601 魔人族の影




 インキュバスもサキュバスも心を操れる。精神魔法が人族のレベルより遙かに高いのだろう。それでも魔人族の中では弱い方になる。よって、人族がイメージする「魔人族は好戦的」とも言い切れない。

 とはいえ、彼等は困っている人の姿を見るのが楽しいのか、事件を起こす。今回の件にも当てはまった。であれば、仮定であろうと報告すべきだ。シウは顔を上げた。

「ヴィンセント殿下に急ぎ伝えたいです」

「分かった。抜けていいよ。僕はもう少し観察してみる」

「わたしも手伝いましょう。素材についてはバルトロメ先生がお詳しいですし、魔道具の構造ならわたしが専門家ですからね」

 オスカーの言葉に、バルトロメが「僕らは良い相棒になれそうだ」と微笑んだ。

 二人は契約魔法を受けたことに文句も言わず、シウが無詠唱で使えた件にも触れずに解析を再開した。


 通信魔法で伝えるよりも直に話した方がいいだろう。そう思い、シウは廊下に出ると「ヴィンセント殿下に至急お目に掛かりたいです」と伝えた。

 待機していたアランが驚いたものの、すぐに頷き指示を出す。

「シュヴィークザーム様もご一緒に参りましょう。ブランカ殿に乗ってください」

「うむ。お主も後ろに乗れ」

「はっ」

「僕は飛行板で先行します」

 廊下に集まっていた騎士や兵士が場所を空けてくれる。同時に、ルート上を阻むことがないよう連絡もしてくれた。

 シウたちは急いで研究棟から執政宮に向かって飛んだ。



 ヴィンセントはシウの早い戻りに目を眇めた。顰め面とまでは行かないが、相変わらず怖い表情だ。

 その顔のまま、周りにいる文官たちに目を向ける。

「何か分かったようだな。人払いするか?」

「できればお願いします。いえ、後で話してもらうのは構わないんですが、先に相談したいというか――」

「ジュストとウゴリーノ、ベルナルドだけ残れ」

 ヴィンセントの指示は早かった。シウがうだうだ言う間にテキパキと進める。

「先ほどの件については後回しでいい。ダグリスとアルフレッドは共に行け。クリスは、学院の生徒たちを明日帰す段取りで仕事を纏めろ。ジュストの手伝いはその後でいい」

 急ぎの案件らしい仕事を命じられた者から順に出ていく。文官も慌てて資料を手に部屋を出た。

 侍女もだ。彼女たちは廊下を挟んだ向かいの部屋に向かった。テキパキ動く様子から、仕事はいくらでもあるようだ。

 クリスは騎士を連れて出ていった。王城に泊まっているプルウィアたちへの連絡だろうか。

 誰も彼もが急な変化に即応している。突発的な事態に慣れてしまったのは、そうしなければ追いつかないほど仕事が多いせいだ。

 その仕事をシウがまた増やすことになる。

「例の、魔道具らしき物体の件です。おそらく、魔人族が関わっているかと思われます」

 息をのむジュストとウゴリーノに対して、ヴィンセントと近衛騎士のベルナルドは落ち着いている。正確には、ヴィンセントは眉を顰めていた。ベルナルドは動揺が顔に出ないだけだ。近衛騎士として動じない訓練は受けている。

「詳細は後ほど、バルトロメ先生から改めて報告書が上がってくると思いますが」

 言いながら、シウは自動書記魔法で綴ったバルトロメやオスカーとのやり取りを見せた。

 会話した内容をそのまま写したのではない。抜粋し、書き直している。

 受け取ったヴィンセントは顰め面のままサッと読んだ。

「……なるほど。専門家も知らない魔獣の素材に、常識とは違う造りの魔道具か」

「中に使われていた素材の全てが希少でした。組み合わせ方も独特です。これがもしもロワイエ大陸の人間が作ったのだとしたら、商人ギルドや魔術士ギルドで有名になっています。僕の耳にも入るでしょう。仮に制作者が犯罪者だったとしても情報として上がってくるはずです」

 シウは少し迷って、続けた。

「中を開いたので、簡単にですが魔術式の展開と解析を試みました」

 最後の最後でやはり気になってしまい、シウはバルトロメが物体を開いた時に現れた中心部分を読み解いた。開いてしまえば術式を守っていた防御や隠蔽はほぼ意味を成さない。あとは術式自体に掛けられている防御トリックのみ。シウは術式まるごとを記憶した。解析はヴィンセントのところへ来るまでの道中で試みている。

