602 深夜の感謝と続々と戻る人々、追い出し係
秘密は守るとして、ヴィンセントは何やらシウに言いたいことがあるらしい。
珍しくも、机の上に肘を突くという「だらしない」格好で力の抜けた声を出す。
「その力を我が国で振るってほしいとは思うがな」
無理だということは分かっているようだ。冗談めいた口調だった。
シウは肩を竦めて答えとした。
すると、ヴィンセントがそのままの格好でニヤリと笑った。
「お前には情の深いところがある。我が国にシュヴィークザームがいる以上、問題が起これば助けに飛んでくるであろう?」
「それはまあ」
「オリヴェルとも仲が良い」
「そうですね」
「娘のシーラにも良くしてくれたそうじゃないか。お前にすれば嫌な目に遭ったも同然だろうに、それを許した上に受け入れる。だが、気を付けろ。その優しさに付け込む俺のような人間もいる」
露悪的に言うが、これはヴィンセントなりの忠告だろう。
シウは彼の優しさに無言の会釈で礼とした。
結局、深夜になったことからシウは強制的に「今日の仕事」は終わりとなった。
またしてもシュヴィークザームの私室で休ませてもらう。
ブランカはあっという間に寝てしまい、シュヴィークザームも眠そうだ。
「バルトロメとやらはまだ研究室にいるのだろう? 興奮状態らしいが、大丈夫なのか」
「オスカーさんがいるから、たぶん?」
護衛たちにも連絡を入れたところ「そうなると思っていました」と返ってきた。
シウが席を外していると知って多少動揺はあったが、結局バルトロメは止められないと結論付けたらしい。交代で仮眠を取るという。シウにも「まだ若いのだから早めに寝てください、すみません」と謝る。雇い主が研究バカだと護衛たちも大変だ。
「オスカーという男も似たような性質に見えたがな」
「……そうかもしれない」
「それにベニグドの見張りはどうするのだ? 見張り役の担当だったと聞いたぞ」
「僕らが殿下の執務室を出る時にアルフレッドが通信を入れていたようだから、上手く調整できたんじゃないのかな」
「そうか。ところで、我にも詳細は話せぬのか。報告は終えたのであろう?」
「うーん。話してもいいとは思う。だけど、ほら、シュヴィたちは『善なる生き物』だから。どうやって説明すればいいのかと悩んでる。あー、つまり、悪意のある話なんだよ」
「そうか」
「殿下なら上手く説明できると思って、丸投げした」
「分かった。では、あれに話を聞こう」
「うん。あのさ、シュヴィ」
「なんだ?」
シウはベッドの上で顔だけを横に向けた。シュヴィークザームもチラとシウを見る。何故か二人で並んで寝ているのだが、ブランカも足元で寝ているので「雑魚寝」になるだろうか。
「シュヴィにもいろいろ頼っているよね。クロやブランカの祝福の時もそうだし、あ、フェレスの接収騒ぎの時もか」
「うむ」
「ロトスのこともだね。ジルやククールス、レーネとも仲良くしてくれてる。あ、バルもか。とにかく、シュヴィには感謝しているんだ。ありがとね」
「うむ。その気持ち、受け取ろう。しかし、どうした。悪いものでも食ろうたか? おぬしらしくないぞ」
「いや、僕だってたまには感謝の気持ちを表します」
シュヴィークザームはニヤニヤ笑い、ころんと体を横にした。少し丸まった姿はまるで子供のようだ。表情もどこか柔らかい。最初に出会った頃の無表情からすれば本当に変わった。
「どうした。企み事があれば言うが良い。聞いてやらぬこともない」
「あのねぇ……」
シュヴィークザームの言い分に呆れるも、長くは続かなかった。シウはプッと吹き出して、それから微笑んだ。
「嘘をつくのも内緒にしておくのも、聖獣にはきついことだと思う。なのに、ずっと僕の秘密を守ってくれた。ありがとう」
シュヴィークザームは目を丸くし、それからシウと同じ表情になった。
「構わぬ。我に任せよ。我は頼りになるであろう?」
「うん」
「シーラたちにも申したがな、我はシウも羽の下に入れてやろうと思うておる」
「そうなんだ」
「だがまあ、おぬしは一人で考え勝手に飛び出て動くからな。ふむ。だが、最近は少ぅし、相談する癖が付いたようではあるが」
シウは苦笑いで小さく頷いた。
