603 シーカーへ移動、大講堂での説明と終わり
午後の移動時にはバルトロメも一緒だった。フラフラなのでオスカーが支えながら聖獣に乗っている。シュヴィークザームにはもちろんヴィンセントだ。その周囲を囲むような形で聖獣と近衛騎士のペアが飛ぶ。シウとブランカは先行した。
その後を――ほとんど横になるだろうか――スヴェルダとプリュムのペアが飛んでいる。
筋肉質のモノケロースが立派すぎて、先導役のブランカの姿が可愛く見えるほどだ。
続く聖獣たちも神々しい。
ポエニクスであるシュヴィークザームは言わずもがな。他にもレーヴェにスレイプニル、グリュプスとそうそうたるメンバーだ。
煌びやかな聖獣ばかりの中、騎獣はブランカだけだった。
それなのに彼女は全く萎縮していない。むしろ先導しているせいか、自分が偉くなったと思ってやしないだろうか。シウは少しだけ不安に思いながらも、やる気満々のブランカを宥めた。
「落ち着いてね、速く飛びすぎたら皆を置いてけぼりにしちゃうよ」
「ぎゃぅ!」
「もっとゆっくり行こう。ほら、最後尾が無理に速度を上げようとしている。正規のペアじゃないから危ないよ」
選び抜かれた聖獣や近衛騎士ではあるが、全員が相棒として契約したペアばかりではない。
「ぎゃぅ~」
ブランカは分かった~と答えるも、ついつい速度を上げてしまうようだ。シウは彼女を宥めながら、シーカー魔法学院までを飛んだ。
上空から眺めるだけでなく《全方位探索》でも視ていたが、すでに多くの人が大講堂に集まっている。周囲を騎士や兵士が囲っているのは万が一を想定してのことだろう。
魔道具も設置されており、警備に余念がない。
当然だが、シーカー魔法学院全体にも結界魔法が掛けられていた。通り抜ける時に校舎の屋上から見ていた騎士が解除する。素晴らしい防御結界はバシリオの成果だ。
大講堂内に入ると大勢が待っていた。生徒はもちろん、魔法競技大会に来ていた者たちもいる。ヨレヨレの人もいたが、寝ずに頑張っていたのだろう。それらは主に護衛であったが、中には生徒の姿もチラホラ見える。彼等も最前線で学校を守ったようだ。
そんな一同に視線を向け、ヴィンセントが壇上に上がる。
壇上には学院長がいた。全員が揃うのを待って、今回の件の説明と招待客への謝罪を口にする。
ヴィンセントが横に立っているからか、誰も学校の対応に不満を表すことはなかった。不満に思う人はもう帰ったのかもしれない。昨日のうちに宿へ戻った中には他国の貴族もいる。特にデルフの関係者は早々に引き上げたそうだから、残ったのは純粋に魔法の競技を楽しみに来た人だけかもしれない。
話の最後を締めたのはヴィンセントだ。
「通常、魔法競技大会は三年から四年に一度開催している。だが、今年は魔獣スタンピードに遭い、また他国の邪魔も入った。競技は途中で終わった。納得のいかない者もいよう。よって、改めて仕切り直したいと思う。皆にはぜひ、来年も参加してもらいたい」
静かだった会場内が徐々に騒がしくなっていく。漏れ聞こえる声はおおむね前向きだ。ヴィンセントの言葉にじわじわ喜びを感じている。
もちろん、他国から来るとなれば長い休みを取らねばならない。旅費もかかるだろう。躊躇いのあった者もいたようだが、ヴィンセントの「補助を考えている」という言葉に乗り気となった。
会場内が高揚していく。
「今回、奇跡的に死亡者は出なかったが怪我を負った者はいる。反省しなければならない部分も多々あった。しかし、同時に魔法使いたちの底力を感じた。突然の問題にも即応し、騎士や兵士に負けず劣らずの活躍を見せてくれた。魔獣スタンピードが起こった時にも率先して戦った。王城内に不審者が入り込んだと分かった際には、教授方を含めた多くの協力者が対応に乗り出した。教授や生徒だけではない。魔法競技大会に参加した者、他国から観覧に来ていた者もだ。ここ、シーカーでも皆が協力し合って乗り切ったと聞いている」
ヴィンセントが大講堂を見回す。多くの人が彼を見つめていた。
「――よく頑張ってくれた。ありがとう。他国の方々にも感謝申し上げる。よくぞ、共に戦ってくれた。奇しくも魔法競技大会という場で、魔法使いの偉大さを改めて世界に見せつけられた。今日という日は歴史に残るだろう。この日を皆と分かち合えたこと、わたしは決して忘れない」
