595 慰め最後に笑顔、絶好調のブランカ
立たせた尻尾を、ブランカはパタパタさせた。
そして、自分のモフモフ尻尾をシーラの前に差し出す。
「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅ!」
「え、なに、なんなの。どういうこと?」
びっくりしたのか、シーラの涙が止まった。シウは苦笑いでブランカの言葉を通訳した。
「『魔法の尻尾を触らせてあげる』だそうです。モフモフの尻尾には人を幸せにする力があるんですよ」
シーラは目を丸くし、それから泣き笑いの表情で「そうなのね」と頷いた。
シウは「フェレスの尻尾には人を癒やす魔法が掛かっている」と話したことがある。彼はそれを真に受け――いや実際にあるとシウは思っているが――その話をブランカにも教えた。
ブランカは本気で信じている。
だから尻尾で子供をあやしたり悲しんでいる人を慰めたりするのだ。ブランカの尻尾は彼女自身の精神を落ち着かせるのにも役立っていた。不安があれば噛んでいるし、興奮を抑える時にも噛む。
誰かを遊びに誘う時もモフモフの尻尾は使えた。
「……本当ね、わたし、すごく気分が良くなったわ」
「ぎゃぅ!」
「ふふ。モフモフの尻尾は魔法の尻尾なのね。柔らかいわ」
撫でながら、シーラはブランカと視線を合わせた。
「覚えていないかもしれないけれど、昔、あなたに意地悪を言ったことがあるのよ。それなのに優しくしてくれて、ありがとう」
「ぎゃぅ?」
「ふふ。気にしていないの? 主のシウと似て、心が広いのね」
「ぎゃぅ~!」
シウと似ていると言われて喜ぶところもフェレスにそっくりだ。フェレスの薫陶を受けすぎの気もするが、シウは優しいブランカの頭を撫でた。
シーラは次に、カナンを抱き締めた。
「カナンもありがとう。大好きよ」
「ぼくも!」
「ええ。そして、ヴィラルもありがとう。ハンカチもね」
「ううん」
シーラは振り返り、シュヴィークザームを見て淑女の挨拶をした。美しいカーテシーだ。
「シュヴィークザーム様もありがとうございます」
「うむ。落ち着いたようだの」
シーラは頬を赤らめ恥ずかしそうに「はい」と応えた。それから、侍女たちに声を掛ける。
「心配をかけてごめんなさい」
「そ、そんな! とんでもないことでございます!」
わらわらと集まってきた侍女たちは普段と違って感情を露わにした。そうすることでシーラに寄り添えると思ったのかもしれないし、単純に彼女の王女としての成長に感動したのかもしれなかった。
侍女の中には水の入った美しい桶を持ってくる者もいた。綺麗な手拭いを用意する者もだ。以前、シーラに就いていた侍女と違って表情は優しい。シーラを心配し、彼女のためにと動いている。全てヴィンセントが用意した者たちだ。
シーラは泣いた顔を丁寧に拭われ、テーブルに着いた時にはもうすっかり淑女の姿に戻っていた。
改めてお茶を淹れてもらい、少しだけ話をする。
もう夕食後の時間だから長々とはいられない。それこそ、シウは成年男子だ。他に多くの人はいるが、未婚の上位女性と夜に会うべきではない。
もちろん、シュヴィークザームという「聖獣の王」がいるからこその例外である。
そのシュヴィークザームがお茶菓子を摘んでから口を開いた。
「我に任せろ。つまらぬ相手に嫁がせようとしたなら、文句を言うてやろう」
目をぱちくりさせたシーラの代わりに、シウが尋ねる。
「誰に言うの。ヴィンセント殿下? 相手の男?」
「どちらにもだ」
「聖獣の王に文句を言われたら引っ込むね」
「であろう? ふふん」
シュヴィークザームは自慢げな顔をシーラに向けた。彼女は頬を赤らめ、上目遣いにシュヴィークザームを見つめた。
「あ、あの、ありがとうございます」
「うむ。安心せい。そこのチビもな」
「カナンですか?」
「そう。そっちもだぞ」
「あ、わ、僕もですか」
「うむ。我はな、素直で可愛い子が好きだ。礼も言える良い子が、だ。ヴィンちゃんの子や孫だからではないぞ。何故なら、我はヴィンちゃんの二番目と三番目が嫌いだ」
「え、兄上たちがですか。確かに以前そんな話をされていましたが……」
ヴィラルは冗談だと思っていたらしい。シウも半分は冗談だと思っている。
「叔父様方はそんなに、その、ダメなのですか?」
ヴィラルとシーラに問われたシュヴィークザームが重々しく頷いた。しかし、その手には次の菓子がある。シウにはおかしくてならないのだが、他の面々は真面目な顔だ。
