598 バレてはならぬ素材の誤魔化し方




 シウもどこかで見たような気はしていた。

 なのに、頭の中から除外していたのは、それがロワイエ大陸にいる魔獣ではないからだ。

 ブランカの方がよほど先入観なく、柔軟な考えで答えを導き出した。

 クルミ大の物体に使われている素材はリムスラーナの背中にある器官だ。シウは水袋と呼んでいる。毒をろ過する能力があって、皮には魔力を溜めておける効果もあった。

 実験を繰り返し、仕組みを理解したシウはリムスラーナの水袋を使わずとも作れる「ろ過水筒」を開発した。これは商人ギルドで特許申請し、すでに冒険者向けの商品として販売されている。

 他にも、リムスラーナの素材を使って《小型魔力庫》を作った。これは個人的な開発であり、シウはもちろん、仲間が「魔力の予備」として使う。表には出せない魔道具だ。

 そもそもリムスラーナの素材はロワイエ大陸で流通させられない。

 魔力渦の嵐で荒れ狂う厳しい海の、その向こうにあるクレアーレ大陸でしか生息していないからだ。ほとんどの人はこの海を越えられない。自然の驚異が大陸と大陸を隔てていた。

 そのためか、生物にも違いがある。リムスラーナのようなクレアーレ大陸特有の魔獣もそうだ。鑑定魔法を掛けても詳細が出てこないのは、それが知識にない魔獣だから。高レベルの素材は、そうとして見なければ視ることができない。

 ましてや魔道具ならば隠蔽も掛けられているだろう。もしかすると中の術式もクレアーレ大陸の文字かもしれない。

 シウが考え込んでいると、シュヴィークザームが口を開いた。

「ブランカ、今、なんと言ったのだ?」

「ぎゃぅぎゃぅ~」

「シュヴィ、黙って。ブランカも」

「うん?」

「ぎゃぅ……」

 ブランカはシウの声の低さに気付いて目を逸らした。尻尾がそろりと動き、ブランカの体に巻き付く。彼女はそれを口に含もうとした。

 シウは苦笑いでブランカの頭を撫でてやった。

「ごめん、怒ったんじゃないよ」

「ぎゃぅん」

「ふむ。よく分からぬが、考えの邪魔をしたのであろうな。悪かった」

「ううん。シュヴィもごめん。ちょっと待って。考えを纏める」

 バルトロメもシウを見ていた。

 研究者たちは不安な眼差しだ。シウが何かに気付いたことが分かったらしい。それが言えない何かだとも理解した。顔を見合わせ、席を外すかどうかで話し合っている。

 彼等にすれば中身が解明できればいい。研究者として素材は気になるが、優先順位も理解している。ヴィンセントに命じられているのは、あくまでも魔道具の解明だ。

 ベニグドが腹に隠してまで持ち込んだ使途不明の何か。

 魔獣呼子かもしれないし、もっと最悪かもしれない。どちらにせよ、危険物であるのは確かだ。

「わ、わたしたちは、少し休憩に入ります」

「ずっと働き詰めでしたから」

 そう言って、研究者たちが部屋を出て行く。

 アランは難しい顔だ。悩ましそうにシュヴィークザームとシウを交互に見る。バルトロメはもちろん残った。

 バルトロメが口にしたマルタラーナは、素材として旨味があるわけでもなければ変わった能力もない。森の中の水辺で見掛ける体長一メートルほどの蛙型魔獣である。突出した能力はないが、変わった特性があった。マルタラーナの背には小さな袋が多数存在し、そこに子供を入れて育てるのだ。魔獣ではない生物に「コモリガエル」がいる。学者の中にはコモリガエルが魔獣化したのではと考える者もいるようだ。ただ研究はあまりされていない。研究対象にされないのは、マルタラーナが魔獣の中では弱い部類に入るからだろう。

 シウにはマルタラーナの特性だけで連想できた。

 リムスラーナはマルタラーナのように子供を育てるわけでもなければ、体長も違う。魔獣としての強さもリムスラーナの方が遙かに上だ。

 けれど、同じような袋を背に持つ。そう、もしかしたら元々は同じコモリガエルだったとは考えられないだろうか。大陸同士が離れてしまった、あるいは行き来ができなくなってしまったがゆえに、各々が独自の進化を遂げた。魔獣も長い時間を掛けて変化はする。

