609 呼び出された戦術戦士の授業にて
結局、木の日で後片付けは終わった。
プルウィアによると、今週いっぱいは授業のほとんどが休みになるという。言い換えれば、授業を行う科もある。たとえば戦術戦士のクラスがそうだ。レイナルドが張り切る姿が目に浮かぶ。話を聞いたシウは苦笑した。
卒業の決まっているシウは、もう学校に通わなくてもいい。しかし、個人用ロッカーには当然のように「出席しろ」とメモが入っていた。レイナルドの仕業だ。おそらくは魔法競技大会の期間に起こったあれこれを聞きたいのだろう。そして話し合ったり再現したりする、いつものパターンだ。
シウはレオンと共に金の日も学校に行った。それぞれジルヴァーとエアストを連れている。残りの希少獣組は、引き続きロトスがイグのところに連れていった。
アントレーネはまだ休暇を楽しむそうだ。というより、せめて今週ぐらいは赤子の世話を頑張ろうと思っているのだろう。ブラード家の使用人らが大変なのは彼女もよく分かっている。
ククールスはスウェイを連れて冒険者ギルドの依頼を受けようと出ていった。なんだかんだで冒険者ギルドも仕事が溜まっている。上級冒険者がいればギルドはそれだけで安心だ。ガスパロを含め、下級冒険者のためにもしばらくは真面目に働くつもりのようだった。
シウたちがドーム体育館に着くと、すでに多くの生徒が集まっていた。
知らない顔もある。互いに休みをとるなどで、擦れ違った結果だ。特に最近はシウの参加が減っている。秋頃に途中参加した生徒とは話す機会もなかった。更に別の時間帯で学ぶ生徒も交ざっているようだった。レイナルドに「特別授業だから」と呼び出されたらしい。ぼやきが聞こえてきた。
「休みだと思って寮で寝ていたら叩き起こされたんだ」
「わたしたちもだ。休むと連絡を返したはずなのに」
「リンドバリ伯爵の子息にまでか」
「シルトもだよね?」
「俺は暇だから構わないけど、ちょっと眠い」
「君たちも大変だね」
まるで被害者の会のようだ。互いを憐れむ表情でコソコソと話し合っている。
シウとレオンは幼獣を連れているため、端の方で落ち着こうとしていた。そこにカルロッテやアルゲオ、スヴェルダがやってくる。クラリーサもだ。まとまって動く様子から、彼等も話し込んでいたようだ。
「シウ、今日はジルだけか。おお、近くで見ると結構大きいな。そういえば、プリュムも急激に大きくなったっけ」
「そのプリュムはどこに?」
「養育院に出掛けてる。シュヴィークザーム様と一緒じゃないかな。先日、顔を出して喜ばれたのが嬉しかったようだよ」
とは、シュヴィークザームのことだろう。プリュムは頻繁に通っているが、シュヴィークザームの方は足が遠のいていた。動くのが面倒という、いかにも彼らしい理由だ。
「子供が集まってくるようだったら先に帰ると言われて、プリュムが困っていたね」
くすりと笑う。プリュムの困り顔を思い出したらしい。
シウは呆れ顔になったが、何も言わなかった。近くにカルロッテたちがいるからだ。それにクラリーサも会話に交ざりたい様子だった。シウが視線を向けると、微笑んでから口を開く。
「シウ殿のおかげで得難い経験を積ませていただけました。両親も兄上たちも褒めてくださったのよ」
「王城での泊まり仕事だから心配していたんだけど、ご家族が許してくださって良かったです」
「こんな事態ですもの。貴族としてできる仕事があり、かつ望まれたと知ってとても喜んでいたわ。本当にありがとう」
「いいえ。僕こそ、急なお願いを聞いてくださって助かりました。断られたら、殿下になんと言えばいいか困ったでしょうから」
「まあ」
クラリーサはころころと笑い、シウの手を取った。
「経験だけではないわ。多くの人脈を得ました。わたくしでも役に立つのだと知れた。もっと努力すべきだとも思ったわ」
「クラリーサさん」
「他にもあなたに感謝している人は多いはずよ」
「えぇ?」
目を丸くすると、クラリーサの騎士であるダリラが口を挟んだ。
「シウ殿の呼びかけで王城に出向いた面々が脚光を浴びているのです」
