620 解体で分かり合う、BBQ、拗ねる




 魔獣魔物生態研究の生徒たちは年に何度か実習に出る。その際、冒険者ギルドで護衛と案内を頼むし、解体の授業では冒険者を招く。生徒自身が冒険者ギルドに登録し、魔法使いとして仕事を手伝う場合もあった。そのため「冒険者」に慣れている。

 彼等は積極的に冒険者と組み、指示したり教わったりと親しく作業を進めた。

 その姿を見た他の生徒は、魔獣魔物生態研究の生徒だけでなく冒険者に対しても認識を改めたようだ。

 夕方頃には「こんな重い肉の塊を運べるなんてすごいですね」だとか「筋肉痛にはならないんですか」などと語りかけていた。

「いやぁ、俺らはこれが仕事だしな。森で狩った魔獣の必要な部位を全部持って帰れて一人前、ってところがある。魔法袋があろうとなかろうと、筋力や体力がないとやってけねぇよ」

「すごいですね!」

「冒険者はすごいんだよ、言っただろ」

「なぁ、君らも実習に出るんだよね? 森に行くなんて、いくら冒険者に護衛してもらっても怖くないのかい」

 研究科の生徒の一人が魔獣魔物生態研究の生徒に話し掛ける。初年度生らしき男子が頭を掻いた。

「最初は緊張したけどね。でも冒険者の人たちが一番前で戦ってくれるんだ。俺の護衛騎士は『このままじゃ示しがつかない』と言い出して、より訓練に身が入ったみたいだよ。魔獣を倒せるようになるんだって」

「へぇぇ」

「いやいや、貴族の坊ちゃん方よ、そりゃあ違う。騎士ってなぁ、主を命がけで守る仕事だ。何かあれば坊ちゃん方を逃がすために頑張るもんさ。魔獣を倒せなくてもいいんだ。足止めできりゃあ、それでいい。一番は主の命だ。そこは間違えちゃいけねぇよ」

 生徒たちは素直に頷き、尊敬の眼差しで冒険者や護衛騎士らを見つめる。

「俺たちは魔獣を倒す専門家さ。森歩きも知っている。騎士さんらは、全力で主を守る。盗賊が出てきた時も、対人間の訓練を受けているのは騎士さんだろ? 適材適所って言うんだ。あ、ほれ、これが大事な薬の原料になる。さっき、薬草学科にいるって話してた奴、どこだ」

「あ、僕です」

「本物が見たいって言ってたろ。よーく見ろよ。実際に薬師やギルドで売られるのは乾燥したもんだ。生は初めてだろ」

「はい。鮮やかです。あれ、この白いブツブツはなんでしょう」

「そりゃ、病気の素だ。ただの獣もそうだが、これは絶対に食っちゃいかん。だが、大きめに剥いで乾燥させたら薬になるんだとよ。薬師の専門家が口酸っぱく教えてくれたんだ。『白いブツブツがあれば除去しろ』ってな。そりゃそうだ。最初に解体するのは俺らだ。俺らも感染しちゃならねぇが、貴重な薬が汚染するのはもっとまずい。生の時より感染力はかなり低くなるそうだが、だからって気を抜いちゃならねぇ」

「なるほどなぁ……」

 余裕が出てきたからか、そこかしこで交流が始まっていた。

 シウはもう大物の解体を済ませたので、レオンたちを手伝った。

 肋骨を割るといった力仕事を続けたせいでレオンはもうヘロヘロだ。もう一人の冒険者もポーションを飲みながら作業を続けている。彼は魔法も駆使していたがそれでも大変だったようだ。

「残りは小物だけだね。これは明日、生徒と冒険者だけでできるよ」

「悪い。こっちの中級がまだ残ってる」

「僕がやるよ。ポーション酔いを冷ましてきて」

「シウよ、こっちも休憩入れていいか?」

「どうぞー。お疲れ様。残りは僕がやってしまうね」

 残りを引き受け、シウは魔獣の骨を割り、皮を剥いだ。危険な内臓部分も取り除く。

 そこまでやれば次の作業台に流せばいい。

 ぼちぼち片付けが始まっていく様子を横目に、シウは最後の最後まで手を動かした。


 暗くなってきた中庭で、誰が言い出したのかバーベキューをやることになった。

 肉は火鶏や岩猪を使う。バルトロメが兵士に「手伝いの駄賃代わりに取り分けていいと言っていたよね?」と念押ししていたので、最初にそんな話があったのだろう。もしかしたら魔獣がただ欲しかっただけで交渉していたのかもしれないが、肉を要求してくれたバルトロメに生徒は喜んだ。

