607 働き過ぎ禁止、再流行と警戒、慰労準備




 シウ特製万能ポーションを飲んで元気になったからと、まだ働く宣言をしたガスパロにはシウだけでなくククールスも呆れたようだ。指摘したのはシウである。

「いや、ダメだからね? ガスパロももういい歳なんだから、無茶はしないように。ポーションは今までの疲労の蓄積を解消しただけで、これからも頑張れって意味じゃないんだよ」

「う、うお、そうか」

 シウに気圧されたガスパロが後退りながら頷いた。

 ククールスがニヤニヤ笑ってガスパロの背後に付く。

「そうそう。お前も歳なんだから、どっしり構えてろって。ほら、椅子に座ってな。そこから若い奴らに指示すりゃいいんだよ」

「俺より年上のククールスに歳だって言われたかねぇが、ま、シウの厚意だ。楽させてもらうわ」

「うん。そうして。僕らは薬草採取に行って、ついでに見回りもしてくるよ」

「助かる。ああ、薬草採取に関してはまだ緊急事態扱いだ。ギルド前から飛んでいいぞ。っと、待て、受理の判を押しておく。これが代行許可証な。見せてからじゃないと判を押せないんだってよ。さて、これでいいだろ」

 どうやらガスパロは本当に職員代理をやっているようだ。慣れない事務処理に戸惑いながらも、きちんと書類に書き込んでいる。

 そのうち交代の職員が起きてくるだろうが、シウやククールスが戻ってもなおガスパロがいるようなら対策を考えねばならない。

 働き過ぎは体を壊す。

 ヴィンセントやジュストたちの姿を思い出し、シウは「強制的に寝かせるのもいいな」と思った。それが伝わったのか、ガスパロがぶるりと震えて辺りを見回す。

「なんだ、やっぱ、疲れてんのかな。ほい、依頼書だ。悪いが、頼んだぞ」

「はい」

「なんでそんな笑顔なんだよ。止めろよ。おい、ククールスまで気持ち悪い顔で笑うんじゃねぇ」

「へいへい。じゃ、行ってくる。あんま無理すんなよ?」

「……おい、ククールス。お前、そんな優しい言い方する奴じゃねぇだろ」

 ククールスが美形を生かして微笑む。ガスパロがまた体を震わせた。

「分かった、分かったから止めろ」

 シウとククールスは顔を見合わせて笑った。


 王都を囲む壁を過ぎると、シウは飛行板に乗り換えた。ククールスはスウェイに乗ったままだ。

「ブランカは連れて来なくて良かったのか?」

「働き過ぎだったからね。フェレスもクロもお休み。ククールスも残って良かったのに」

「俺は疲れてないしな。スウェイも屋敷にいるとゆっくりできないだろ。ここ最近、人の多い場所やら狭い場所ばかりで過ごしたんだ。広い場所に行きたいだろうと思ってな」

「そっか。スウェイ、良かったね」

「ぎゃ」

 素っ気ない返事ではあったが、スウェイの声は柔らかい。ククールスに対して有り難いと思っているようだった。

 その後、曇り空の下を飛び続けてミセリコルディアの森に到着した。まずはシアーナ街道が縦断する入り口を見て回り、問題がないと分かると森に分け入った。

 互いに薬草を探しながら、どんどんと奥へ進む。スウェイは自由にさせた。シウとククールスの移動は主に飛行板だ。ククールスは時々、蜘蛛蜂糸を使った高強度糸を木の枝に巻き付けてターザンのように移動する。移動手段にもなる糸と錘の武器は、こうして普段から慣らすことで身に付くのだ。

「そういや、シーカーの見回り中に護衛たちから聞いたんだけどさ」

「うん?」

「飛行板のレースが再流行すると話していたぞ」

「そうなの?」

「元々人気はあったけどな。ただ、乗り方にコツがいるせいか持っているのは冒険者がほとんどだろ。ところが、だ。魔法競技大会で魔法使いが自在に乗りこなした。ひょろひょろした魔法使いが乗れるんだ、自分たちでも行けると思ったらしいぜ」

「あー」

「あとは単純に、他国まで噂が広まっていなかったのもあるだろ。シーカーの競技で目の当たりにした他国の奴等や護衛たちが興奮してたってよ」

 ククールスによると、一番レースが盛んなのはルシエラ王都で、定期的に冒険者たちが開催して遊んでいる。たまに冒険者仕様の飛行板でも競い合っているらしい。依頼を受けた帰りの、身内同士のやり取りだからギルドも目くじらは立てていないのだとか。

