606 情報共有、飽きたので冒険者ギルドに
火の日は屋敷から出ずに過ごした。シウは子供三人やジルヴァーとも存分に遊んだ。遠慮するリュカも巻き込んで遊べたのは、ロトスのおかげだ。彼が明るく振る舞ってくれるので、狭い室内であろうと皆が気楽に過ごせる。
レオンはエアストを「今だけだからな?」と甘やかしていた。シウ以上に調教が難しそうだと、ククールスは笑った。
アントレーネは騒がしい子供たちから解放され、スウェイと一緒に昼寝だ。
フェレスはマイペースで、ブランカは子供と遊び、クロがシウの手伝いである。
午後になると、皆で本邸に赴いた。
子供たちとブランカは引き続き休憩中のメイドを交えて遊ぶ。見守るのはリュカとアントレーネだ。
ククールスとシウはカスパルに会った。
昨日は詳細を話す時間があまりなく、情報交換は翌日にしようと言ってあったからだ。
カスパルにはほぼ隠すことなく三日間の出来事について語った。彼からもシーカーでの様子を聞き、冒険者目線のククールスと合わせて話を整理する。
ブラード家には客人も滞在していたが、この話し合いの時だけは聞こえないように結界を張らせてもらった。
その後は客人らとも情報を共有する。話せることは閉会式での学院長やヴィンセントの説明と変わりないが「魔獣スタンピードがもう起きない」という事実だけでも安堵したようだ。
また、大きな体のスウェイを始め、落ち着いた様子のフェレスを見ていると安心できるらしい。騎獣が屋敷内にいるのは貴族家としては珍しいが、人に慣れた強い騎獣が気楽にしている姿というのは思った以上に気持ちが落ち着くようだ。騎獣を飼ったら屋敷内で過ごしてもらいたいと夢を語り合う。その顔には笑みが見えた。
客人らは数日以内にシュタイバーン国へ戻る。その手筈も進んでおり、おそらく予定通りに飛竜便も動けるだろう。王都の上空どころか辺り一帯の空の見回りが進んでいるはずだ。
彼等の手伝いで、ブラード家の使用人たちは朝から走り回っていた。
シウもカスパルへの報告が終わると手伝いを申し出た。しかし「休んでください」と皆に断られる。最終的にロランドから「お休みください」とカスパルのいる遊戯室に押し込まれてしまった。
どうやら三日間のシウの働きを知って「絶対に休ませよう」と決めていたらしい。
仕方なく、優雅な格好で本を読むカスパルの向かいに座って時間を過ごしたシウだった。
とはいえ、屋敷内でじっとしているのにも飽きる。シウは翌日になると冒険者ギルドに赴いた。
ククールスも付いてきたのは、彼も飽きたからだろう。他は屋敷に残った。
「シウ、どうした。シーカーの生徒は休みじゃなかったか?」
ガスパロが怪訝そうな顔で寄ってくる。若手冒険者の指導も行うベテラン冒険者は、ククールスを見て拳を合わせた。
「お前も活躍したそうじゃねぇか」
「おう。大河の魔獣討伐に、王城の見回り、シーカーの警備もだぜ。働き過ぎだ」
「その割には元気そうだな。どうしたよ。依頼でも受けるか」
「バーカ、俺はシウの護衛だ」
「はっ! シウに護衛なんぞ、要るかよ」
仲の良い二人がやいのやいのと言い合う横で、シウは静かなギルド内を珍しげに見回した。普段は騒がしい場所だ。こんなに静かなのは深夜や光の日の午後ぐらいである。
「冒険者も休んでいるんだね」
「まあな。つっても、全員がいないのもまずい。有志が出てきてるのさ」
「ガスパロこそ元気だよね」
「俺ぁ、頑丈が取り柄だ。どのみち暇だしな」
「それが不思議なんだよ。暇だから仕事するっていう考えが俺にはない」
「お前はそうだろうよ」
ククールスにポンと言い返すと、ガスパロは依頼書の貼られた壁を指差した。
「なんだったら薬草採取の依頼を受けるか? いくらでも欲しいそうだぞ」
「薬師ギルドも大変だったらしいね」
「ああ。城やシーカーだけじゃない。あちこちから依頼が殺到したってよ」
在庫を全部吐き出し、薬師を総動員して作っても間に合わない忙しさだった。魔獣スタンピードが起これば予備の薬だけでは足りない。事実、兵士が何度も薬を取りに来たという。冒険者も薬師がギルドへ納品する際の護衛として働いていた。下っ端冒険者まで、全員だ。
