600 素材の研究解明と、ある事実に至る理由
自分の言葉を反芻し、バルトロメは眉を顰める。
「え、人の体の中に魔道具を仕込んであったってこと? しかも、新種の魔獣素材を使って? その人、勇気あるね。……あっ、もしかして奴隷っ?」
シウとオスカーは視線を交わした。
先に口を開いたのはオスカーだ。
「犯罪者自身が腹に隠し持っていたんです。ご安心を」
「ああ、そうなの」
それが安心になるのかは不明だが、バルトロメは穏やかなオスカーの口調に納得させられていた。
シウは、バルトロメに次の話題を提供した。
「先生、ここにも魔獣の素材が使われています。たぶんこれ、エールーカグロブルスの糸を使って縫い合わせているんじゃないかな」
「えっ、あの幻獣の? どうして分かるの」
「うちにいたからです。彼等はカタピロサスやボンビクスよりも遙かに魔法の通りが良い糸を吐くんですよね。高機能ゆえに扱いづらい新種の素材にはピッタリですね」
「いた、って……。どうしてその時に教えてくれないの?」
バルトロメはショックを受けた顔でシウに詰め寄った。過去形で話したせいで「もういない」と思ったようだが、今はクロと共にシーカーで過ごしているはずだ。
シウが安易にエルと名付けた芋虫幻獣は、現在エールーカアルゲンテウスという最上位に進化している。
シウはエルの飼い主であったアリスから、当時のエルが吐いた糸をもらっている。それを魔法袋からという体で取り出した。
「参考までにどうぞ」
「わぁ! シウ、ありがとう」
簡単に誤魔化されてくれたバルトロメに苦笑いし、シウは話を続けた。
「新種の魔獣は、ええと仮に名前をリムスラーナと付けてもいいですか? 背中の器官に泥が溜まっていたのでそれらしく名付けていたんです」
「ああ、うん、いいよ!」
「……ええと、そのリムスラーナの器官は高機能すぎて、普通に閉じたのでは同じ効果を出せませんでした。僕が生産魔法持ちなのは知っていますよね? それでも難しかった」
「魔力を溜めておくのだものね。魔法袋を作るのと同じか、もしかしたらもっと大変かもしれない」
「はい。そこで特別な糸を使ったというわけです」
「縫い目も工夫した?」
「もちろん」
魔獣魔物生態研究の教授だけあって、彼は素材をどう最善に使えるかも覚えている。
シウが縫い方を説明すると「それはまた難しそうだね」と唸った。
「だって、魔力を込めながらだよね? しかも均一に縫うはず」
「はい、苦労しました」
「となると、ここ、見て」
示した先にあるのは、エールーカグロブルスの糸を繋いだ先だ。
「リムスラーナの皮とここを固定してあるよね」
「はい」
「大事な場所ってことだ。本来なら術式を書き込む場所は中央にあるものだよね。術式を守るために周りを囲っていくのだから当然だ。物理的な防御も兼ねている。容れ物もそうだね。この考え方は古代帝国時代から続いている、いわば『常識』だ。でも、この作り手が一番大事にしているのは、ここ」
「罠ですか?」
「それもあるかもしれない。だけどね、僕が言いたいのは『発想の独特さ』だ」
「ああ、そう、ですね」
「君だって気付いていただろう? シウ、君は魔道具を幾つも開発する専門家だ。術式を考えるだけではなく、実際に製作もする。生産科のレグロ教授が何度自慢していたことか。トリスタン教授も褒めていた。そうそう、あのヴァルネリ教授やオルテンシア教授でさえ、君の卒業を惜しんだ。そんな君が、このおかしさに気付かないわけがない」
シウは想像する中で最も最悪だと思われる考えを口にした。
「……魔人族が関わっているかもしれません」
普通の人族では有り得ない発想と、使われた素材から導き出した答えだ。
「僕もそう思う」
バルトロメが確信した様子で頷く。
魔人族について詳細を語る本は少ない。古代帝国時代のものが一番詳しいだろうか。古代語で記されているため、代々の専門家が翻訳して残した。
バルトロメはシーカーの教授だ。当然のようにそれらを読んだのだろう。
「僕はね、アドリアナ国の迷宮が暴走した件は、人為的だと思っているんだよ」
「わたしもです」
オスカーが手を挙げる。バルトロメが頷いた。
