596 バルトロメと合流




 ヴィンセントの執務室に到着すると、廊下でアルフレッドが待っていた。

「ソランダリ卿が到着されたとのことです。ご案内します」

 と言われて移動が始まる。バルトロメが待つ部屋までアルフレッドが案内してくれるらしい。近衛騎士も一人付いてくる。これはアルフレッドのためだ。

 職に就いていない貴族らには帰るよう促しているそうだが、相変わらず押し込めた部屋から勝手に抜け出て王城内を彷徨く者もいるという。彼等とバッタリ会ってしまえば、身分を盾に強引な真似をされかねない。たとえば「事態はどうなっている、説明しろ」だとか「殿下に取り次ぎを」といった、無理難題を言われるのだ。

 アルフレッドの立場はあくまでも下っ端文官だ。角の立たない断り方しかできない。そうなると時間が掛かる。そこに近衛騎士が一緒であれば「職務のため」とキッパリ断れる。

 特に第一隊所属だというのは徽章で分かるものらしい。つまり、王族の指示で動いている文官と、それを守るための近衛騎士だと分かる。さすがに王族の命じた職務の邪魔はしないだろう。

 ただ、ダメだと言っているのに王城へ押しかけるような輩だ。安心はできない。

 何かしらの奥の手は持っているのだろうとシウは想像している。そうでなければ、ヴィンセントやジュストの手足となって自由に動き回れないからだ。

 ちなみに、シュヴィークザームは待機だと言われたにも拘わらず「シウと行くぞ」と言って聞かず、アランと共に付いてきた。ブランカもだ。というより、シュヴィークザームがブランカに乗っているのだから一緒なのは当然だろうか。移動の間も当然のように乗っている。そんなことだから「ダラダラしている」とブランカに思われているのだが、シュヴィークザームはもう忘れたようだった。


 シウたちはまた建物から建物へと移動した。

 普段は通ることのない、文官らが実務を行うという建物に着く。

「表離宮に『押しかけ貴族』を集めているので、発着場近くの部屋よりもこちらが良いと判断しました」

「ああ、なるほど」

 表離宮とは、大きな夜会を行う際に使っている建物だ。他に貴族たちの休憩用や宿泊ができる客間も備えている。そこからは飛竜や聖獣たちの発着場も見えた。つまり、勝手に出歩く貴族の目に触れる。

 すでにシウやシュヴィークザームが王城内を飛び回っていることは知れ渡っているから、これ以上刺激したくないのだろう。

 冒険者が自由に王城内を飛び回る現状を良しとしない貴族もいる。

 そんな配慮で、役所棟での合流となった。バルトロメは発着場から三つの建物を移動したことになるだろうか。シウが部屋に入ると、少し疲れた様子でソファに座っているのが見えた。

「バルトロメ先生」

「ああ、シウ。元気そうだね。良かったよ」

「いきなり呼び出しがあって驚いたんじゃないですか」

「そうなんだよ。しかも移動に聖獣を使うだなんてね。それだけ緊急の案件なんだろう?」

 詳細はまだ教えられていないらしい。

 アルフレッドがすぐさま部屋の結界を発動させた。魔道具は部屋に据え置きされている。どうやら秘密の話がある際に使われる部屋で、音遮断の魔法も二重に掛かった。

「説明はわたしから――」

 アルフレッドは、自分がヴィンセントの筆頭秘書官であるジュストの従者だと名乗ると急いで事情を説明した。手にも命令書がある。ヴィンセントのサインが入っていた。

 それからベニグドの名は出さずに「犯罪者が『持ち込んだ』何かについて調べてほしい」と続けた。

 王城にも研究者はいるが魔獣の専門家はほぼいない。これは、ラトリシアが魔法使いに重きを置く国だからだ。魔法使いの地位も高い。そうなると誰も彼もが魔法使いを目指すため、どうしても他の専門職が少なくなってしまう。

 バルトロメはシーカーの卒業生であり、かつシーカーという最高峰の「魔法」学校で魔獣魔物の生態について教鞭を執る。魔法と魔獣研究のどちらも兼ね備えた「専門家」だ。しかも常に研究を続ける大学校に教授として居続けるのだから、情報の最前線にいる。

「分かりました。とにかく、現物を見てみましょう」

 了承したバルトロメに頷き、アルフレッドが結界を解いた。室内の端に控えていたバルトロメの護衛はここで待機だ。

 廊下に出ながら、アルフレッドが護衛たちに謝る。

「申し訳ありませんが、この先は許可の出た者しか入れません。先にお話しした通り、こちらでお待ちください。近衛騎士もおります。ソランダリ卿の安全についてはお任せください」

