617 カルロッテの無自覚な甘え、八つ当たり
シウがまた視線をカルロッテに向けると、彼女は不安そうに見返してきた。
「カルロッテ殿下。休憩を入れるのはリーダーなら当然です。パーティーで一番体力のない者に合わせます。無理をさせても結果的に困るのは皆です。本人が限界を知らないのだから、リーダーが見張るしかない。魔獣の襲撃に咄嗟の対応ができない者を中央で守るのも、ナイフの扱いに慣れない素人に解体を任せられないのもリーダーが判断します。ナイフで手を切ったらどうしますか。ポーションがあればいいのでしょうか。いつ魔獣が現れるか分からない場所で『殿下のための勉強会』を? 危なっかしい手付き、危険な場所での勉強、教え守るためには何人もの手が取られます。ましてや決して傷付けてはならない立場の人だ。守る側の緊張度は高くなる。その危険な行為を、あなたは強要しようとした。そのつもりはなくとも強要に感じるんです。あなたにその立場があるからだ。身分差はどうにもならない。あなたの願いは、特別扱いしろという命令に等しいとお考えください。僕らが『殿下は冒険者になれない』と断じたのは、その心構えを見てです」
解体がしたいのであれば魔獣魔物生態研究科で学べばいい。もしくは冒険者ギルドに見学を申し出ても良かったのだ。
シウはなるべく優しい言い方で続けた。カルロッテを責めるつもりはない。ただ、気付いてほしかった。
「アルゲオがこの場で解体を始めたのは魔核を取りたかったからです。討伐証明の部位も必要だ。冒険者として来ているからです。もちろん魔法袋に死骸を全部入れても良かった。でも彼は僕の話を聞いていたから、止めたんでしょう。持ってきた魔法袋は一つだけのようだし、他の下級冒険者となるべく同じように動こうとした。本来の実力を僕に見てもらおうと考えたんです」
カルロッテがそっと視線をシウの背後に向ける。《感覚転移》で視ると、アルゲオが困惑げに小さく頷いた。
「アルゲオにも足りない部分はある。ただ、彼は自分の実力を正確に把握していた。その上で、できる限りの事前準備をしたんです。足りない部分を埋めるための努力をした。確かに、カルロッテ殿下に対して気を遣っていたでしょう。でもそれは、メンバーに女性がいれば当然のことです。うちだって、レーネがいくら気にしないとはいえ彼女専用のテントはある」
シウの言葉に、カルロッテは頭を下げていく。やがて小さな声で「はい」と頷いた。
「たとえば――」
シウは膝を突き、両手を見せた。
「ご自身の立場をよく理解した上で、冒険者の真似事がしたいと依頼を出してくださったのであれば、その都度『指導』しました。細かくね。今回は、角牛狩りに行きたいから実力を見てほしいとのことだったので依頼通りに動いています。それに、他の冒険者であればここまで言いません。不敬だと切り捨てられるかもしれないからです。親身になってダメ出しをするほど親しくもない。そこまでの義理もない」
のろのろと顔を上げるカルロッテに、シウは微笑んだ。
「こんな依頼を出したアルゲオを非難しますか?」
「……いえ」
「アルゲオはちゃんと話したはずです。違いますか?」
「違いませんわ」
「打ち合わせはあったと思います」
「ありました。……でも、わたくし、きちんと確認しませんでした」
アルゲオの言葉がお節介に感じたのだろう。恥じた様子で正直に答える。
「シウ殿だから、ここまで仰ってくださるのですね?」
「はい。僕が不敬なのはご存じでしょう? アビスさんにもよく睨まれています」
アビスが「んっ」と咳払いする。自覚はあるらしい。
「冗談はともかく、パーティーを組むというのは大変なんです。あなたはアルゲオの指示をリーダーからのものではなく『特別扱い』で言われていると感じた。そんな先入観を持ったままパーティーを組むべきではない。周りを危険に晒すことになる。何より、彼等に対して失礼だ」
シウが背後を振り返るのを見て、カルロッテもそちらを向いた。
アルゲオはやはり困ったような顔をしている。
「僕は、冒険者仲間からよく聞かされました。パーティー内の不和が原因で依頼を達成できずに瓦解した、あるいは大きな怪我を負って引退したという話を。それだけで済めばまだいい。連携を取れずに命を落とす場合だってあるんです」
「はい……」
「ちゃんと話し合いましょう」
「はい」
