616 特別扱い
倒した魔獣を集めると、一旦街道沿いの休憩場に戻る。
アルゲオはそこで解体を始めた。スヴェルダもだ。プリュムもやろうとしたが「遊んでおいで」と追い払われる。
「どうして?」
「これは冒険者の仕事だからだ。せっかく森に来たんだ、騎獣たちと遊んでおいで」
プリュムはパッと笑顔になった。ロトスと共に戻ってきたブランカを誘い、森に入っていく。ブランカが「なんで呼んでくれなかったの!」と怒っていたようだからちょうどいい。
ロトスは付いていかなかった。
「あいつらに付き合ってられるかよ。元気すぎるっての」
飛行板に乗って追いかけたものの、自由気儘なブランカを追うのは大変だったようだ。いつものように飛べれば良かったのだろうが、なにしろ人の目が多い。三つ目の森には中級冒険者も入ってくるし、アルゲオたちの護衛騎士もいる。それにプリュムという聖獣の存在だ。彼にバレないようフェレスとブランカに追いつくのは、いかなロトスといえども難しい。
「お疲れ様。ククールスも休んでいるし、休憩してきていいよ」
「いや、あっちが気になるから護衛しとく」
ロトスが視線を向けたのは護衛騎士の集団だ。一部が森に背を向け休んでいる。
「近くに魔獣の気配はないけど、獣はいるからなー」
「分かった。じゃあ、頼むね」
護衛としての仕事をすべく、ロトスが気配を消したまま向かう。
シウとレオンは引き続きアルゲオたちの様子を見た。
カルロッテも解体を手伝おうとしたのだろうが、ナイフを持つ手が危なっかしい。アルゲオは逡巡したあとに薬草の整理をカルロッテに頼んだ。
「いえ、わたくしもできます。特別扱いはしないでください」
「……特別扱いではありません」
「ここでやらねば、いつまで経っても慣れません。わたくしから機会を奪わないでくださいませ」
意を決したような、そんな表情だ。それを見たアルゲオが怯む。
シウはレオンと顔を見合わせ、動いた。何故か、シウが対応しようとしたカルロッテ側にレオンが進む。
「え、いいの?」
「いい。俺が言う。お前はアルゲオに言え」
「分かった」
というわけで、シウはアルゲオの前に立った。視線を塞ぐ形でだ。
「シウ、わたしは失敗したのか?」
「僕は試験官じゃないよ。確かにアルゲオたちの冒険者パーティーがどれだけの実力か、測るために見守っていたけどさ」
スヴェルダも手を止め、シウを見た。
「二人とも、なかなか手際が良いと思う。下級冒険者に引けを取らない。動きも良かったしね」
「そ、そうか」
「俺もか?」
「二人ともだよ。アルゲオは九級かな。場合によっては八級でもいけそう。スヴェルダは八級だね。プリュムへの指示や情報の取り方がしっかりしていた」
二人がホッとした様子で笑顔になった。
「シウにそう言ってもらえると嬉しいな」
「俺もだ。魔獣相手に戦うのは滅多にないから本当は参加したかったんだけど、何もしなくて八級と言ってもらえるならアリじゃないか」
「解体はまだまだダメだよ。けど、丁寧に処理してる。かなり勉強したんじゃない? 実際にもやってみた?」
シウがアルゲオに問うと、恥ずかしそうに頷いた。
「分かるか。実は練習した」
「すごいな。練習したのか!」
「時間がなくて三匹だけだ。それに練習したのはルプスだった。火鶏や飛兎は本で読んだだけだ。やっぱり下手だよな」
「いやいや、ルプスは大物だろ」
スヴェルダが興奮すると、アルゲオは益々恥ずかしそうな顔になる。
シウは短い時間で三匹も解体の練習をしたアルゲオを素直に偉いと思った。ただ。
「いきなりルプスを解体するなんて、豪快だね。普通はもっと小さい魔獣からやるだろうに」
「うっ。確かにそう思ったが、急ぎで手に入ったのがルプスだけだったんだ」
和やかに話していると、背後でカルロッテの声が上がった。
不自然にならない程度でしか結界を張っていなかったため、甲高い女性の声だとどうしても聞こえる。アルゲオとスヴェルダはハッとして、シウの向こう側を覗き込んだ。