 シウの言葉にヴィンセントの眉がピクリと動いた。

「術式に使われている文字は古代語に似ていました。古代語と断言できないのは、現代に残っている文字一覧にないからです。ただ形や組み合わせ方法を見ると、古代語に一番近い。それに術式の多くは精神魔法に関する内容です。術式を守る結界や防御ですら精神魔法から派生したもののようでした」

「精神魔法ならベニグドが考えた可能性もあるのでは?」

 ないと思っている顔で、ヴィンセントが問う。シウは首を横に振った。

「彼ではないと思います」

 ヴィンセントの片方の眉が上がる。シウはその理由を口にした。

「魔道具の真の目的は魔獣を呼び寄せるものでした。古代帝国時代に最も多く使われた『魔獣呼子』と同じ考えの下に作られています。しかし、造りは全く違う。術式の流れもそうですが、それよりも根本的な問題です。この魔道具は埋め込んだ対象者の体を通して、魔力を永久機関的に使う構造となっていました。僕が思うに、人間の体に埋め込むことを想定し『馴染ませるために』魔獣の皮を使ったのではないでしょうか。一般的に使われる魔道具の素材、たとえば金属や植物よりは魔獣の皮の方が組成的にはまだ近い」

 人間の体は異物に対して反応する。件の制作者はその事実を知っていたのではないだろうか。そして、なるべく馴染ませようと考えた。拒否反応が出れば魔道具の機能が十全に発動しないからだ。埋め込む人間のためではない。なにしろ生きた人の腹に埋め込むための魔道具だ。

 制作者の所業はあまりに恐ろしい。まるで「悪魔」だ。

「魔人族が関わっていたと考えれば、答えにも納得いくんです」

 ジュストたちは固まったままだ。呆然とシウを見ている。ベルナルドの腕にも力が入っているようだった。

 ヴィンセントだけが真っ直ぐにシウを見返した。

「魔法国家として名高いラトリシア国の王城には、一流の能力を持つ専門家がいます。ところが今回は後手に回った。ベニグドや彼が洗脳したと思しき人々の完全鑑定が上手く出なかったのもおかしすぎた。詳細に視られるような仕組みに作り替えた魔道具なら、きっと答えが出るのでしょうが」

「……精神魔法の高レベル者、つまり魔人族がベニグドに協力していたから分からなかったと言いたいんだな」

「はい」

「有り得る話か」

 ヴィンセントが腕を組んで思案顔になった。ジュストとウゴリーノがようやくといった様子で息を吐く。ベルナルドは緊張状態のままだ。まるで今すぐ魔人族が襲ってくるのではないかと、身構えているかのようだった。

 ただ、もしもまだ魔人族がベニグドの傍にいるのなら、もう少し派手な動きが二手三手と続いた気がする。

 シウの知る魔人族も、ソフィアにちょっかいを掛けるだけ掛けて去ったようなのだ。長く留まることはなかった。

 インキュバスやサキュバスが強くないためだ。あくまでも魔人族の中では、という前提になるが、攻撃魔法の使える第一級宮廷魔術師が相手であれば倒せてしまう。それに彼等は人族に見付かれば問答無用で襲われると分かっている。だからか、一つところに長く留まらない。

 もし王都にまだ残っていたとしても、こちらとしては精神魔法の攻撃さえ避ければいい。となれば対策は立てやすい。騎士や兵士でも捕縛は可能だ。魔人族も問答無用で倒されるかもしれないと分かっているのだから、引き際は弁えている。

「ふむ。念のため、高位神官を配置しておくか」

「聖別魔法の持ち主にも来てもらいましょう」

「ああ、その方が精神魔法の痕跡も完全に消せるな。ベニグドにも掛けておこう」

 シウの提案をすぐさま受け入れ、ヴィンセントはジュストに指示を出した。

 彼は最後にまたシウへ視線を戻すと、ニヤリと笑った。

「魔術式の展開と解析、鑑定もか?」

「あー、いえ、あのー」

「分かっている。お前に関する情報はここだけに留めておこう。ジュストたちも分かっているな?」

「承知いたしました」

 ウゴリーノもベルナルドも黙って頷き、了解を示した。

「元より、お前にはミスリルカードを渡している。特別扱いだ。誰に何を言われようとも押し通すさ」

 そう言って、ヴィンセントはシウの秘密を守ると約束してくれた。


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