「俺は見てないけど、護衛たちが言うには魔法競技大会で披露されたレースのルールも良い感じだ。今後、もっと流行るにしろルールを制定した方がいいだろうな。でないと大会が開催されても俺たち地元組が勝てない」

「そこまで具体的な話が進んでいるんだ?」

「進むだろう、って話だよ」

「そっか。安全対策も考えないとダメだね」

「それそれ。個人でやるレースならともかく、大会ってことになるとルールに盛り込む必要がある。開発者であるシウの意見も取り入れよう、なんて考えてくれりゃいいけどよ。お前も安全安全って普段から言ってるんだ、ルールに口を挟みたいだろ?」

「うん、まあ」

「勝手に動かれるより、冒険者ギルドと商人ギルドに依頼して主導してもらった方がいいぜ。あいつらならシウの意見も取り入れてくれる」

「そうだね」

「どっかの護衛の男が零していたけどよ、ものすごく興味を持った貴族が自分の名前を冠したレースを開催しようと言い出しているとかなんとか」

「うわ」

「そいつが、元祖だって言い出したらギルドも困る」

「分かった。じゃあ、帰ったら商人ギルドに話を通しておくよ」

「ついでに偉いさんの、王子の許可も取っておいたらいいんじゃねぇか」

「そうだね。今は大変そうだけど、貴族が絡んでいるなら急いだ方がいいもんね」

「逆にこのどさくさに紛れて貴族の奴が動くかもしれねぇしな」

 まともなルールであれば構わない。誰が開催しようともシウは気にならなかった。しかし、ククールスが危惧する気持ちもよく分かる。節操ない貴族を見てきたシウだ。実際、我先にと王城に駆け込んだ貴族を見知っている。

 平民を守るでなく、自分たちだけが助かろうと動いた貴族だ。邪魔しかせず、王城に勤める人々は迷惑を被った。普段の何倍もの仕事が降りかかったという。

「用心するに越したことはないね」

 転ばぬ先の杖だ。シウは薬草を採取しながら段取りについて考えた。


 王都に戻ると、シウたちは冒険者ギルドで飛行板レースについて相談した。その頃には職員も復活していた。しっかりと話を聞いてくれる。交渉担当のスキュイたちは不在だったけれど、急ぎ伝えてくれるそうだ。

 シウとククールスは商人ギルドにも足を運んだ。シェイラもユーリもいなかったが、こちらも当番の職員が話を真剣に聞いてくれた。

 屋敷に戻ると、夕食作りの前に手紙を認める。

「ロランドさん、忙しいと思いますが急ぎの手紙を王城に届けてもらいたいんです」

「承知いたしました。お手紙を拝見しても?」

 宛名を確認したロランドは頷き、リコを呼んだ。彼がもっとも王城とのやり取りに慣れているからだ。

「忙しいのにごめんね」

「いえ、大事なご用でしょう。急ぎ参ります」

 リコの仕事はソロルたちに振り分けられた。シウにもできることはないかと問うたのだが、ロランドは笑顔で首を横に振った。

「もうそろそろ落ち着きます。大丈夫でございますよ」

 お客様も帰る段取りで忙しそうにしているが、それも明日と明後日で終わりだ。

 もう一踏ん張りすれば休めると、笑顔で返される。ならばシウにできることは慰労だろうか。料理長も大変だっただろうから、彼のためにもシウ一人で何か作ろうと考えた。

 この考えに賛成したのはロトスだった。レオンも一緒に手伝うと言う。

「二人も大変だったのに」

「いや、それを言うならシウじゃん」

「だよな」

 呆れ顔の二人を見て、シウは苦笑した。

「じゃあ、お願いします」

「ほいよ」

「任せとけ。といっても、シウほど上手なわけじゃないけどな」

「レオンは養護施設で手伝ってたんだろ?」

「まあな。小さい頃から料理屋でも仕事をしていたから、下拵えなら得意だ」

「ほーん」

「ロトスは下手だよな」

「うるせー。気持ちが大事なんだよ、気持ちが」

「はいはい」

 二人は仲良く言い合い、シウの指示通りに調理を始めた。

 作った多くの料理は魔法袋に溜め込む。慰労会はお客様が全員帰ってから、落ち着いてやった方がいいだろう。

 夜、カスパルにも報告して金の日の夜に開くと決めた。


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