締め括ったと同時に歓声が上がる。
ヴィンセントの言葉で「事件はもう終わった」と実感したからだ。
ようやく力を抜いていい。そう、ハッキリと告げたヴィンセントに喜びを表す。
誰も彼もが声を上げ、隣の人と握手したり抱き合ったりしている。
涙を流す人もいた。バシリオたちがそうだ。娘二人と抱き合いながら泣いている。
プルウィアは疲れの残る顔で生徒会長のミルシュカと踊っていた。踊るというよりは、ミルシュカの手を取ってクルクル回っているのだろうか。肩に乗っていたプルウィアの相棒レウィスが慌てて飛び上がる。
シウの所属していた専門科の生徒たちも合流し、喜び合っている。普段は先生の威厳なんて感じられないバルトロメやアルベリクは、どうやら褒め称えられているようだ。
いや、アルベリクはミルトに背中を叩かれていた。その後にフロランも叩いているので、二人が何かやらかしたか言ったのだろう。いつもの光景だが、ミルトの手の勢いは弱い。
スヴェルダはオリヴェルと一緒にクラリーサと話をしている。こちらは情報交換だろうか。真面目な顔だ。その横にはレオンもいた。レイナルドがやってきて、全員に抱き着こうとして拒否されている。
ファビアンとカスパルは端の方でいつもと変わらない表情だ。他の生徒たちのような激しい感情表現は見せないけれど、微笑んでいる。もしかすると普段通りに互いの研究について語っているのかもしれない。
「シウ、どうしたのだ」
シュヴィークザームは人型に戻った途端に動きが緩慢になった。ヴィンセントが関係者と話をしているのに、用意された壇上のソファにさっさと座っている。
「皆の安堵した様子を見て僕もホッとしたというか――」
「ふむ。だが、我は不満だ」
「なんで?」
「おぬしが一番活躍したであろう? だが、ヴィン二世は言わなかった」
「あー、それはそれで良かったと思う。あと、一番っていうのはないよ」
「うん?」
「皆が活躍した。誰もが頑張った。そう思わない?」
「……ふむ」
大講堂内にククールスやアントレーネの姿はない。彼等は騎士らと共に今もシーカーの見回りを続けている。フェレスやクロもだ。彼等に対して、ヴィンセントが名指しで頑張ったなとは言わない。
でもちゃんと「感謝」の中に入っている。
「王城ではシーラ様たちも頑張ったよね。カロラ様やカルロッテ様も。ジュストさんたち秘書だけじゃなく、裏方の文官に研究員もだ。聖獣や騎獣もだよね」
「そうであったな」
「誰が一番っていうのは、ないんだ。あえて言うのなら、誰もが一番、かな」
「ふむ。それはいい。我もかなり活躍したが、我だけでは無理であったろう。大勢の助けあってのこと。全員が活躍したのだな」
「そうそう」
話していると、ヴィンセントが戻ってきた。
「シュヴィ、次は養育院へ行くぞ」
「うん?」
「お前が後ろ盾になっている施設だ。もう安全だと示すためにも、姿を現すのならちょうどいい場所であろう?」
「ふむ。では行くか」
ヴィンセントは、動こうとしたシウに手を振った。
「お前の仕事はもうない」
「いいんですか?」
「あれらが護衛をするそうだ。これ以上は多すぎる」
と言って示したのはスヴェルダとプリュム、そして近衛騎士と聖獣ペアたちだった。
「そろそろ、お前を使うのは止めておいた方がいいだろう。内から不満が出てくる。やっかみだけならまだしも、外から干渉されるのは困るだろう?」
他国に付けいる隙を与えたくないという話だ。「自分たちも助けろ」と言われても困る。
「うわ……」
「そういうわけだ。もう休め。あとはこちらでなんとかする。お前の仲間も引き上げさせていい。引き継ぎはウゴリーノでいいだろう。後ほど学院長から生徒に連絡が入るだろうが、学校は数日休みになる。後片付けに駆り出されるかもしれんがな。そうだとしても数日後になる。今は言う通りに『休め』。いいな?」
「あ、はい」
絶対だと言わんばかりに語尾を強められ、シウが唖然としている間にヴィンセントとシュヴィークザームは大講堂を出て行った。
こうして魔法競技大会は幕を下ろした。
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