612 戦略を練る、レオンに相談、慰労会




 アルゲオが言う。

「わたしには足りない部分が多すぎる。頼りたくなるな」

「全部を頼るわけじゃないんだから、いいんじゃない? むしろ一人で勝手に何もかもを背負おうとしているような……? うん、やっぱり誰かに頼っていいよ。相談する相手は選んだ方がいいと思うけど」

 シウは自分自身を指差して笑った。

「はは、確かに今回の件でシウを選んだのは間違っていたか。……いや、恋愛の面ではそうかもしれないが、人生においての話ならば合っていたと思うぞ」

 かつてのシウは独り善がりだった。治ったと言えるかは不明だが、アルゲオを見て「自分と似ているな」と思うぐらいだから少しはマシになったのだろう。

 だからこれは自分自身に告げる言葉でもある。

「偉そうなこと言ってるけど僕も同じだからね。たぶん、多かれ少なかれ他の人だって似た経験はあるよ。大丈夫、相談すれば良い案は出る。あと、とにかく一人で考えずに、ちゃんと話し合おう」

 カルロッテの未来や幸せを勝手に決めてはいけない。彼女の人生は彼女が考えるものだ。そこにどれだけ食い込めるかが、アルゲオの「情」に掛かっている。

「戦略を練るのは得意だよね?」

 アルゲオはハッとしたあと、ニヤリと笑って「そのつもりだ」と答えた。


 とりあえず、二人での話し合いが必要になるが、今のアルゲオはカルロッテに貼り付いていない。誘い文句も思い付かないと言うから、シウは「角牛狩りの相談」にしてはどうかと提案した。

 アルゲオたちはすでに冒険者登録を済ませてある。週末に仕上がり具合を見る、という体で話を持ち出せばいい。

「カルロッテ殿下を誘うのは任せるね。依頼を受けるから真面目な冒険者仕事になるだろうけど、とりあえずはそこで様子を見よう。もちろん目的の第一は草原まで行けるかどうかだよ?」

「分かった」

「あと、手伝ってもらうというか、根回しは必要だからレオンにも事情を話すね?」

「……分かった」

 苦渋の決断をしたかのような表情だ。シウは笑った。

 アルゲオはどうやらレオンにも何か思うところがあるらしい。しかし、口にはしなかった。シウの友人だからというよりも、紳士でありたいと考えているからだろう。そもそも、根は良い青年だ。上位貴族ゆえの教育を受けているので、シウたちとは考え方が少し違うだけで。

 人は変われる。シウも少しずつ成長してきた――つもりだ。

 アルゲオも相手を思う気持ちで良い方向に変われたらいい。



 と、思っていたのだが。シウがこの話をレオンにすると、不思議な顔が返ってきた。

「何か変なこと言った?」

「いや、シウは基本的に前向きなんだなと思ってさ」

 こそこそと話している場所は、ブラード家の本館広間になる。

 金曜の夜、シウたちはブラード家で働く使用人らのために慰労会を開催した。と言っても、シウたち五人でやることだ。貴族の晩餐会というよりは、少しお洒落なパーティー程度に収まった。

 もちろんロランドとサビーネの監修付きである。おかげでなんとか準備もできたし、間に合った。

 広間に呼び出された使用人たちは最初、驚いて遠慮した。広間を使うのは本来であれば貴族だからだ。しかし、カスパルが「せっかく準備してくれたのだから楽しんでくれるかい? その方がシウも嬉しいと思うよ」と言ったことで受け入れたようだ。

 料理人には「食事はこちらで用意している」と先に伝えていたため何かあるとは知っていた。さすがに広間に入る前には緊張していたが、着替えを済ませたメイドらが次々入っていくのを見て頭を切り替えたようだった。

