597 バルトロメとシウの謎物体観察




 シウは不思議に思ってバルトロメに問うた。

「先生、いつも魔獣の死骸に嬉々として触れるくせに、どうしたんですか」

「そうだけどさぁ。なんだか生々しいんだもん」

「それより、魔物が増殖するって言ってましたね。何の魔物だろう」

 シウが思い当たるあれこれを考えていると、バルトロメがサッと答えた。

「ああ、それはシックスヒルードーじゃないかな。昔の文献に似た事件が載っていたんだ。ねぇ、その魔物は小さくて緑色っぽくなかったかい?」

「小さかったとは聞いています。確か、干からびた黒茸のような形だったとか」

「だよね。だったら、たぶんそう。水を吸うと少し大きくなって、そこから勢いよく分裂するんだ。魔法を使うのだね。蛭だから血を吸うと大きくなるのは一緒だ。それでね――」

 蛭の魔物についての生態を話し始めたバルトロメは生き生きしていた。

 アルフレッドや警備をしていた兵士らは驚きつつもホッとした様子だ。これだけ語るバルトロメに頼もしさを感じたのではないか。知識の豊富な専門家がいるだけでも安心できる。

 多少、スイッチの入り方と周りの目を気にしない早口に引く様子も見えるが、シウは何も言わなかった。


 室内には何重にも結界が張れるように、またそれが分かる形で段差が付いていた。見える形にしてあるのはヒューマンエラーを防ぐためだ。

 他にも、分厚い障壁が人の手で簡単に引き出せる仕組みもあった。物理的な防御も考えられている。危険物を取り扱う専用の部屋として、よく考えられていた。

 バルトロメと同様、シウも少しだけワクワクした気持ちで部屋を見回す。

「シーカーの研究室も最先端の魔道具は揃っているけれど、自由に使えないんだよね。いいなぁ」

「許可をもらえば使えると聞きましたよ?」

 首を傾げるシウに、バルトロメが肩を落とす。

「魔獣魔物生態研究はいつも後回しにされるんだ。ねぇ、シウ。差別は良くないと思わないかい?」

「そうですねえ」

 雑談を交わしながら、中央に設置された透明の容れ物に近付く。

 アルフレッドは廊下で待機だ。専門家以外は兵士も騎士も入れない。

 当然、シュヴィークザームもブランカも止められた。

 残念ながら、シュヴィークザームが「我を守るべきシウが中に入るのだぞ」と言い張ったために一緒だ。流れでアランはもちろんのこと、ブランカも入ってきた。

 あとは研究棟で働く「専門家」の研究者らが「助手」として付いている。彼等の職分を侵すことに対しては、特に思うところはないようだ。むしろ降って湧いた「調査」の重圧から逃れられると知って安堵している節があった。

