593 ベニグドの腹には、専門家、隙間時間に




 皆の食事が終わるとテーブルの上はすぐさま片付けられた。

 侍女の姿は消え、関係者が席を移って集まる。飲み物は紅茶や珈琲だ。お酒はない。まだまだ仕事は残っていて、この後も続けるつもりなのだろう。

「少し落ち着いたのでシウにも知らせておきたい話がある。ああ、安心しろ。お前に聞かせられない話題はすでに終わっている。気遣い無用だ」

「あ、はい」

 ブランカは廊下に出された。シュヴィークザームも一緒に付いていった。関所ごっこをするらしい。通すか通さないかを判断する文官や近衛騎士が困惑顔なのは、昨日の苦情がどこからか届いたからだろうか。

 ともあれ、ヴィンセントが何も言わなかったので二頭には聞かせたくないことだけは分かった。

 シウが姿勢を正してヴィンセントに向くと、ジュストたち幹部や文官らも表情を変えた。

 ヴィンセントが前置きもなく切り出す。

「ベニグドの腹に呪術具が入っていた」

 誰かがヒュッと息を引き込む。

「以前の、魔獣の腹に入っていたものとは別だ。魔獣呼子、つまり魔道具だな、それとは違って見えるらしい。まるで生き物のようだと報告があった」

「え、生物なんですか?」

 思わず口を挟むと、ヴィンセントが小さく頷いた。誰もシウを咎めないのはそれどころではないからだ。ジュストやウゴリーノは知っていたらしく、表情に変化はない。

「さてな。腹にあった『物』はスライム製のラップで包まれていた。鑑定を弾くらしい。専門家に見せたいが、呪術具であれば気軽に動かせないからな。今は空間魔法で何重にも囲って観察しているところだ」

「鑑定を弾く……。きっと術式もブラックボックス化しているのでしょうね」

 シウが呟くと、ヴィンセントが片方の眉を上げる。シウは慌てて言い換えた。

「僕も魔道具を作る際、術式が鑑定されないようガチガチに保護します。術式自体も言語を変えるなどして対策しますが、それ以前にまず中が視られないよう強力な結界を施すんです。本来の術式よりも、術式を守るための術式の方が長いぐらいでして」

 シウの場合は更に安全対策にも術式を割いているため、節約しないと長文になる。

 ヴィンセントは「そうなのか」と珍しく相槌を打った。

「あの、呪術具の大きさはどれぐらいでしょうか」

 シウの問いに答えたのはウゴリーノだった。

「クルミの実と同じぐらいです」

 指を使って示す。三センチメートルほどの球形になるようだ。

 シウなら転移の術式を書き込める大きさだが、件の制作者はどれだけ術式を書けただろうか。考え込んでいる間にヴィンセントが話を進めた。

「ラップは透明だ。外から確認する分には何らかの生き物の皮か、腸に見えるらしい。時々、中から空気のようなものが漏れ出ているそうだ。そのため生物ではないかとセサルは考えた。オスカーの意見は――」

「こちらです」

 ウゴリーノが書類を見せる。ヴィンセントはサッと眺め、そのままシウに手渡した。

「オスカーは魔獣の器官を利用しているのではないかと考えたようだ」

「今、専門家を集めています」

 ウゴリーノが補足する。ただ、表情は芳しくない。

「専門家と言っても、王城の研究所では閑職になると聞いています。どこまで情報を持っているのかは不明です」

 シウは顔を上げ、口を開いた。

「シーカーの、バルトロメ=ソランダリ先生にも声を掛けてください。先生が到着したら僕も一緒に確認します」

「ウゴリーノ」

「はっ、すぐに」

 彼の従者が手紙をサッと作り、ウゴリーノがサインを入れるや外に出た。近衛騎士の一人に託す様子が《全方位探索》で分かる。従者たちは急ぎかどうかを自分の考えで判別していた。指示の前に動いている。

 シウがさすがだと感心していると、ヴィンセントが続ける。

「お前は魔獣にも詳しいのだったな」

「バルトロメ先生に師事しておりました。僕自身、冒険者として多くの魔獣に出会っています。解体の経験も多いです。それに育て親が元冒険者でした。深い山に暮らしていたので大型魔獣についても知っています」

「そう言えば、お前はグラキエースギガスの討伐隊にも入っていたな」

 グラキエースギガスは人型タイプの、超大型魔獣だ。

 ジュストが口を挟む。

「むしろ、彼は功労者の一人でしょう、殿下」

 ヴィンセントが頷いた。

「どの魔獣の器官を使っているのかが分かれば、解除の方法も見えてくるだろう。とにかく鑑定が通らねば対処のしようがない」

「はい」

「あの、少々よろしいでしょうか」

 手を挙げたのはヴィンセントの従者ガリオだ。従者といっても彼は私設秘書のようなもので、ヴィンセントの身の回りの世話全てを担当しているため「従者」という役職のままらしい。ちなみにガリオにも部下がいる。二人はヴィンセントの指示であちこち走り回っていたらしく、シウは今日初めて見た。