 たとえば、ロワイエ大陸に超大型魔獣をほぼ見掛けなくなったのもそうだ。何らかの事象によって、生物は絶滅もすれば変化もする。

 ともあれ、そこに考えを馳せるのは今ではない。

 シウは迷った末、海獣の話が出たのをいいことにアドリアナ国で制覇した迷宮を利用しようと考えた。まだ、その方が信じてもらえる。

 クレアーレ大陸に行けるだなんて話は誰にも信じてもらえない。

 言う気もなかった。信じてもらえとしても、最初はすごいと驚かれるだけだろうが、そのうちに利を得ようと考える権力者が出てくる。

 そうなれば争い事の予感しかない。

 シウが転移で連れて行かなかったとしても、一度「行ける」と知った者たちの研究熱は加速する。やがて彼等は辿り着くはずだ。

 シウの脳裏に、クレアーレ大陸で仲良くなった爪長族のルアゴコたちが浮かぶ。厳しい生活ながらも平和に過ごしている彼等の日常を、壊すわけにはいかない。


 シウはリムスラーナについて語るために、必要な土台の部分を「嘘」で固めようと決めた。

 ちょうどオスカーが近くにいる。共にアドリアナの迷宮へ行った仲だ。彼に口裏合わせを頼めばどうか。

「……その、ある人と打ち合わせをしたいです」

「僕なら契約魔法を受けてもいいけど?」

 ニコニコと笑って告げるバルトロメに、シウは呆れ顔を向けた。

「先生、そんな簡単に」

「わたしは近衛騎士ですから、申し訳ありませんが受けられません」

 アランがすかさず口を挟んだ。バルトロメは開きかけた口を閉じる。

 溜息を漏らしたのはシュヴィークザームだった。

「おぬしは頭が固いのう」

「規則で決まっております。むろん、王族の命令であれば――」

「では端に立っておれ。聞こえぬ場所にいる分には問題なかろう」

「そういうわけには参りません。でしたら、シュヴィークザーム様も外に出ていただければ良いのです」

「おぬし、言うようになったな」

 シュヴィークザームの声がどこか嬉しそうだ。

「ふむ。仕方あるまい。では我も外で待つとしよう」

「あ、うん、ごめん」

「構わぬ。他に言いたいことはないのか? 何やら考えておったようだが」

「……ありがとう、シュヴィ。ええと、オスカーさんを呼んでほしい。もしも仕事中なら、えっと、見張り当番なら呼ばなくてもいい。後で話すから。でも休憩中ならこちらを優先してほしいんだ」

「うむ。アラン、行くぞ」

「はっ」

 元気よく出ていくシュヴィークザームをブランカが見送る。彼女はここに残るつもりらしい。

「ブランカも一緒に行って」

「ぎゃぅ~?」

「ブランカはシュヴィの護衛役でもあるんだよ。今のブランカのお仕事だ」

「ぎゃぅ」

「廊下で待ってて。大丈夫、ここに危険はないから」

「ぎゃぅ!」

 ブランカは納得し、尻尾をゆらゆらさせながらシュヴィークザームの後を追った。彼女の精神安定剤である尻尾がちゃんと元に戻っていたことに、シウはホッとした。


 バルトロメも一旦、外に出されることになった。近くに休憩用の部屋があるらしい。アルフレッドが準備していたようだ。彼はそつがない。そのアルフレッドはすでにジュストの次の指示に従って移動している。

 バルトロメに休憩するよう申し出たのはアランだ。

 シウがオスカーと打ち合わせできる時間を作ってくれようとしたのだろう。

 オスカーはすぐに駆け付けた。

 まだ休憩時間中で、仮眠も終わったところだという。シウは申し訳ない気持ちのまま、周囲に結界魔法を用いた。

「おや、頑丈にしますね」

「はい。オスカーさんに口裏合わせを頼みたいんです」

「ほう?」

「ある魔獣の素材を、アドリアナの迷宮で見付けたと証言したいんです」

 オスカーが訝しそうに薄目でシウを見た。腕を組み、片方の人差し指を顎にやる。

「僕が一人で『アドリアナの迷宮で見付けた』と話してもいいんですけど、信憑性に欠けますし」

「……実際にそこで見付けたものではない?」

「あー」

 オスカーはシウの返事や態度に、苦笑いを返した。










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・発売日 ‏ : ‎ 2023/9/29

・ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047376113



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