「えっ」
「王太子殿下直々にお礼の言葉を掛けられたと、知れ渡っていますからね」
「あー」
「ラトリシア国の危機に立ち上がった魔法使いたちとして、すでに貴族の間で噂が広まっているようです」
侍女のジェンマが自慢げに話す。
「お嬢様にもお茶会への誘いが早速舞い込んでいるんです。晩餐会にも招待されるのではないかと、奥様が準備なさっていますしね」
「困ったことだわ。わたくしはもっと勉強に励みたいのに。早く授業を受けたいのです」
すると、カルロッテが目を輝かせた。
「わたくしも同じですわ」
「まあ、カルロッテ様」
クラリーサが嬉しそうに微笑む。
「カルロッテ様も活躍されたと伺いました。常から真剣に学んでいらっしゃるからだわ」
「そんな」
恥ずかしそうに手を振るカルロッテを見て、クラリーサが近付き、手を取った。
「わたくし、図書館に通うカルロッテ様のお姿を拝見して見習わねばと思いましたもの」
「……同じです。わたくしもクラリーサ様のお姿に何度励まされたことか。戦術戦士科を選んだ際、止める方がいらしたの。何人もです。けれど、クラリーサ様の凜としたお姿、女性でありながらクラスリーダーとして立つお姿を見て迷いは消えました」
手を取り合う二人の姿は麗しい。
シウがニコニコ眺めていると、ついと服を引っ張る感覚に振り返る。
「どうしたの?」
アルゲオだ。複雑そうな表情でシウを見ている。
「……話がしたい」
「うん」
シウが頷いたのに、アルゲオは黙ったままだ。どうしたのだろうと首を傾げているうちに、レイナルドが来てしまった。
となると、なし崩しに授業が始まる。「集合!」と叫ぶレイナルドの下へ、話し込んでいた皆も慌てた様子で走り寄った。
授業はシウが予想した通り、魔法競技大会中の競技の再現であったり、騒ぎが起こってからの護衛や騎士たちの動きをトレースしたりで進んだ。
どのパターンでも良い悪いがある。後から冷静に見れば分かる部分だ。生徒たちは、ああでもないこうでもないと意見を出し合った。
更にレイナルドは、シウに「魔獣スタンピードを抑え込んだ際の流れ」を皆に披露させた。
ヴィンセントに許可を取っていないため言えない部分もあるが、大まかな状況なら説明できる。再現するのは恥ずかしいので拒否したものの、大河から魔獣が上がってきた時の様子や撃退方法については語った。
レイナルドは「シウのような戦い方はお前らには無理だ」と最初にバッサリ切ったが「しかし、やり方を聞いておくのは大事だ。こういう奴がいる時にどうすればいいのか、予測を立てられる」と続けた。
彼は冒険者の動きも知りたがった。それは生徒も同じだ。
「なるほど、騎獣がどんなに魔獣を引き付けたとしても逸れる個体はいるということか」
「だから対岸に冒険者を配置したんだな。さすがだ」
「その冒険者たちは飛行板に乗っていたんだよな」
「飛行板に乗りながら魔獣討伐をするだなんて、どれほど体幹を鍛えているのかしら」
「クラリーサ様も体幹を鍛えていらっしゃいますよね」
「ええ。ストレッチが大事なのですよ」
と、徐々に普段の訓練がいかに大事かを語る時間になった。半数は訓練について話し合いが進む。
レイナルドは「土壁を作って魔獣の流れを作るというのは良い案だな」だとか「後方支援の兵士も動きが洗練されてきたというのが面白い」などと言って興奮している。
やはり、レイナルドが一番聞きたがっていたのだと分かる。シウは内心で苦笑しながら、大河沿いでの戦いについて最後まで話した。
また、兵士や魔法使いの戦い方について「バレても大丈夫だろう」という範囲で教えてあげる。どの部隊が動いたかは話せないが、後方支援での動きや魔法をどう使ったのかは構わないだろう。
二時限目になるといつもの訓練が始まった。元々真面目に授業を受ける生徒ばかりだが、熱が入る。
ただ、一番熱量を感じるのはレイナルドだ。張り切りすぎて、最近入ってきた生徒の一部の表情が引き攣るほどだった。
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