「ベニグド=ニーバリの容態はどうなっておりますか。他に異物を持ち込んでいる可能性もございます。そんなところへシウ様をお連れしても良いのでしょうか」

 取り出した呪術具はベニグドから離していないのだろう。ガリオは、ヴィンセントがシウに対して「ベニグドに近付くな」と命じたのを知っており、心配してくれたようだった。

「完全ではないが治療は済ませてある。腹を割いたのだからな。魔力も死なない程度に残しているそうだ。念のため、オスカーが結界の状態を見張っているというから問題ないだろう。ただし、シウはベニグドに会うな。これは絶対だ」

「はい」

 シウが返事をすると、ガリオがホッとした様子で胸を撫で下ろした。

「ベニグドには引き続き、レベルの高い魔法使いを複数人付けておけ。それより、ガリオ」

「はい」

「お前、休んでいないだろう? アルデットを残すから休め」

「ですが」

「夜半にはアルデットも休ませる。これは命令だ」

「……はい」

 従者二人は悔しいというよりは落ち込んだ様子で頷いた。

 シウが見ていると、ジュストの横にいたアルフレッドがこそっと教えてくれる。

「ガリオ様でなければ難しいお仕事が割り振られていて、ようやく戻ってこられたところなんです。殿下のお世話ができると張り切っていたところに『休め』ですからね」

「ああ、なるほど」

 曖昧に頷くと、アルフレッドは席を少し寄せて更に小声になった。

「ガリオ様はお子様方の対応で動いておられました。お母上が少々困った方なんです」

「あ、前に聞いたことがある」

 ヴィンセントの正妃は亡くなっており、現在は妃が二人いる。一人は立場が低く、いわゆる妾妃だ。表には出てこない。そのため立場のある、第二妃と呼ばれる人が奥を任されていた。子供たちの教育もそうだ。ところが彼女はそれを怠った。現在はヴィンセントに主導権が渡っている。

 そうした理由もあって、正妃にしてほしいという願いを撥ね付けているのだとか。

「そうだ、シーラ様やカナン様は大丈夫? 怖がっているんじゃないのかな」

 心配するシウに、アルフレッドが曖昧に頷いた。

 聞こえていたらしいジュストが口を挟む。

「シウ殿には伝えても構わないのではないですか。ヴィンセント様、どうでしょう。魔獣の専門家が到着する前に、少しだけもシウ殿にお子様方を見ていただきましょう」

「そうだな。ガリオがいなくなって寂しがっているかもしれん。シウ、頼まれてくれるか」

「あ、はい」

 事情が分からないものの、シウは子供二人を思って了承した。


 他にも二、三の情報を聞いてから、シウはアランやシュヴィークザームと共に子供の住む奥宮へと向かった。

 道中、案内役の侍女が事情を教えてくれる。彼女はヴィンセント付きだ。移動の間に説明するよう命じられたらしい。侍女は、まずは妃がどういう立場なのかを語った。

 第二妃は伯爵家の出身で、正妃になれるような身分になかった。妃教育も受けていない。最初は妾妃として迎え入れたようだ。

 そもそも正妃に子が生まれなかったことから多くの貴族令嬢を押し付けられた。ヴィンセントは様子を見て、いずれ全員を返す予定にあったという。ところが、案内役の侍女の遠回しな言い分によると「騙し討ち」に遭ったようだ。

 それでも子供が生まれると話は変わってくる。ヴィンセントにとって第一子となるシーラ王女が生まれ、生母は第二妃という扱いになった。

 正妃も亡くなり、ヴィンセントは今後を考えて妾妃をもう一人だけ残し、他は全員家に帰した。

 第二妃はシーラを生むと、まるで正妃のように振る舞うようになった。我が子の教育に関わる人事も「子供のため」ではなく「自分のため」に選ぶ。

 賄賂をくれる者、かつ、擦り寄ってきたクストディア系の貴族を抜擢した。

 それを知ったヴィンセントは怒髪天を衝き、奥向きの実権を奪った。しばらくは彼女もしおらしくしていたようだ。

 侍女は無表情を装っているけれど、言葉の端々に嫌悪感を滲ませながら話した。





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まほゆか1巻が10月30日に出ます

応援してくださる皆様のおかげです

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ISBN-13: 978-4047376731

イラストは引き続き戸部淑先生にお願いできました!

書き下ろしはフェレス視点です

可愛いイラスト盛りだくさんの1巻となっております

ぜひ、よろしくお願い申し上げます💕


書店特典もあります

編集さんのOKが出次第、近況ノートとX(旧Twitter)で公開しますね

Webにも発売記念SSを投稿予定です




最後に、先月発売しました、まほひき15巻も引き続きよろしくお願いします🙏


魔法使いで引きこもり?15 ~モフモフと大切にする皆の絆~

発売日 ‏ : ‎ 2023/9/29

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047376113



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