 生き生きと、観察して分かった内容をバルトロメに報告している。

 ただ、やはり短い時間で分かることは多くない。

「つまり、内側から空気が漏れているような動きがあるのは確かで、その時間も決まっているわけではないと?」

 研究者たちはコクコクと頷いた。時間を計っていたけれど規則的ではなかったらしい。

 鑑定の魔道具を使っても中は見えないという。

 バルトロメは鑑定魔法が使えないが、ひと目見て「あ、これは魔獣の器官だね」と断言した。

「先生、根拠は?」

 シウが問いかけると、研究者たちの視線もバルトロメに向かう。興味津々だ。目がキラキラと輝いている。

「実際に見て気付いたのだけれどね、これ、空気中の魔素を吸い込む時の動きに似ているんだ」

「そう言えば、魔獣の中にはより多くの魔素を取り込もうと特別な器官を持つものもいるようですね。確か、海の魔獣に多かったはずです」

 シウの言葉にバルトロメが頷いた。

「そうなんだ。水中に溶け込んだ魔素を吸収するために進化したと言われているね」

「では、これも海の魔獣の器官でしょうか」

「そうかもしれない。これね、不要な分を吐き出しているんだ。魔素だけを残して、不要な空気を出す。あ、ただの空気だったんだよね?」

 最後は研究者への問いだ。彼等はまたコクコクと頷いた。

 クルミ大の丸い物体自体は鑑定できずとも、そこから排出される何かは分かったようだ。

 シウも鑑定し、なんでもないただの空気だと分かっている。

 物体に対しては、あえて鑑定していない。

 鑑定できないことが怖いのではなく、もしも分かったとして、シウは「知らないフリ」ができない。自分でも演技が下手だという自覚はある。

 ここではバルトロメを中心に調査してもらう方がいい。むしろ、シウは彼等が危険な目に遭わないよう、いつでも結界を張る準備だけに集中する。

「少しずつ不要な部分を吐き出しているのかな。あ、見て、吸い込んではいないようだ」

「大きさは変化していますか?」

 シウが研究者たちに確認すると、重さが変わっているかもしれないと返ってきた。誤差程度のようだ。シウは腕を組んだ。

「……うーん。中に術式を付与した何かがあったとして、動力も必要ですね」

「シウはどう思う? 魔核や魔石だろうか。それに術式をどう書いているのかも気になるね」

「魔獣の器官を使っているのなら、あるいはカタビロサスやボンビクスといった魔物系の糸を使っているかもしれません」

「その場合、動力には高価な魔石が必要となるよ。魔核では大きさ的に無理がある」

「重さを考えると、魔石とも思えませんよね」

 魔核は魔獣の体格や強さによって大きさも変わる。割っても使えるが、大きければ大きいほど魔力も比例すると考えていい。魔石の場合は凝縮されているので同じ大きさでも込められている魔力はまちまちだ。魔石は濃度で価格が違う。

 魔石も割って使ってもいいが、大体は薄い板状にして術式を直接書き込むことが多い。

 切り分けるのだから当然、中の魔力も分散する。

「まあ、中身を考えるのも大事だけどさ。やっぱり外側の素材だよねぇ」

 バルトロメがニコニコと嬉しそうだ。シウは嫌な予感がして、半眼になった。

「先生?」

「ちょっとだけ、この結界を解いてもらえないかな」

 研究者たちが唖然として、バルトロメとシウの顔を交互に見た。

 シウは呆れ顔だ。

「だって、実際に手に取って触ってみないと分からないよ」

「手触りで確定できます?」

「分からないけど~」

「海獣の解体を以前やりましたけど、似たような器官は見掛けませんでしたよ」

「あ、シウ、大型の海獣も狩っているよね?」

 夏休みにシャイターンで魔獣スタンピードが起こった際、シウは大量の海の魔獣を狩った。幾つかはバルトロメにも進呈しているが、なにしろ海の魔獣は大型すぎる。陸の魔獣で大型と言われるサイズの海獣しか渡していなかった。

「学校でオスカーさんと話す機会があったんだ。アレンカさんにも教えてもらったけれど、君、ものすごい量の海の魔獣を持っているよね?」

 良い大人の男性が拗ね顔になる。研究者たちはぽかんとしたまま、やっぱりシウとバルトロメの顔を交互に見た。

「僕には小さいのしかくれなかったのに」

「先生の魔法袋には入らないでしょう? 護衛の人も困っていたじゃないですか」

「研究室で大きいのを買うから!」

「研究費がギリギリだと聞きましたけど」

「こ、今回の件でたぶん増額になる、はず!」

「ポリプスやピストリークスでもいいじゃないですか。大体は同じです」

「ペルグランデポリプスは大型化したって意味じゃないんだよ? 似た名前を付けられているけれど、正確には違う種類なんだからね! 進化したんだ。進化っていうのは――」

 言い合っていると、バルトロメがハッとした顔で固まった。

「そう、そうなんだよ。ポリプスの吸盤に似ている気がしないかい?」

 指差したのはクルミ大の物体だ。研究者たちも覗き込む。首を傾げたのは、吸盤に見えないからだ。

「違うでしょう?」

「同じとは言っていないよ。そうじゃなくてね、昔の人たちがタコに似ていると考えた魔獣がいたでしょう? ほら、吸盤が」

「あ、蛙だ」

「そう。それもただの蛙じゃない。マルタラーナなんだ!」

「あっ」

 バルトロメはシウが賛同したと思って破顔した。

 しかし、シウの「あっ」は違うものを思い出しての声だ。


 答えを口にしたのはブランカだった。

「ぎゃぅぎゃぅ、ぎゃぅぎゃぅ~」

 ――アレ、くさいやつだ、ぼこぼこしてキモいの~。


 そうだね。

 シウは内心で頷き、それから溜息を漏らした。









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◆新刊情報

まほゆか1巻が発売中です☺


・魔法使いと愉快な仲間たち ~モフモフから始めるリア充への道~

・ISBN-13: 978-4047376731

・イラストは戸部淑先生

・書き下ろしはフェレス視点



15巻も引き続きよろしくお願いします

・魔法使いで引きこもり?15 ~モフモフと大切にする皆の絆~

・発売日 ‏ : ‎ 2023/9/29

・ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047376113



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