608 学校の片付け
木の日になり、シウは商人ギルドに行く予定で準備していた。そこに呼び出しがあった。
「学校の片付けに出てこいって?」
ロトスが通信魔法を切ったシウの横で問う。
「うん。生徒会メンバーだけじゃ、やっぱり厳しいみたい」
「マジかー。レオンも行くのか?」
「俺は呼ばれていないけど、暇だしな。ロトス、悪いけどエアストを見ていてもらえるか? 忙しいのが分かっていて連れていくのもな」
「分かった。あー、俺、イグ様んちに行ってこようかな。シウ、みんなも連れていっていいか?」
「もちろん。ジルもロトスと一緒に遊んでおいで」
「くるる……」
「夜には帰ってくるからね」
「ぷゅ」
ギュッと抱き着き、満足するとジルヴァーはロトスに手を伸ばした。ロトスは難なく抱き上げ、笑った。
「偉いなー、ジルは。留守番頑張ろうな?」
「ぷぎゅ」
「じゃ、俺たち希少獣組は遊んでくるわ。悪いな」
「こっちこそ。いつもありがとうね」
互いに手を振り、裏扉の前で別れる。
アントレーネはメイドたちの忙しさを見て、子供の世話を自主的にしていた。一人では手が回らないため、彼女を手伝うのはリュカだ。リュカ自身も何やかやと動き回っているが、薬師見習いとして働く彼に下働きの仕事はあまり回ってこない。リュカもシウと同じで何かしたくて仕方なかったようだ。嬉々として子供三人の相手をしている。
ククールスはシウの代わりにギルドへ行く。ルールに関しては昨夜のうちに皆で考えていたため、その資料を持っていった。護衛や見学者らの生の声を聞いたのは彼でもある。ちょうどいい。
そしてロトスの言葉通り、希少獣組は全員が転移でイグの下へと向かった。もちろんエルも一緒である。
学校に着くと、生徒会メンバー以外にも今回の件で積極的に働いていた生徒たちが集まっていた。魔法競技大会というイベントで何らかの仕事に就いていた者たちだ。こうした場で頑張ると当然だが利点もある。内申書に良い点を付けてもらえるのだ。
上位貴族であれば伝手で良い仕事に就けるだろうが、下位貴族はそうもいかない。
それに上位貴族の子でも活躍したという経歴は今後の人生において役に立つ。
だからか、意外と多くの生徒の姿があった。まだ着いたばかりのようで、そこかしこで立ち止まっては話し込んでいる。
シウとレオンは真っ直ぐに生徒会室へ向かった。
「あ、シウ! レオンも来てくれたのね」
「お疲れ様。正門から校舎にかけて生徒でごった返しになっていたよ」
「そうなのよ。皆さん早く来てくれるのはいいけれど、こっちはまだ指示出しがまとまっていないのに」
「会長、大変そうだもんね」
ミルシュカは魔法競技大会や騒動についての報告書をまとめているようだ。必死の形相でペンを走らせている。ずっとやっていたのだろうが、まだまだ終わっていないのが彼女の机の「未決」箱で分かった。もちろん、既決書類も多く積み上がっているが。
「もしかして、プルウィアが今日のリーダー?」
「そうなるわね。さて、シウが来てくれたなら後は早いわ。これで良し!」
レオンが声を出さずに笑う。肘で突くので、シウは肩を竦めた。
シウはいつでもどこでも何でも屋だ。遊軍のようなものである。自由にさせてもらえる分、自由に配置される。それでも仕事が割り振られるのなら構わない。暇なのは性に合わないと先日で思い知った。
「校内放送で皆に指示を出すわ。シウは後でね。レオン、あなたは戦術戦士科でしょ? クラリーサさんのところへ行ってくれる? ドーム体育館にいるはずよ」
「分かった」
レオンはシウの肩を叩くと出ていった。
その後、校内放送にて各自に役割が振られた。魔法競技大会での担当部署ごとに指示が出されるため、科やクラスごとよりも少数だ。中には科ごとのチームもある。それが戦術戦士科だ。まとめて動かした方がいいとプルウィアは考えたのだろう。反対に生産科の生徒は分散させられた。生産科の生徒の多くが「解体」もできるからだ。素材の再利用を考えるなら、プロに近い生産科の生徒を使った方がいい。
プルウィアはよく考えている。
その彼女がシウに指示した仕事は、荷運びと整地だ。