ウェルティーゴ対策の薬も必要だった。王城だけが対処できても仕方ない。王都内にも騎獣はいる。シュタイバーン国と違ってラトリシア国では騎獣を持つ平民はほぼいないが、今の時期は魔法競技大会に出るためとして他国から貴族や魔法使いがやってくる。彼等自身の騎獣や、護衛として付いてきた冒険者の騎獣がいた。彼等のためにも薬は必要だった。
リュカも薬師の弟子として働いた。自宅待機の指示があっても、そこでできる仕事はある。薬草や素材の下処理だ。出来上がったものは冒険者が回収した。受け取った師匠が最後の仕上げを行う。プロの薬師にしかできない作業だ。
下処理というのは時間がかかる。薬師らは緊急事態にあたって分業を試みた。子供であろうと作れるのなら構わない。それに何より、師匠は弟子の力量をきちんと把握していた。だからこそ任せたのだろう。
「じゃあ、採取してこようかな。ミセリコルディアまでは誰も行けてないよね?」
「そうなんだよ。三つ目の森までは飛べたんだがな。まあ、あそこも最初は兵士が見張っていて入りづらくてよ」
「あの辺りに配置しておくと、街道で何か起こっても展開し易いからね。王城にも駆け付けやすい位置だから」
「だろうな。すごい勢いで戻っていったらしい。半数は一つ目の森で散開してたな」
「まだ敵の狙いが分からない頃かな。とにかく後手に回って、皆が右往左往だったんだ」
「それでもシウが大河で押さえてくれたから収まったんじゃねぇか。ありがとな」
「大河沿いの魔獣スタンピードについて、もう聞いてるの?」
「おう。戻ってきた冒険者が、対岸のお前の動きを見ていてな。面白おかしく話していたぞ」
「うわぁ」
「いいじゃねぇか。そのうち皆で飲もうぜ。ていうか、打ち上げやらないとな。おっと、採取依頼だ」
ガスパロはまるで職員になったかのように、依頼書を選別していく。
「そう言えば、カウンターに誰もいないね」
「本部長は会議だ。城に呼ばれてる。各ギルド長も呼ばれてるってよ。事件のあらましを聞くんじゃねぇのか? 今後のこともあるしな」
「ああ、うん」
「他の職員は大半が倒れてんな」
指を差した場所は二階だ。会議室が多く、シウも何度か入ったことがある。
「俺やロッカたちが運んだ。女は女がいいだろうってんで、ドメニカが近くの宿に放り込んだはずだぜ。そのドメニカも疲れてんだろ。戻ってこねぇ。留守番役の若い奴らは倉庫に行かせた。魔獣の一部を解体し始めてる。薬に使いたいって言われてな」
「そうなんだ」
「で、あいつらはそれすらできないほど疲れてる留守番役だ」
ガスパロが振り返って見たのは、食堂のテーブルに突っ伏す若い冒険者たちだった。
夜通し働いていたのだろう。留守番を任されたものの耐えきれずに寝たらしい。だからこそ、ガスパロがすごいと思える。
ルシエラの冒険者ギルドにとって助かる存在だが、シウは彼の体が心配だ。
「ガスパロ、いくら元気だからって無理は禁物だ。ちゃんと休んでね」
「おう」
「そうだ、特製ポーションあげる」
「要らねぇよ。俺にそんなもん、勿体ねぇだろ」
「勿体なくないよ」
「そうだぞ~。シウ特製のポーションだ。飲め飲め」
ククールスがニヤニヤ笑ってガスパロを取り押さえた。そしてシウに顎で「やれ」と示す。
シウは一瞬躊躇ったものの、ククールスの悪ノリに乗った。
「はい、どうぞ」
副作用のない、シウ特製の万能ポーションだ。さすがに竜苔の芽を使ったポーションは飲ませない。キリクには試せてもガスパロにはマズイと思う分別はあった。
はたして。
「お前らなぁ! ……うん? なんだ、どうした、頭がスッキリすんな。心なしか、体も軽くなったぞ」
ククールスの手を振り払ったガスパロがその場でぴょんぴょんする。彼は特に疑うこともなく、腕を振り回しながら嬉しそうにお礼を口にした。
「ありがとよ。これでまだ働けるわ」
シウは半眼になった。
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