 おもてなし側の人数が少ないため、コース料理ではなくビュッフェ形式にした。立食になるが、端にはテーブルや椅子もある。女性たちは早速テーブルに持ち寄り食べ始めた。

 楽団を呼んでいたので端では音楽が奏でられている。花々の飾りも「素朴ですがシウ様らしさが見えます」とサビーネに及第点をもらった。

「俺はロランドさんに『季節の絵画をお選びですね』と褒められたからな」

「兄貴、それは褒められたとは言わない気がする」

「怒られてないんだ、問題ないだろ」

「え、そんな判定基準でいいの? ヤバいって」

「ロトスはどうだったんだよ」

「俺は邪魔になりそうなブランカを筆頭に、連れ出していたからな!」

「遊んでただけじゃねぇか」

「レーネもだろ」

「あー、あいつは走り回る三人を疲れさせるって任務があったろ」

 ククールスとロトスも手伝ってはくれた。やはり及第点だろうか。アントレーネも元気いっぱいの子供たちを追いかけ回して遊んでいたようだ。

 料理や広間の準備の大半はシウとレオンで終えた。

 それもあり、二人だけの反省会ならぬ慰労会だ。

 皆が楽しそうに歓談する様子を眺めながら、広間の隅で話している。希少獣組は先に部屋へ戻った。今頃は食後のまったりタイムだろうか。幼獣組は寝ているかもしれない。

「前向き、かな?」

「だってアルゲオの恋が叶うと思っているだろ」

「というより、良い結果になればいいなー、ぐらいだよ」

「ほら、それだ」

「うーん。結果はどうあれ、気持ちがスッキリすればいいかな」

「ああ、そこは分かっているのか。でも、失恋にスッキリも何もないからな」

 失恋の経験者が語る。シウの考えに気付いたのか、レオンが嫌な顔になった。

「あの話はするなよ? とにかく、深く介入するのは止めとけ」

「え、じゃあ、角牛狩りはどうするの」

「それはもちろん参加するさ。シウのパーティーメンバーなんだ。仕事として、貴族連中の護衛も務める。そういう話なんだろ?」

「うん」

「ただ、アルゲオのために積極的な手伝いはしない。依頼の話じゃないぞ? 恋の手伝いって意味だ」

「あー、分かった」

 ふと、シウは首を傾げた。

「もしかして、カルロッテ殿下のこと――」

「おい、まさかと思うが変な勘繰りしてないだろうな?」

「えっと」

「俺をそういうのに巻き込むなよ。そもそも、相手は王族だぞ。考えることすら不敬だろ。無理。それ以前に好みじゃねぇ」

「わー、ごめん、そうなんだ」

 会話に遠慮があるのは知っていたが、大前提として親しくしたいと思える相手ではないようだ。レオンは言い難い様子で付け加えた。

「……ああいう受け身の女は苦手なんだ。最近は自分の意思で動いているようだけど、それもちょっとな。迷惑とは言わないが、周りを振り回しているだろ。アルゲオに対してもだ。気がないなら、もっとハッキリ断ればいい。曖昧な態度だからアルゲオも期待する」

 アルゲオの応援をするつもりはないが同情はしているらしい。シウはなるほどと頷いた。

「えーと、彼女を庇うわけじゃないけど、自分の意見を言える環境になかったからだろうね。冒険者の仕事をしてみたいと思うのも実際を知らないからだ。男性王族なら外にも出られるけれど、女性王族は出られないしね。本当の意味で平民の生活や、冒険者の仕事がどんなものかを分かっていない」

「まあ、俺も王族の常識は知らないからな。そうか、じゃあ『あの人はマナーがなってない』なんて思われているかもな」

「僕もその心配は常々ある。どんなに勉強しても、頭で分かっていても、体に染み付いていないからね」

 どうにもギクシャクした動きになる。シウは笑った。

「でも、やっぱり良い結果になればいいと思うなあ」

「分かった分かった。とにかく、邪魔はしない。積極的な介入もしないが、機会があれば様子を教えてやるぐらいのことはする」

「うん。お互いが納得するというか、スッキリできたらいいよね」

「そう上手く行くかね。恋愛なんて、特にどうにもならないものの代表格だ。気持ちの比重が少しでも傾いただけで人生が滅茶苦茶になる場合もある。失恋でおかしな行動を取ることだってあるんだ」

 恋愛というのは人を愚かにもするらしい。

 レオンの言葉には重みがあって、実体験があるだけにシウは感心した。

 頷いていると、レオンはシウが彼の失恋話を思い出したのだと気付いたようだ。半眼になる。

「おい、忘れろ。いいか、その頭の中から俺のくだらない過去を除くんだ」

 体を揺するので、つい笑ってしまった。

 騒ぎに気付いたロトスが駆け寄ってくる。レオンは顔を青くし、シウに首を振った。

 残念ながら、ロトスはレオンの失恋話を知っている。幼獣時代に聞いているのだ。もし話題に出したら当時のことを思い出すだろう。

 シウは協力をお願いしていることもあり、レオンに「言わない」と約束した。


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