「魔法袋への出し入れの速さや正確さはシウが一番よ。それに整地もね。生産科の生徒には多くの仕事を頼んでしまうけれど、作業が丁寧だもの。仕方ないわよね?」
「あ、はい」
「安心して。他の生徒には面倒な棚卸しや、発注管理、事務処理を回しているから。片付けの方が実は精神的には楽なのよね~」
ふふふと笑いながら、プルウィアは書類を指差した。
「あー、ええと、お疲れ様です」
「ありがと。じゃ、これがシウの行ってもらう場所のリストよ。順番通りでなくてもいいわ。現場には生徒会メンバーがいるはずよ。彼等が見張っているけれど、もし何か言われてもシウは『生徒会特権』を与えているのだから無視してちょうだい」
「え、そんなのあった?」
「ミルシュカ生徒会長が数日前に考えたのよ。ほら、これが書類。わたしが教えてあげたの。『シウは王城で自由に動ける特別なカードをもらったみたいよ』って」
「……なんで知ってるの」
「わたしたちが仕事をしている横で貴族たちが喚いていたからよ。『あんな子供に何故だ!?』ですって。煩くて邪魔だったわぁ」
「そ、そうなんだ」
「おかげで城内の噂がよく耳に入ってきたわ。楽しみなんてそれぐらい。あ、そうだ、クリスさんやアルフレッドさんが仰っていたけれど、後日わたしたちに褒賞が出るそうよ。楽しみね」
早口で告げると、プルウィアはシウにひらひらと手を振った。もう行け、という意味だ。
「えっと、じゃあ、行ってきます」
「お願いね」
シウはミルシュカにもチラリと目を向けた。彼女は顔も上げずに一心不乱で書類を決裁している。もしかすると、プルウィアは生徒会長のミルシュカにもこんな調子で接しているのだろうか。想像したシウは、ぶるっと震えて生徒会室を後にした。
片付けは、意外と早く終わった。
解体し終わった資材を魔法袋にサッと片付ければいいだけだからだ。魔法袋に入れる際に数も分かるため、自動書記魔法で書類を作る。担当の生徒は涙を流さんばかりに喜んだ。これを一瞬でできるのはシウぐらいで、皆はもっと時間がかかるらしい。プルウィアがシウを指定するはずだ。
細かな掃除をしてもらう間にシウは次の場所へ移動する。終わった頃合いに戻ると今度は整地だ。これを繰り返す。
生徒の多くは事務仕事が多かったようだが、壊れた魔道具の修理であったり木々や通路の整備、建物の補修とできる範囲で働いていた。魔法を使ってもいいと許可が下りているため、楽しんでいる生徒も多い。
上位貴族の生徒は仕事らしい仕事はなかったけれど、料理人を連れてきて生徒らに食事や菓子を差し入れている。他にも魔法競技大会で服をダメにしてしまった下位貴族や平民のために各種取り揃えて提供した。本人らは優雅にテーブルでお茶をしているだけだが、侍女たちがせっせと配っていることで受け取りやすかったようだ。服以外にも学校で使えるような小物がたくさん用意されており、通りすがりに覗いたシウは感心した。
その際、椅子に座ったままの女子生徒がシウにも声を掛けた。
「あなた、お茶はどうかしら」
笑顔で断ろうとしたシウだったが、侍女たちが囲い込む。
「シウ=アクィラさんよね? 先日も王城で大活躍したとか。今日も片付けに駆り出されているのでしょう?」
上位貴族と思しき令嬢が微笑む。彼女の指先が少し動くと、侍女がお茶を隣のテーブルに用意した。別の侍女たちはお菓子をセットする。包囲網が完璧だ。シウを囲む侍女らも有無を言わせぬ笑顔で迫ってくる。
「ええと」
「少しは他の生徒にも活躍の場を分けておあげなさい」
「はあ」
「それに、一番働いているあなたが休まないと、遠慮してしまう生徒もいるわ」
「あ」
「分かっていただけたようね。さ、どうぞ、お座りなさいな」
シウは侍女の案内を受けて椅子に座った。この椅子も彼女たちが持ち込んできたもののようだ。視線で気付いたらしい令嬢が微笑む。
「中庭のテーブルセットが騒ぎで壊れてしまったそうなの。我が家は家具の生産で名を馳せていますのよ。ちょうど良い宣伝になりますわ」
宣伝という言い方をしているが、寄付するという意味だ。貴族が本来持つべきであろう義務を果たす。その姿に、シウは自然と頭が下がった。
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