623 ヴィンセントへ報告、ヴィンセントの報告




 ヴィンセントはシウの報告を聞いて、片方の眉を器用にひょいと上げた。蛇のような視線を躱しつつ「偶然」を強調して「鉱床を見付けた」と話す。また、禁書庫にあった本の内容から推測した、今後発生するかもしれない危険についても語った。

「当時より数百年経ち、二回目が起こっていないことを考えると本当にたまたま魔獣スタンピードが発生したのかもしれませんが」

「……二回目が起こっていないと断言はできないだろう?」

「あ、そうですね。フェスニア時代のスタンピードも初回だったとは言い切れませんし」

 ヴィンセントは深い溜息を零した。

「以前、研究者が『寒い地域の我が国に何故、火鶏がいるのか不思議だ』と話していたのを聞き流していたが、何事にも原因はあるということだな」

 聞き流していた割には記憶に残っていたのだからすごい。シウは内心で感心した。

「とりあえず調査から始める。国境に跨がっていたとしても、シアンへの報告は後回しだ」

「大丈夫ですか?」

「どのみち、シアンには余裕がない。足並みを合わせていたら調査は遅れるぞ。その間にスタンピードが発生したらどうする」

「そうですね」

「穀類の輸出もしている。事後報告ぐらい、大したことじゃない」

 早食いのヴィンセントは話しながら、あっという間に食事を終えた。

 シュヴィークザームがシウたちの会話に口を挟まないのは、夕食前にお菓子を渡していたからだ。こちらも早々に食事を済ませて、食後のおやつは何にしようかと吟味している。

 ちなみに今回渡したお菓子はカヌレだ。ロトスに教わってシウが作った。ロトスは若者向けのお菓子をよく知っていた。レシピを知らずとも味は覚えている。時間があれば二人で研究を続けていた。

 他に、秋ということで栗関係のお菓子も渡してある。モンブランはもちろん、栗と餡子を挟んだパイ、栗きんとんもだ。焼き栗も入れた。シウは焼き栗が一番シンプルでいて甘味を感じるので好きだった。

 これらは去年収穫したものだ。甘くするために寝かしていたもので、今年の分はまだ使えない。来年にまた使おうと考えていれば――。

「何をニヤニヤ笑っている」

「あ、いえ」

「シュヴィならともかく、お前は菓子が楽しみというわけでもあるまい?」

「我ならともかく、とはなんだ」

「口から零すな」

「んぐ」

 お菓子について考えていたのであながち間違ってはいない。が、ヴィンセントとシュヴィークザームの間で親子のようなやり取りが始まったため、シウは黙って食後のデザートに手を付けた。


 食べ終わるとソファに移動した。シュヴィークザームは「まだ話をするのか」と不満そうだ。ヴィンセントが「追加で二つ、菓子を食べても良い」と告げるや、黙る。

 食べ過ぎを心配すればいいのか、ヴィンセントのシュヴィの扱いについて心配すればいいのか迷うところだ。とはいえ、シウはやはり黙って二人のやり取りを眺めるに留めた。

 二人の言い合いが収まったのは飲み物が配られたからだ。それを機にメイドたちが下がる。部屋には三人だけとなった。

「少し、付き合え」

 ヴィンセントがグラスを掲げてニヤリと笑う。シウが頷くと今度は真面目な顔になる。

「お前には話しておかねばならん」

「何をでしょう」

「ベニグドの件だ」

「ああ――」

「高位神官らを集めて悪魔祓いをしたが、元には戻らないようだ」

 精神魔法の汚染が酷かったらしい。

「鑑定魔法の上位者など、それぞれの魔法使いが慎重に調べた。その結果、推測も入るが、流れが分かってきた。ただ本人が元に戻らない以上、正しいかどうかは不明だ」

「はい」

 ヴィンセントは「おそらくだが」と前置いて、話を始めた。

 ベニグドは魔人族に惑わされたというより、背中を押された形で動き出したようだ。

 元々、権勢欲が強く、人を操るのが好きな男だった。そこに「もっと意のままに使える」カードを示されたのだろう。

 徐々に汚染されていった。本人も止める気はなかった。

「最初は父親を操ったようだ」

 実の父を操り、やがて幽閉して実権を握った。その父親は領地にある屋敷の地下牢で死んでいた。先祖代々の墓に埋葬もされず、そのまま放置されていたという。

 ニーバリ領は以前より様子がおかしいと言われていた。冒険者ギルドの職員も徐々にベニグドの息の掛かった者と入れ替わり、まともな冒険者は逃げ出した。逃げたくても逃げられない地元の冒険者もいたため、ギリギリで崩壊はしなかったようだ。