感覚転移の魔法で視ていたシウは、レオンがカルロッテに何を言ったのか知っていた。
彼はアビスの厳しい視線を物ともせず「特別扱いは当然ではないですか」と切り出したのだ。
「殿下が王族である以上、周りは特別に扱います。今もお付きの方が『不敬だ』と言わんばかりに睨んでいるんですよ?」
「え、アビス、そうなの」
「……」
「立場をよくご理解ください。殿下がどう思おうとも、立場が変わることはないんです」
「それは――」
「それは、俺がどうやっても孤児出身だという事実を変えられないことと同じです」
カルロッテがハッとした顔で黙り込んだ。
「立場を理解した上での行動を願います。それと、先ほどから冒険者としての資質があるかどうか拝見させてもらいました。俺は止めた方がいいと思います」
カルロッテが泣きそうな顔で俯く。アビスはきつい視線を向けるものの黙っていた。彼女からすれば、冒険者のような仕事をしたがるカルロッテを止めたいのだから黙っていた方がいい。それはそうとして、レオンの物言いが気に入らないのだ。複雑な心境らしい。
「シウだと甘い言い方になるでしょうから、俺が代わりに言います」
レオンは冷静に告げた。
「殿下が皆の足を引っ張っています」
「わたしが自分の立場を理解していないからだと仰りたいのですか!」
声を上げたカルロッテに、レオンは冷静に首を横に振った。
シウは心配そうに立ち上がろうとしたアルゲオを手で制し、スヴェルダにも「ここで待ってて」と声を掛けた。
振り返り、カルロッテの傍に向かう。
その間も彼女の言葉は続いた。
「体力がないからですか。手際の悪さでしょうか。ですが、誰しも最初は――」
「体力のなさや手際の悪さは問題ではありません。パーティーリーダーの意見に従うといった、至極当たり前のことができていないからです」
シウが目の前に立つと、カルロッテは泣き出しそうな顔で見上げてきた。シートの上で座ったまま、手元にある薬草を握り締めている。
レオンは無言だ。シートの前で屈んだまま、カルロッテを見ている。
シウは苦笑でレオンの肩に手を置いた。
「言いづらいことをありがとう。アビスさん、抗議があるならレオンではなく僕に。彼の所属するパーティーのリーダは僕です」
「分かっております。抗議もいたしません。元々、そういう話です」
「そうですよね。アビスさんはずっと『立場を理解していた』」
カルロッテがシウを見る。
「問題点は幾つかありました。僕らは別に試験官じゃない。あなたを落とすつもりはないんです。ただ、このままでは危険だから『冒険者パーティーに入るのは止めた方がいい』と判断しました」
「危険、ですか」
「何故なら、あなたが自分の実力をしっかり把握していないからです。特別扱いしないでほしいと願いながら、特別扱いを望んでいる」
「そ、そんなことはありません」
「そうですか? だって、アルゲオの指示に反論していましたよね」
「ですがそれは、彼がわたくしを特別扱いしようと――」
「していませんよ。あなたの実力を正確に把握し、無理だと判断したから指示を出しました。もちろん、王族であることや女性であるという意味での特別扱いはしています。それは人間として当たり前の行動です。僕も、護衛騎士の動きが悪いと思えば騎獣たちに指示して見回りさせます。中位以上の魔獣が来ないよう調整もしました」
シウはその場に屈み、カルロッテと視線を合わせた。
「僕は殿下がやりたいことをやればいいと応援しましたし、今でもそう思っています。ただ、パーティーを組むのなら止めた方がいいと思います。あなたがリーダーになるのもです。殿下がリーダーでは護衛騎士たちが危険に晒される」
「貴様、そこまで言う必要はないだろう!」
我慢ならなかったのだろう。アビスが口を挟む。
シウはアビスにも告げた。
「そうやって真実を話さないから、殿下は勘違いするんです。きちんと理解していた方がいい」
アビスは黙り込んだ。
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