594 シーラの思い




 この大変な時期に、ヴィンセントの従者であるガリオが主から離れて子供二人の様子を見ていたのは第二妃の動きがおかしかったからだ。

 実は彼女も王城に貴族を引き込れた一人だった。幸いと言えるのかどうか、ベニグドの手の者ではない。クストディア派閥の貴族に許可を出し、宮殿内に込れたようだ。

 王族の住む宮殿に、である。そこには未婚の女性王族も住む。後宮を閉じている現状では当然だ。

 使用人たちは契約魔法を受けているから男性であろうと立ち入れる。騎士は契約せずともその立場地位こそが高潔であると示す。

 そこに、何の立場も肩書きもない、ましてや契約魔法も受けていない貴族が入り込んだ。

 もちろん招くこと自体に問題はない。その代わり、客人には侍女であったり近衛騎士だったりが付く。シウが招かれた際にも個室以外で一人になる瞬間はなかった。

「シーラ様はまだ幼いとはいえ、王女でございます。男性と二人きりになるなどあってはいけません」

「え、まさか」

「ああ、いえ、問題はございませんでした。近衛騎士がしっかりと仕事を果たしましたし、今は優秀な侍女が付いておりますから」

「良かった」

 シウはホッと胸を撫で下ろした。

 アマリアのことを思い出す。男性と二人きりにさせられそうになった彼女は、敵対貴族の男と結婚させられるかもしれないと憔悴しきっていた。キリクと結婚した現在は「わたしの対応も悪かったのですわ」と笑って話せるようになったが、当時は親族にも責められて参っていたのだ。

「シーラ様がお可哀想でなりません」

 侍女がゆっくりと首を横に振った。

 ただ、今回の件で第二妃には何らかの制裁が下されるようだ。侍女はハッキリと口にしなかったけれど、子供たちにはもう近付けないだろうと言って話を終えた。


 シーラとカナンは別々の部屋を与えられているが、今は一緒にいるという。その部屋にヴィラルもいた。彼はヴィンセントの弟になる。叔父という関係なのと、まだ子供だから一緒にいても構わないそうだ。もちろん、それぞれの侍女や従者が一緒である。