「前にも、シウが解体した魔獣でバーベキューをしたんだよな。あの時は楽しかった。研究棟の奴等も来てさ」

「そんなことあったね」

 笑っているうちに、どんどん生徒が集まってきた。それぞれが何か持ってきている。

 浄化魔法が使える生徒は作業で汚れた生徒たちを、風属性魔法が得意な生徒は解体の臭いを消し飛ばす。テーブルを運び、どこからか金網に鉄板といった大物が運び込まれた。おそらく生産の生徒の仕業だ。

 窯まで出来上がった。

 野菜は食堂からだろうか。

 シウは調味料やおにぎりを取り出す。

「パン種もあるから出していくね。誰か焼いてくれる?」

「わたしに任せて! 一度、パンを焼いてみたかったの」

「あとは焼くだけってところまで仕上げてあるから。ラップを外して、食べやすい形に成形して」

「ええ。楽しそうだわ」

「ピザ用の生地はこっち。書いてあるからね」

「分かりやすいのね」

 シウの知らない女子生徒は、他の子まで巻き込んだ。「そこの子、一緒にやりましょうよ」と声を掛けている。

 そこにウェンディが駆け付けた。

「あなた、初年度生なのに積極的ねぇ」

「え、ダメでした?」

「いいわよ。なんだかプルウィアを見てるみたい」

「わ、プルウィア先輩? もしかして似てます? えー、嬉しい!」

 女子生徒は魔獣魔物生態研究に在籍しているらしい。ウェンディが先輩ぶっている。彼女たちの話ぶりから、プルウィアが生徒会の仕事で忙しくて顔を出せないのと入れ替わりに入ってきたようだ。シウもほとんど出席していないため知らなかった。

 そう言えば、ルイスやキヌアたちがしっかりしていた。後輩ができて、魔獣魔物生態研究のクラスを引っ張っていく存在になり始めている。

 先輩や院生たちも頼もしそうに後輩を眺めていた。シウは卒業してしまうので、ほんの少し寂しいような気持ちになった。

 でも、卒業しても顔を出す先輩方はいる。魔法競技大会だって来年また開催されるのだ。

 シウも遊びに来よう。そう、思った。



 想像以上に盛り上がったバーベキューだったが、数名から「何故呼ばなかったのか」と声が上がった。一番強く「ずるい」と詰め寄ったのはプルウィアだ。

「わたしが仕事で忙しい間に、シウたちだけ楽しく過ごしてた……」

「ごめん。その場の流れでなんとなく始まって」

「あっそ」

「解体組の打ち上げみたいな感じだったんだよ。確かに最後には関係ない生徒も集まってきていたようだけど」

「そうよね。本校舎がざわついていたもの。役員が気になって見にいったのよ。そのまま帰ってこなくて、わたしが知った時にはもう終わっていたわ」

「……ごめん」

 水の日、生産科に顔を出そうとして学校に来たシウを生徒会室に連れ込んだのはプルウィアだ。その後、怒濤の愚痴が始まった。レオンは逃げた。というより、普通に授業を選んだのだろう。まだ落ち着かないながらも、一応授業は始まっている。昨日のように途中で中止になるとしても、とりあえずは教室へ行くべきだ。

「もういいわ。あ、そうだ、メープルで手を打つわよ?」

 冗談のつもりらしいが、シウはホッとした。急いで魔法袋からという体で空間庫に入れてあるメープル瓶を取り出す。ひょいひょいと出せば、最初は「え、いいの?」と戸惑いながらも喜んでいたプルウィアの顔が、徐々に真顔となる。

「ちょっと、何よ、その数」

「え、だから、メープルだけど」

「多すぎるわ! あ、もしかして生徒会に? 寄付のつもりなの?」

「違うよ。プルウィアに。毎年、爺様の山で採るんだけど増え続けるだけでさ。お菓子にも使うし、知り合いにも配るんだけどね」

「そ、そうなの。確か以前もお爺様の山で採ると言っていたわね」

「うん。だから、もらってくれると嬉しい。生徒会用にも置いておくね。密封してあるし、煮詰めてあるから長期保存可能だよ」

 封をした蓋に保存魔法を付与してある。

「相変わらずねぇ。んー、じゃあ、有り難く頂きます。ごねちゃって、ごめんなさい」

「ううん。今度は誘うよ」

「今度があるの?」

「あー。そうだ、角牛狩りの後に、食堂で角牛を使った食事会をするとか?」

「……本当に、相変わらずね! まあいいわ。ありがとう。楽しみにしてる」

 他にもメープルを使ったお菓子の差し入れをして、シウは生徒会室を出た。

 そこで、オルテンシアと擦れ違った。

「シウじゃないか!」

 まるで捜していたかのような口ぶりだ。シウは面食らいつつ、会釈で彼女に近付いた。










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