 しかし、魔獣の討伐が進まず、領兵や騎士も動かないため領地は荒んでいった。

 ニーバリ領の上空を飛竜が航行できない事態もあったほどだ。

 是正勧告を受けても、のらりくらり。

 その間に領都はおかしくなっていった。貴族らは享楽に耽り、騎士は仕事を放棄した。兵士の強奪もあったらしい。領都の民は昼であろうと外に出なくなった。

「そんなことになっていたんですか」

「さすがに長期間ではないがな。例の事件と同時期に、決死の覚悟で報告に上がってきた者がいた。それが言うには二ヶ月ほどだ」

 とはいえ、被害は出ている。ヴィンセントが頭痛を覚えるのも当然だ。頭を押さえながらも、酒を口にする。

「洗脳の力が強かったようだな。弾くことができた者はベニグドを恐れて逃げたらしい。婚約者の娘もその一人だ。『付き合いきれない』と逃げた」

 婚約者のカロリーナも最初は人を陥れる遊びに酔いしれていた。というより、自分たちは上位の存在だから下の人間には何をしてもいいと考えていた。生意気な他国の女子生徒も彼女にとっては「下」になる。

 学生気分で遊んでいただけなのだと、取調官に訴えたらしい。

「そんな可愛い言葉で済むかなあ」

「もちろん、取調官もカロリーナ=エメリヒの言葉をそのまま信じたわけではない」

「そうですよね、良かった」

「ヒルデガルド嬢の件も、今となってはどこまでが本当かは分からない」

「ああ、はい」

「話が逸れたな。とにかく、ベニグドは歯止めが利かなくなっていた」

 とうとう、魔人族に唆されて、体内に禁忌の魔道具を埋め込んだ。もう冷静な判断ができなくなっていたのだろう。魔人族を信用していたとしても、普通はそんな真似などできない。

 鑑定魔法や聖別魔法を掛けた際に、何度も干渉された跡があったという。

 ソフィア=オベリオよりも強く精神に干渉されたのだ。

 元に戻らないという専門家の意見も分かる。

 戻らない方がいいのかもしれない。彼に待つのは処刑という罰だ。

 徹頭徹尾、騙されていたのなら情状酌量があったかもしれない。しかし、調べた結果は真っ黒だった。

 今後、ニーバリ領への大掛かりな梃子入れが行われる。すでに余罪が幾つも出ているそうだが、確認しようにも本人の心は壊れたままだ。

「刑の執行を早める。これ以上の情報が得られないのなら不安要素は消した方がいいと、貴族院でも全員一致した」

「はい」

 不安要素とは魔人族のことだ。

 高位神官らが人海戦術で調べ上げたため、ルシエラ王都にはもういないと判明している。そうは言っても、体内に異物を埋め込むような人間を作り上げたのだ。恐怖でしかない。

「ただし、公表はしない。いたずらに不安を煽るわけにはいかないからな」

「その方がいいと思います」

 貴族院でも口止めはしたそうだ。もっとも、貴族の間では噂されるだろう。

「お前は平民だが、当事者でもある」

 だから教えてくれたらしい。

 今後もニーバリ領で新たな事実が判明したら教えてくれるようだ。

「それは有り難いですけど、どうしてそこまで?」

「どこで何がどう繋がっているか分からんからな」

「はあ」

「ヒルデガルド嬢の件でも、彼女がシウに関わったからこそ、ベニグドは目を付けたのだろう」

 彼の最初の標的はヒルデガルドだった。そこからシウの存在を知り、嫌がらせを仕掛けた。シウが相手にしなかったのと、ヒルデガルドを躱したせいで、ベニグドは直接ちょっかいを掛けるのを諦めたようだった。

 結果として、シウ自身は酷い目に遭っていない。

「たとえば先ほどの件もそうだ」

「え?」

「禁書庫に入った途端に偶然本を見付け、そこで集熱石の鉱床を見付けたと思い出す」

「あ」

「事前に情報が分かっていれば対処もしやすい。お前は分かっていないかもしれないが、国にとっては助かる情報だ」

 ヴィンセントがニヤリと笑った。

「お前に情報を預けておけば、対策や良い話が出てくるかもしれん」

 だから今後も気付いたことがあれば教えてほしいと、その目が暗に告げている。

 シウは苦笑いで小さく頷いた。










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