シウがアビスを見ると、彼女はしっかり頷いた。カルロッテを立たせて馬車まで連れていく。そこで落ち着かせるのだろう。淑女が気持ちを立て直すには、誰もいない馬車の中がうってつけだ。
話が終わったので、シートの上の薬草を見下ろす。握り締められた分は萎れていた。捨てるしかない。シウが拾っていると、アルゲオとスヴェルダが背後に立った。
「シウ、あれは少し言い過ぎだったのではないか」
言いづらそうなアルゲオに答えたのはレオンだった。
「あのまま俺に話をさせるよりマシだと思ったんだろ」
「レオンが?」
何故、といった表情のアルゲオに、レオンはイライラした様子だ。
「自覚のない甘えに苛ついた。ああ、その先を言うなよ。あの人のためにアルゲオが言い訳するな。分かってる。シウにも言われたんだ。あの人は何も分かっていない。俺が王族や貴族の生きづらさを理解できないように、あんたらは冒険者の仕事が分からない」
レオンの言葉でアルゲオは黙り込む。すると、スヴェルダが口を挟んだ。
「なんだ、君らはアルゲオに肩入れしたわけじゃないのか」
「俺はそんなつもりはない。公平に考えているし、そもそも恋愛の手伝いはしないとシウにも言ってある。クソ面倒くさい」
吐き捨てるレオンに対し、スヴェルダが目を丸くした。やがて苦笑する。
「確かに、他人の恋愛事情に巻き込まれるのは面倒だよな」
「だろ? あ、いや、そうですよね」
「いいって。普通に話してくれといつも言ってるじゃないか。アルゲオにもタメ口だろ? 王城で会うならともかく、他に貴族がいるわけでもない。第一、今の僕らは同じ学校の生徒同士だ」
「……分かった」
むすっとした顔なのは照れているからだ。
シウはレオンの様子に内心で笑いながら、アルゲオへの答えを口にした。
「あのままだと、カルロッテ殿下が勘違いを重ねると思ったんだ。評価は正確でなければならない。アルゲオのためというより、彼女のためでもある。どんな時でも物事を公平に見る力がないとね。結局は自分に返ってくると思うんだ」
「耳が痛い話だ」
スヴェルダが明るく言う。場の空気を変えるためだろう。シウもにこりと笑った。
「あと、アルゲオの話をちゃんと聞いてなかったなーと感じた。だから最後に『話し合いを』と言ったんだ。お節介はそこだけ」
「すまない」
アルゲオは真面目な顔だ。レオンもむすっとした表情を変えない。
「わたしがハッキリ言えずにいたからだな」
「負い目があったんだろ。お前、最初の頃はなりふり構わず追いかけていたもんな」
ムッとしたアルゲオがレオンを見るものの、言い返しはしなかった。自覚があるからだ。
「まあ、謝るとしたら俺だろ。あの人にもアルゲオにも苛ついていた。八つ当たりだ」
「八つ当たり? わたしが何かしたのか。言ってくれ。わたしはレオンに何をしたんだ」
「違う」
レオンは少し言い淀んだあとに、溜息を吐いてから続けた。
「あんたらは余裕のある立場だ。俺は孤児で、他に選べる仕事なんてほとんどない。俺たち孤児はどこかの所属になれたとしても肩身が狭いんだ。頼れる後ろ盾がないからな。何かあれば簡単に捨てられる存在なんだよ。それが嫌で冒険者になった。自分の力だけで生きていけるだろ。てっとり早く独り立ちしたかったって理由もあるけどな」
アルゲオとスヴェルダは何も言えず、黙ってレオンの話を聞いた。
「恵まれた立場のあんたらが、お試しに冒険者をやりたいって言う。あの人は冒険者に憧れてたんだってさ。俺にはこれしかなかったのに」
「彼等が自分の領分へ、無遠慮に立ち入ってきたと感じたんだね?」
シウが問うと、レオンは小さく頷いた。
「そんな感じ。別に俺のもんってわけじゃないのにな。それに、余裕があるったって、望めない立場もあるのは分かる。それこそ王族は冒険者になれないだろ」
「なれるよ?」
「ちょ、シウ。そこはスルーだろ!」
何故かロトスが傍にいて、背中を叩かれる。シウは「痛いなあ」と答えながら、唖然とするレオンたちを見た。
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イラスト 戸部淑先生
書き下ろしはエミナ視点です
今回もイラストが最高なのでぜひご覧ください~
(カバーのレーネがかっこよすぎて!!)
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