「教授会でも話題に上った。オルテンシア教授も故郷で起こった魔獣スタンピードについて調べた。すると、どうだろう。原因はアドリアナ国の迷宮のようじゃないか」
「アドリアナ国も『仕掛けられた』と発表しましたしね」
「オスカー殿とも学校で少し話したんだよ。ただ、彼は、というか関係者たちは契約魔法を受けているから詳しくは話せないんだね。オルテンシア教授も歯痒いようだった」
シウは静かに頷いた。
「君も話せないのだろうなと思って深くは聞かなかったんだ。シーカーの教授たちの見解では、発端となった人間がいて、その所属はウルティムスのような無法国家を想定していた。けれど、目的が変なんだ。ウルティムスが求めるのはいつだって黒の森の攻略だろう? じゃあ、デルフ国はどうだろう。しかし、彼等も穀倉地帯が欲しいだけで離れた国に騒動を起こしたいわけじゃない」
オスカーも頷く。
バルトロメはクルミ大の物体を手に持ち、くるりと回して全方向から眺めた。
「変わった素材に常識を覆す造りの魔道具。そして人の体の中に仕込むという残忍さ」
その後をオスカーが継ぐ。
「古書には載っていないような魔獣呼子の件もありますね」
アドリアナの迷宮にあった祭壇跡も不思議と言えば不思議だった。「誰かが発動させた」のも、考えれば変だ。あんな場所に入れる人間は限られている。
「僕が魔人族だと思ったのは『人の体の中に異物を仕込む』という考え方だ」
バルトロメは苦々しい表情のまま続けた。
「古書にもあったんだけどね。彼等は魔獣を操るだろう? やり方はいろいろある。その中に、魔獣の腹に魔道具を仕込む方法があった。魔獣を改造したり掛け合わせたりといった研究もしていたようなんだ。その中に魔人族の記述があった」
シウは心の中で「それは古代帝国の人もやったことだ」と思いながら、ただ黙って聞いた。
「実験ってね、続けていると麻痺するんだ」
だから、自分が行きすぎていないか常に振り返るのだと語る。
バルトロメが授業中によく話を脱線させるのも、魔獣の恐ろしい話題が出た時に多い。時に笑いを入れることで、生徒たちに「普通」を思い出させていたのだろう。
「それに、魔人族には『災いを楽しむ』という性質があるよね。数年前にもシュタイバーン国で問題を起こしたそうじゃないか。時折現れては大なり小なり事件を起こす。シュタイバーンでは人の心を弄ぶだけだった。でも、大昔には戦争を起こした」
シウは魔獣の素材がロワイエ大陸にないものだから「魔人族が持ち込んだのではないか」と考えた。バルトロメは違う。彼は別のアプローチで辿り着いた。
しかも、ある事実を思い出させてくれた。
「……オスカーさん、バルトロメ先生、契約魔法を掛けさせてください」
それから、話の内容は聞こえていなかっただろう研究者たちに、外に出るよう促す。
シウの知る魔人族の性質はベニグドとそっくりだ。その事実に気付いてしまった。
「ベニグドについて、そして、僕が間接的に知った
二人は厳しい表情で頷いた。
シウは過去に、悪魔憑きと言われた少女に狙われたことがある。シウが狙われたというよりはフェレスを欲しがられた。最初はただの我が儘な女の子だと思っていたが、途中からおかしくなった。
思えば、その頃だろう。彼女は心の隙をインキュバスに狙われた。
ソフィアという名の少女は行動をエスカレートさせ、ついには捕まった。その際に悪魔憑きだと判明した。
悪魔憑きという名ではあるが、実際にはインキュバスの精神魔法を受けていたようなもの。可哀想だと同情する気持ちもあったが、調査した多くの人によれば、本人が「自分の欲望のために」受け入れたという。
結局、精神魔法の汚染を解除されてから、ヴィルゴーカルケルという最も厳しい牢獄に送られることとなった。しかし、護送の途中で逃げ出してしまい、今も行方不明だ。
ソフィアはシウを恨んでいた。だからシュタイバーンの冒険者ギルドに顔を出すたび情報を教えてもらっている。
その事件の際に知ったインキュバスの情報を、シウは二人に話して聞かせた。
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