「あー、シウー」

 カナンが走り寄る。幼いのに、シウの名前を覚えていてくれたようだ。シウが屈むと胸にぽすんと飛び込む。それから、横で賢くお座りしたブランカに視線を向けた。

「えーと、ふわふわ猫ちゃん!」

 ブランカの名前は忘れてしまったらしい。シウは笑って、小声で教えてあげた。

「この子はブランカです」

「ぎゃぅ」

「さわってもいい?」

「どうぞ」

「わぁぁ!」

 今度はブランカに抱き着く。ブランカは賢く座ってお澄まし顔だ。その姿がフェレスそっくりで笑う。今回のことでブランカは随分と成長したようだ。シウはまた笑顔になった。

 そんなシウに、今度はシーラがそっと近付いた。

「シウ、来てくれたのね」

「はい。大変な騒ぎが続いて不安だったでしょう?」

「ええ。でも、ガリオが分かりやすく教えてくれたわ。情報は大事ね。安心できるもの」

「そうですね」

 シーラも大人になっている。前回会った時よりも更に成長していた。表情が違う。

「ガリオがお父様の話をしてくれるから、わたくしたち落ち着いていられたの」

 そう言うシーラの手を、ヴィラルが握る。

「守ってくれる人がいるから安心よ。ね、ヴィラル」

「そうだね」

「カナンも集まって三人で過ごしていたの。その方が護衛もし易いでしょう?」

「はい。よくお考えになられたのですね。偉いです」

 シウが褒めると、シーラの頬が上気する。

 それからホッとしたように肩の力を抜いた。

「……本当はお祖母様から『こちらへいらっしゃい』と言ってもらえたの。でも、母上が許してくれなかったから」

「そう、なんですか」

「その代わりに、僕がシーラの部屋に行くよう王妃様が指示してくださったんです。本当はカロラ姉上もご一緒する予定だったのですけど」

 ヴィラルが口を挟む。

「そうよ。なのに、カロラ叔母様はダメだと母上が言うの」

「僕も直前で断られそうになって、でもそこにガリオが来てくれたんです」

 ヴィラルが振り向くと、成人間近の年齢の少年が頭を下げた。

「オレオです。ガリオの第一子で、僕の従者になります」

「彼が知らせてくれたのよ。だからガリオがすぐに来てくれて、お父様の許可をいただけたの」

 俯いたシーラが、ヴィラルの手をギュッと握った。

 心配したシウが屈もうとしてところで、顔を上げる。

「母上は、いつもそう!」

「シーラ……」

 ヴィラルが悲しそうな顔でシーラを見つめた。

「今なら分かるわ。母上はわたしなんて好きじゃない。玩具と一緒なのよ。アレはダメ、コレもダメ。なのに、わたしが嫌なことを勧めてくるの」

 いつの間にか「わたくし」が「わたし」に変わっていた。せっかく覚えた淑女言葉が、感情的になったことで消えてしまったようだ。

 それだけ、母親に対して鬱憤が溜まっているのだろう。

「お父様が付けてくださった家庭教師たちは厳しいけれど、それはわたしのためよね?」

「そうですね」

 屈んで視線を合わせると、シーラは泣きそうな顔をしていた。片方の手が伸ばされるのでシウもそっと握った。もう片方の手はヴィラルが握ったままだ。彼は両手で、大事に心配そうにシーラの小さな手を握っている。

「だから全然いいの。わたし、そういうのが分かるようになったわ。なのに、母上は面会の度に『父上が呼んだ家庭教師は厳しいのでしょう?』だとか『あなたからお願いして解雇しなさい』だなんて言うのよ」

「それは……」

「母上の言う通りにしたら前と同じような人が来るわ。そうしたら、わたし、また嫌な子になってしまう。そんなの、絶対に嫌!」

「シーラ様、大丈夫、大丈夫ですよ。お父上がしっかりと目を配ってくれています。だからこそガリオさんが来てくれた。今は誰の手であろうと借りたい、それぐらい忙しい状況です。僕のような冒険者まで応援に入るほどだ。それなのに、ヴィンセント殿下は懐刀とも言えるガリオさんを一日寄越してくれた。シーラ様たちが大事だからです。心配しているから、最も信頼するガリオさんを付けた。これほど愛されているシーラ様が、以前のような状態になるわけがない。それに、以前のあなたも決して嫌な子ではなかったですよ。大丈夫」

 シーラはシウとヴィラルの手をギュウギュウ握って泣くのを堪えた。

 しばらくして、途切れ途切れに吐露する。彼女が何故こんなにも感情的になっているのか、その理由を話してくれた。

「母上が、勝手なことをしたの。いつものことよ。近衛騎士が困っていたわ。だから助けようと思って顔を出したの。そこにガリオが来て、お父様の言葉を口にしたわ。ようするに勝手をするなってことよ。母上は何度もお父様に叱られているのに、怖くないのね。だから言い返していたの。いつもそう。でも今日は、こう言ったの。『わたくしの娘を誰に嫁がせるかは母であるわたくしが決めることです!』ってね」

 いつの間にかカナンが傍に来ていた。どうしたのと不安そうにシーラの前に回る。そして涙を零すシーラに驚き、抱き着いた。

「いたいの? だいじょうぶ?」

「ええ、大丈夫。ありがとう、カナン。優しい子」

 ヴィラルが急いでポケットからハンカチを取り出し、そっとシーラの頬を拭う。シウは彼女がハンカチを自ら手に取れるようにと握っていた手を離した。

 シュヴィークザームもいつの間にかシーラの背後に立っていた。少し離れた場所ではシーラの侍女たちがハラハラと心配顔だ。シウたちをここまで連れてきてくれた侍女も同じ。彼女たちが近付かないのは、聖獣の王であるシュヴィークザームがいるからだ。

「……母の連れ込んだ貴族が、たぶんそうなのよね? 何人かいたわ。そのうちの一人がニヤニヤ笑って、わたしを見ていたの。あんな笑い方をする人と結婚なんてしたくない。お、お父様に、そう言っても大丈夫よね」

「はい」

「お父様にまた、我が儘って言われない? わたし、前の、嫌な子じゃない?」

「言われません。嫌な子でもない。シーラ様はとても良い子です」

「そ、そうだよ。シーラはとても頑張ってる。偉いよ」

「ねえさま」

 ハンカチでは吸いきれない涙がポロポロと零れる。背後にいたシュヴィークザームがシーラの頭を撫でた。

 ブランカも異変に気付いてやってくる。「どしたの?」と、場に似つかわしくない呑気な表情でシーラの前に回った。

「ぎゃぅ!」

 泣いてる!

 ブランカはビックリして尻尾をピンと立たせた。






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皆様のおかげです!ありがとうございます🙏


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・書き下ろしはフェレス視点

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改稿も頑張っておりますのでよろしくお願い申し上げます🙇



書店特典SSはメロンブックスさんとゲーマーズさんです

数に限りがあるとのこと、お求めの際はご確認ください


発売記念SSも投稿予定です(11/1に「魔法使いシリーズ番外編-人間編-」の方で公開になります)




先月発売しました15巻も引き続きよろしくお願いします

・魔法使いで引きこもり?15 ~モフモフと大切にする皆の絆~

・発売日 ‏ : ‎ 2023/9/29

・ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047376113



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