599 口裏合わせと勝手に想像、肩透かしの末に




 苦笑いのまま、オスカーは溜息を漏らした。

「なるほど。出所を明かしたくないのですね。しかし、アドリアナの迷宮産だとは言える。ふむ。迷宮核のあった祭壇跡は古代の遺物でしたし、魔獣呼子を飲み込んだ海獣もいた。魔獣呼子も古代に開発されたものだ。もしや、その魔獣の素材は古代生物に近いのでしょうかね。だとしたら大発見だ。けれど、シウ殿は明かしたくない」

 シウは曖昧に笑った。

 オスカーの発想力には驚くし、なるほど、そういう考えもあるのだと気付いた。

 だがなにしろ演技力のないシウだ。笑顔で誤魔化すことにした。


 魔獣の素材について素知らぬ振りをしても良かった。

 そうなると、おそらくマルタラーナに似た新種として、ロワイエ大陸における新名称も付くだろう。

 シウも迷った。

 ただ、シウは先日、これに似た効果の魔道具を開発したばかりだ。関連性に気付かれた場合が厄介である。それなら、偶然見付けた素材を研究していたから「似た効果」で魔道具を作った、と告げた方がマシな気がした。

 それに同じものがこれからも出てくる可能性がある。

 また、オスカーを巻き込んでまで「迷宮で素材を得た」という形にするのも、ベニグドと関わりがあると思われたくないからだった。

 シウが活躍すればするほど、疑いの眼差しを向ける人も出てくるだろう。いわゆる「マッチポンプ」だと、考える人だっているかもしれない。ベニグドと協力して魔獣を呼び寄せた、だなんて思われるのは癪だ。

「口裏を合わせる役者に選んでもらったのは嬉しいですね」

「そうですか?」

「研究素材が増えるわけですからねぇ」

「あー」

「安心してください。わたしはもう、シウ殿の後ろ盾であるオスカリウス家に雇ってもらう気満々です」

「あはは」

「とはいえ、契約の関係上、またかつての仲間たちと同じような恥知らずになりたくないので軍時代の情報は流せませんがね」

「それは当然です。むしろ、揉め事を起こしたくないのだから改めてシャイターンの上層部と契約し直してもらっても構いません」

「えぇ、嫌だなぁ。奴等、わたしがオスカリウスに行くと知ったら足元を見て無理難題を言い出すかもしれないよ。それも、わたしじゃなくてオスカリウスに対してね」

「そこはオスカリウス家が上手く動いてくれると思います」

 シウの脳裏にはシリルがニヤリと笑う姿があった。彼だけではない。オスカリウス家には優秀な人材が揃っている。

「まあ、シウ殿が仰るのであれば間違いありませんね。では、打ち合わせといきましょう」

「はい」

 シウは話の早いオスカーに安堵し、事情を説明した。

 もちろん、クレアーレ大陸で見付けたとは言わない。とある場所にて捕まえたのだと濁せば、彼は勝手に「黒の森か」と納得した。

 自然な誘導もあった。

 オスカーはシウの背景事情を知っている。キリクが後ろ盾であるのは、彼の恩人がシウの育て親であったことという説明は対外的に分かりやすかった。また、黒の森から溢れた魔獣スタンピードの応援に行った話もオスカーは聞いている。キリクとの世間話で、何故そんなにシウへの信頼が篤いのか、その理由を説明するのに使われたからだ。

 シウの強さを手っ取り早く証明するにはキリクの言葉が一番である。

 隻眼の英雄として有名な男が「こいつは一人で黒の森に調査へ入って戻れる実力者だ」と言えば信じるしかない。

 オスカーは、シウがシャイターン国で起こった海の魔獣によるスタンピードの対応に出たことも知っている。アドリアナ国の迷宮騒ぎでは先頭を走った。彼は実際にそれを見ている。

 だからこそ、オスカーは想像力を膨らませて一人で納得した。

「ウルティムスの間諜に知られるのも厄介ですしね。黒の森への進行を思い止まらせるどころか、早めてしまう。シウ殿の心配は分かります」

 これは「シウのような若い冒険者が単独で黒の森に入って戻れる」のだから「自分たちも問題なく行ける」と勘違い・・・すると思っての台詞だろう。行軍が失敗するならともかく、いやそれも良くないが、万が一にも魔獣呼子のような呪術具を拾われては困る。