「ああ、いえ、お気遣いありがとうございます。ただ、僕も彼等も心配はしていないんですよ」

 とは、バルトロメだ。アルフレッドは目を丸くした。

「そうなんですか?」

 突然呼び出されて「何か分からないものがあるから調べてくれ」という命令を受けているのに不安ではないのかと、その目が語る。

 バルトロメは笑顔でシウに視線を向けた。

「だって、優秀な僕の生徒がいますから」

「ああ、そうですね!」

 二人の視線を受けて、シウは困った。

 その上、廊下で待たされていたシュヴィークザームが「我もいるのに」と拗ねる。

 聖獣の王がいるとは知らなかったバルトロメや、見送りに扉まで来ていた護衛たちが驚く。

「えっ」

「ポエニクス様……?」

「ていうか、偉い聖獣様がブランカに乗ってる。なんで?」

「シウ殿、君ってすごいね」

 バルトロメの後に続くような形で護衛たちが口々に好きなことを呟く。

 顔馴染みの彼等に苦笑いで返し、シウは誰にともなく答えた。

「シュヴィのいる場所が一番安全だと思います」

「うむ、そうであろうな。おぬしら、安心するが良い!」

 シュヴィークザームは「自分が強いからだ」と思って発言している。

 シウとしてはアランを含めた近衛騎士の精鋭がいる上に、なんだかんだで同行を許したヴィンセントが「そこまで危険ではない」と考えているだろうからだ。

 もちろん、シウも全力で守る。

「場所も安全だと思いますよ。というわけで、お任せください」

 護衛たちは胸を撫で下ろし、バルトロメや一行に「頑張ってください」と応援の言葉を掛けた。

 ただ、聞こえていないと思ってか、最後にこんなことを口にした。

「新種の魔獣魔物だった場合、バルトロメ様が動かなくなるぞ。宥め賺しても難しいが、シウ殿で大丈夫か?」

「コツがいるものな」

「まあ、あのシウ殿だ。なんとかしてくれるさ。ほら、前にも魔獣の土産をくれたじゃないか。あんな感じで釣ってくれるよ」

「余計ひどいことにならないか」

 そこで扉が完全に閉まった。

 地獄耳のシウは別の意味で不安を覚え、溜息を飲み込んだ。



 貴族用の牢獄が左手にあると説明されながら、シウたちは建物や渡り廊下を進んだ。

 騎士団の常駐する建物を通り抜け、研究棟に足を踏み入れる。

 研究棟と言っても幾つかに分かれているようだ。この東側に魔術院や技術院などが並んでいる。

「そう言えば、あの人たちは大丈夫だったのかな」

「院所属の四人は全員、医師の診察を受けて問題なしと言われています。神官も視てくれました」

 主語もなく、ただ口にしただけのシウに、アルフレッドが素早く答えてくれた。

 シウが窓の外を眺めていたので察したようだ。さすが筆頭秘書官の従者をやっているだけのことはある。

 バルトロメは気になったようだが、理由は問わなかった。

 それに、そろそろ到着の気配だ。バルトロメだけでなく、シウも気付く。

 騎士や兵士らが物々しく警備しているのが見えた。

 アルフレッドが振り返った。

「こちらが危険物を取り置く専用の部屋になります。あ、危険と言っても、ここは一階なのでまだそこまで厳しくありません。地下の方が断然危ないそうです。昔、よく分からない魔物を採取してきた研究者が実験で水を垂らしたところ、増殖してしまって大変な目に遭ったそうです。それ以来『危険物は地下に置け』というのが標語になっています。それだけ頑丈に作られているんですよ」

「そんな情報、聞きたくなかった……」

 ニコニコ顔のアルフレッドとは正反対に、バルトロメが情けない顔でぼやいた。








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◆新刊情報

まほゆか1巻が発売中です☺


・魔法使いと愉快な仲間たち ~モフモフから始めるリア充への道~

・ISBN-13: 978-4047376731

・イラストは戸部淑先生

・書き下ろしはフェレス視点


発売記念SSは「魔法使いシリーズ番外編-人間編-」にて

アマリア視点です



15巻も引き続きよろしくお願いします

・魔法使いで引きこもり?15 ~モフモフと大切にする皆の絆~

・発売日 ‏ : ‎ 2023/9/29

・ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047376113



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