シュヴィークザームはなんだかんだでよく見ている。やはり、聖獣の王の名は伊達ではない。そんな聖なる獣は、瞼をとろりと閉じながら「話はまた明日だ」と言った。
シウは小声で「おやすみ」と告げ、姿勢を戻して瞼を閉じた。
光の日になった。本来であれば魔法競技大会の閉会式が行われる日だ。
シウが昨日の続きをすればいいのかとお伺いを立てに執務室へ向かえば、ヴィンセントから「仕事はない」と素っ気ない答えが返ってきた。
「えっ、例の物体、魔道具はどうなったんですか」
「お前の説明した通りだった。連中め、夜通し研究を続け、他にも仲間を増やしてやりたい放題だ。シーカーの教授はどこも似たり寄ったりだな」
「あの、もしかして、他の先生方も?」
「寝ずにやるものだから、苦情が上がってきている」
「え」
「『招聘した方々が休んでいないのに自分たちだけ休むわけにはいかない』とな」
「あー」
つらい、しんどい、なんとかしてくれと担当部署から嘆願されているようだ。
「うちの先生方、揃いも揃って研究バカですから……」
代わりに頭を下げると、ヴィンセントは鼻で笑った。
「ふん。そのおかげで解明が大幅に進んだとも言える。それより、午後にはシーカーへ移動するぞ。お前もその心づもりでいろ」
「殿下が行くのですか?」
「そうだ。ウゴリーノを伴う。護衛はダグリスだ。シュヴィ、お前も行くぞ」
「我もか?」
「そうだ。シウにも来てもらう。だが、シュヴィはブランカに乗るな」
「ふむ。……では、ヴィン二世は我に乗るか?」
ヴィンセントはニヤリと笑って頷いた。シュヴィークザームも心なしか嬉しそうだ。
普段、ダラダラしてゴロゴロするのが好きなシュヴィークザームなのに、やはり相棒を乗せるとなれば違うらしい。
シウは口元がムズムズしたけれど何も言わなかった。言えば、子供みたいなシュヴィークザームが拗ねると思ったからだ。
代わりに口を開いたのはジュストだった。
「午前は忙しいですよ。シウ殿はポエニクス様を見張っていてください。とにかく人が足りません」
「アランはこちらに戻す。だから彷徨くのは禁止だ。昼食は早めに済ませておけ。午後一番に迎えを寄越す。執政宮から飛ぶ。そのつもりでいろ」
「あ、はい」
「シュヴィに言ったのだが、まあいいか。シウ、頼んだぞ」
シウは返事をしないシュヴィークザームの代わりに「はい」と頷いた。
またシュヴィークザームの私室に戻り、シウたちは時間を潰すことになった。暇なのでシウが《全方位探索》で王城内の様子を視てみると、人々が大移動している。
貴族たちを本格的に追い出すようだ。
他にも、手伝いに来ていたプルウィアたち生徒が聖獣に乗って次々と王城から出て行く。
応援に来ていたシーカーの教授たちも順に移動を始めているようだった。
残っているのはヴァルネリと秘書の二人だけではないだろうか。おそらく、徹夜続きで寝ていると思われた。部屋から動く様子がない。
「どうした、シウ」
「貴族が追い出されているみたいだから」
「ようやくか」
「シーカーの先生や生徒も続々と出て行ってるね」
「ふむ。シーカーに集めるのであろうな」
「閉会式のために?」
こんな事態なのに閉会式をするのだろうか。
王城が手薄になるのではないかと思ったが、よく考えれば邪魔な貴族がいなくなれば元々王城で働く人にとっては助かるわけで、つまり問題はなくなる。
「あー、だからアランさんまで動員するのか」
「近衛騎士を追い出し係にするとは、ヴィン二世もなかなかやるな」
「だよね」
シウが表離宮の方面を視ると、近衛騎士だけでなく王族もいた。
「追い出し係にヴィダル殿下もいるみたい」
「ははは。奴め、さては賭に負けたな」
ヴィダルは二番目の王子だ。悪戯ばかりする彼が嫌いだと言う割に、シュヴィークザームは楽しげだった。賭けをして負けたから「嫌な仕事を割り振られた」と分かるのも、それだけ親しい証拠である。
なんだかんだで、シュヴィークザームはヴィンセントやその家族が好きなのだろう。
シウも笑いながら、追い出し係たちの奮闘ぶりを教えてあげた。
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