 オスカーはシウより積極的に「嘘の設定」を作り上げた。


 そこまでしたのに、バルトロメは素材の出所について一切疑わなかった。

 彼はそれよりも魔獣についてを知りたがった。拍子抜けしたのはシウだけではない。

「迷宮の中で独自の進化を遂げたのかもしれないね。大きいのなら食いでがあっただろうし、それで大型の海獣に狙われたということかな。ところで現物まるごとはなかったの? 海獣の腹の中にあったのは死骸の一部だけ?」

 という説明をしたのだが、バルトロメはまるごと信じてくれた。

「えっと、残念ながら」

「そう。消化が進んでいたのかな」

 ふむふむと頷き、バルトロメはにこりと笑って手を出した。

「見せて」

「ええと」

「まだ持っているよね? 実験したとしても、研究者が珍しい素材を全部使ってしまうはずがない」

「……はい」

 オスカーの視線を感じながら、シウは魔法袋からという体でリムスラーナの一部を取り出した。真空パックにしていて良かったと思う。新鮮なまま残っていることの理由になる。

「おおおお!」

 早速パックを開けて観察を始めるバルトロメを横目に、オスカーが口を開いた。

「わたしに声を掛けてくれて良かったですよ」

「あー、はは」

「君は本当に素直すぎる」

 呆れ声ながらも表情は優しい。

「キリク様が手放さないのも分かるね」

 シウは頭を掻いて曖昧に笑った。


 バルトロメは観察を終えると、シウが提供した素材の一部を切り取って試薬に付けるなどした。

 用意したのは研究者たちだ。彼等も戻ってきて、簡単なバルトロメの説明で信用した。

 というより、情報の最先端にいるバルトロメがそう言うのだから新種の素材だと認めざるを得なかった。

「古書にも載っていない魔獣だ。強いて言えば、系統はマルタラーナだね」

「なるほど!」

「新種ですか」

 と、研究者たちは相槌を打った。

「だけど、迷宮産だからねぇ。しかも、生きた状態では見付かっていない。新種としての登録はできないなぁ」

「先生、そこは問題じゃありません」

 シウが口を挟むと、バルトロメだけでなく研究者たちも「あ」という顔になった。

「忘れていませんか。僕たちは、この中にあるものを『早く』調べなければならないんです」

 そのために外側をなんとかしたい。ところが鑑定も通らないような物体だ。一つずつ剥ぎ取って調べるしかなかった。

 魔獣の素材だと分かったところで次は中身である。シウは続けた。

「僕が調べた範囲では、この素材には毒をろ過する効果と魔力を溜めおく力がありました」

「うん。僕の見立てと近いね。そうか。毒にも強いのなら鑑定を通さない理由も分かる。毒を弾く機能の中には強力な結界効果もあるんだ。もちろん新種だったことで鑑定魔法の結果にも表れなかった。これね、魔道具ではなくて鑑定魔法持ちが直接視ていたら分かったかもしれないよ」

「あー、そっか。そうかもしれません。ただ、今は鑑定魔法持ちの人たち、休憩も取れないぐらい忙しいんです」

「わたしたち空間魔法持ちも少し前までそんな感じだったよ」

「オスカー殿も大変だったんですね。それなら仕方ない。さて、シウ。ここの結界を解いてくれるかい。問題のこいつ、本体の外側にある魔獣素材を剥ぐよ」

 無害だと分かったからだが、バルトロメは躊躇がない。研究者たちは顔を見合わせ「本当に大丈夫?」と心配そうだ。

 シウは苦笑いで、彼等を後ろに下がらせた。

「各自に対して結界魔法を使います。中身が飛び散ったり術式が暴発したりってことはないと思いますけど、念のため」

 結界魔法を対象物ではなく、人間に対して使う。

 研究者たちは素直に従った。


 結果として、リムスラーナの皮を剥いでも問題は起こらなかった。

「うん? シウ、これを見てくれる?」

 バルトロメが体を横にずらす。シウは反対側から視ていた《感覚転移》を切り、バルトロメに並んだ。

「ああ、魔道具としてはもう動いていませんね」

「やっぱりそうか」

「ちょっといいかい? これ、発動し終わったから動かなくなったようにも見えるよ」

 とはオスカーだ。彼もシウの背後から覗き込み、同じ感想を抱いた。

「あ、わたしは古代の魔道具研究をしているんだ」

 オスカーは振り返って研究者たちに説明すると、バルトロメに声を掛けた。

「中の動力を使い切ったからか、あるいは繋げていた大元から取り出したせいかもしれないね」

「なるほど。そう言えば、この物体は人の体の中にあったと話していたね」

 バルトロメは今頃になって、そのおかしさに気付いたようだ。


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