「あれらは悪ガキでな。何度も悪戯を仕掛けられたのだ。尾羽根を抜こうとしたり、髪を固結びしたりとやりたい放題であった。我を何と思うておるのか。全くもって、けしからん奴等よ。あれらは可愛くないので知らん。だが、おぬしらは見込みがある。よって羽の下に入れてやろうぞ」
鳥型聖獣の言う「羽の下に入れる」とは「大事に守る」と同義語だ。
シウは子供たちの嬉しそうな笑顔を見て安堵した。
その後、興が乗ったシュヴィークザームによる彼の活躍話が幾つか飛び出て、三十分ほどでお茶会は終了となった。
たった三十分でも、子供たちにとっては大きな意味のある時間になったようだ。
聖獣の王が自ら足を運んできてくれたことで安心もしただろうし、ヴィンセントが気に掛けていると知れたのも嬉しかった。
王城内の騒ぎの詳細は知らないまでも、異常事態が発生していることはシーラとヴィラルも知っている。小さなカナンを守ろうと更に奮い立ったようだ。
シウは最後に、カロラやオリヴェルもそれぞれに頑張っていると話して聞かせた。
無理はしなくていい。それぞれができることをやればいいのだ。
「シーラ様たちはご一緒にいることで人員の無駄を省いているでしょう? 今は人が本当に足りない状況だから、とても有り難いことなんです。お静かにするのは大変だと思いますが、もう少しの辛抱です。頑張ってくださいね」
「はい!」
シーラとヴィラルが元気よく返事し、カナンも一拍遅れて「はーい!」と可愛く手を挙げた。
それに合わせるかのようにブランカが「ぎゃぅ!」と鳴く。
皆が一斉に笑った。
部屋を出ると、ヴィンセント付きの侍女が頭を下げる。シウとシュヴィークザームにだ。シーラの侍女も見送りの際に頭を下げた。
「シュヴィの存在は誰も彼もに安心を与えてくれるね」
「さすが、我よの」
「そうだねえ」
自分で言ってしまうところも彼らしい。シウが笑うと、しずしず歩いていたブランカが早足になってシウの前に出る。チラリとシウを見上げて「たのしいの?」と言いたげな表情だ。
「シュヴィが聖獣の王をやってて、すごいなって思ったんだよ」
「ぎゃぅ~ぎゃぅぎゃぅ~?」
――しゅびー、すごいけどダラダラしてるよ?
言葉の裏に「フェレスと違って」との思いが隠れている。ブランカは兄であり親分でもあるフェレスを尊敬しているので、正反対の「動かない」シュヴィークザームが不思議なのだ。いつも横になっていると、こっそり教えてくれる。
ただ、ブランカがこっそりだと思っていても意外と声は通るもので。
シュヴィークザームが「むう」とむくれ声を発する。
「……我はそこまでダラダラしていないと思うが」
前方を歩いていたアランの肩が揺れ、侍女もヒュッと息を吸い込んだ。笑いを堪えるために我慢したのだろう。
シュヴィークザームはシウを挟んで隣を歩くブランカにチラと目をやり、結局は何も言わなかった。「そこまでダラダラしていない」ということは、少しはしているという自覚があるのだろう。ブランカも一応「すごい」と称したのだ。下手に言い訳して、ブランカに具体例を出されるよりはマシだと思ったようだった。
シウたちは王族が住まう宮殿を後にし、シュヴィークザームの住む場所も通り過ぎた。
やがて、執政宮と呼ばれる建物に戻った。
ちなみにシュヴィークザームが住むのは本殿や本宮殿と呼ぶらしい。ヴィンセントもそこに住んでいる。もちろん、奥宮にも部屋はあるが、できるだけ執務場所に近いところで寝泊まりするようだ。それもあって、以前は子供たちの様子をマメに見ることができなかった。
国王もかつては本宮殿に住んでいたが、今は奥に戻るらしい。執務もヴィンセントに任せる量が増えていると聞く。引退が近いのかもしれない。
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◆新刊情報
10月30日に、まほゆか1巻が発売しました
ありがとうございます🙏
・魔法使いと愉快な仲間たち ~モフモフから始めるリア充への道~
・ISBN-13: 978-4047376731
・イラストは戸部淑先生
・書き下ろしはフェレス視点
ロトスが出てくる回ですね、結構あれこれ改稿しているのと
とにかく可愛いイラストが満載なので、ぜひ
まほゆか1巻をどうぞよろしくお願いします💕
発売記念SSは「魔法使いシリーズ番外編-人間編-」にて
アマリア視点です
15巻も引き続きよろしくお願いします
・魔法使いで引きこもり?15 ~モフモフと大切にする皆の絆~
・発売日 : 2023/9/29
・ISBN-13 : 978-4047376113
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