇めつしたあと、偶然にもレンズをシウに向ける。録画は続いていたから、シウは思わずピースサインをした。

「あ、写真じゃないんだからポーズをとる必要はないんだっけ」

 話しながら、照れ臭くて頭を掻く。

「写真も撮られるのは苦手だったんだよなあ。うーん、慣れない。あ、ジル、それを返してね」

「くるるる」

「えっと、録画終了、っと」

 複雑な操作は必要ない。録画開始と終了のボタン、それだけだ。映像も観たままを写すだけ。ズーム機能はない。

 録画する媒体は形を揃えやすい魔石にした。薄く削って三センチメートル四方のカードに書き込む。魔石が壊れない限りは何度も再生する。録画時間は検証が必要だが、およそ半日分は連続で書き込めるはずだ。

「あとは動力となる魔核や魔石の持続力かな。連結して長時間撮れるようにすれば防犯カメラにもなるだろうけど、そこはルール作りが先だから今は止めておこうっと」

 名前はとりあえず《動画撮影》と名付けた。録画する魔石は《記憶媒体》だ。

「まだまだ改良は必要として、先に論文かー」

 創造研究の合格はもらっているが、教授から直に指示されたのだから仕方ない。発想に至った理由も書いて、ルール制定についての注釈も入れる。

 ついでに、魔術式の登録に必要な資料も作成した。二部だ。商品化するかどうかは不明だが、魔術士ギルドと商人ギルドの両方で申請しておけば面倒がない。

 基本的な部分と、今後考え得る改良点を幾つも追加していく。

「うーん、こんなものか。あ、鐘の音だ」

「くるる」

「お腹が空いた? 食堂に行こうか」

 ジルヴァーが頷く。やはり彼女は賢い。もうシウの言葉をしっかりと理解している。

 シウは手を伸ばした。ジルヴァーは少し考え、シウの手を取った。

「歩いていくから、反対側の手がいいよ。ほら、手を繋いで歩いていこう」

「くるるる」

 すぐに繋ぎ直す。シウはにこりと笑って、手を繋いだまま廊下に出た。



 木の日は連絡があって午後一番で王城に赴いた。希少獣組は留守番だ。彼等はロトスに連れられ、またジュエルランドへ遊びにいった。イグもバルバルスと二人だけで過ごすより、大勢いた方が楽しいらしいとロトスが話していた。

 さて、シウを呼び出したのはヴィンセントだ。シウが執務室に入るなり、ヴィンセントは顔も上げずに話し始めた。

「まだ忙しいが、先に済ませておきたい」

「はあ」

 何をだろうと首を傾げていると、ようやくヴィンセントが顔を上げる。

「褒賞だ」

「あー」

「先に言っておくが、断るな。金銭で購えるなら、こちらも楽だ。どうせお前のことだからと、勝手に決めておいたぞ。ああ、金銭以外に願いがあるなら追加する。言え」

「ええと」

「その顔は『思い付かない』だな?」

「はあ」

「よし。それもこちらで決めておいた。アルフレッド」

「はい!」

 何故かアルフレッドが嬉しそうな顔でやってくる。

「皆に案を出せと命じたところ、アルフレッドが『シウなら全ての禁書庫に入る許可が嬉しいのでは』と言うのでな」

「あ、それは、はい。嬉しいです」

「ふむ。ジュスト、書類を」

「用意してございます」

 さっさと判を押し、それをアルフレッドが受け取る。手にはミスリルのカードがあった。

 そのまま渡される。

「え、これ」

「国内の図書館、禁書庫に無条件で入っても良い、という書類だ。持っていろ。このカードは鍵になる。以前、お前に渡したミスリルカードは禁書庫や我々の住まいには入れないものだ。これは王城内の禁書庫用だ。厳重に管理されているので専用鍵が必要になるからな」

「あ、はい」

「奥宮にある図書館やオリヴェル、カロラに会いたければ招待してもらえ」

「はい。はい?」

 何故そこでカロラの名前が出るのか不明だが、シウは曖昧に頷いた。

「用件は終わりだ。最初はアルフレッドが案内する。それと、夕方には禁書庫を出るようにしろ。シュヴィがごねている。食事をしていけ。わたしも顔を出す」

「はい」

 しっしと手を振るヴィンセントに頭を下げ、シウは促されるままアルフレッドの後を追った。


 廊下を進みながら、アルフレッドが笑う。

「ごめんね。驚いたでしょ。殿下は何事も早く済ませたいお方だし、僕らも急いで案を出せと言われて、ついね」

「ううん。嬉しかった。褒賞の件は驚いたけど」

「その話もあったんだ。書類は冒険者ギルド経由で送られると思う。ギルドの口座に振り込まれる予定だから。議会の承認が下りるとすぐだよ。冒険者ギルドの関係はまとめてになるからね。遅くて申し訳ないとジュスト様も仰っていた」

「十分早いよ。あ、そうか、冒険者ギルドへの支払いがあるもんね。どこも大変だなあ」

「だけど助かっているよ。特にシーカーの生徒や教授にはね。そうだ、魔獣の解体も率先してやってくれたと聞いたよ。兵士は兵士で復旧作業があって、とにかく手が足りなかったんだ」

「ヴィンセント殿下が学校で演説してくれたおかげで、力を合わせて活動するという土台ができたみたいだよ。解体は大変だったろうけど、生徒にとっては良かったと思う」

「事件は喜べないけど、結果として上手くいったのかな。でも、綱渡りのような日々だったから二度はごめんだね」

 などと話しているうちに禁書庫へ到着した。










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イラスト 戸部淑先生

書き下ろしはエミナ視点となります


ロトスの号泣するシーン可愛いし、荒んだ様子のレーネも珍しいし、エミナの母としての美しさに感動します

戸部先生のイラストは最高なのです…!

ぜひ、お手に取ってみてください💕




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