592 兵士の意識改革、ルダの思い、休息




 飛行板に慣れた冒険者の動きは、騎獣乗りでも追えないほどだという。それだけ練習しているということだ。別の冒険者パーティーと連携した戦い方も日々研究している。

 いざという時に何を一番に考えるのか。冒険者はそこがハッキリしていた。自分の命だ。

 兵士は上からの命令になるだろうか。

 上の命令によって兵士は動くしかない。国民の命を優先してのことだろうが、そのためなら上は兵士の命を簡単に使う。だからこそ兵士に考える力は与えられない。

 その代わり、彼等は大きな力の中で過ごせる。

 冒険者は自分一人だ。だから自分の考えで足掻くしかない。自分の命のために、生きて帰るために、最後の最後まで考えて動く。

 兵士が感動したのは冒険者の活躍する姿はもちろん、彼等の自由と責任についてだろうとシウは思った。

 ともあれ、スヴェルダは兵士の話を清々しいものとして教えてくれた。

「この幸運がいつでも、いつまでもあると思ってはいけないな」

 スヴェルダが空を見て呟く。多くの聖獣が楽しげに飛び回る空だ。シウも隣で頷いた。

 今回のことで皆が同じように考えたのではないか。当たり前の生活がずっと続く、それは理想だ。ただ、思いも寄らぬ形で災害は起こる。今回は人災だった。

「俺にはプリュムがいた。そのために襲われた過去もある。けれど、プリュムがいなければ今ほど幸せではなかっただろう。これほど深く考えることもなかった。日々を、ただ漫然と過ごしていたのだろうな」

 スヴェルダがシウを見る。

「きっと、見回りなんてしなかった。カロラ様やカルロッテ様の活躍を目にする機会もなく、兵士にだって話を聞かなかっただろう。それどころか、獣舎本棟に忍び込もうとした間諜を撃退するだなんて考えもしない。……オリヴェルやシウ、君たちとも友人にはなれていなかった」

「ルダの言いたいこと、僕にも分かる気がするよ」

 スヴェルダが頷く。

「兵士たちは今回の件で冒険者に対する考え方が変わった。他にも違和感や戸惑いを覚えることはあっただろう。魔獣スタンピードに、間諜が易々と入ってきた件。きっと大きな変化が彼等を襲う。けれど、考える余地が増えたのなら結果として強くなるはずだ」

「一致団結するだろうね」

「デルフの人間としては悔しいが、そうだな」

 人質扱いのスヴェルダはニヤリと笑って肩を竦めた。

 デルフにいた頃よりもずっと息がし易そうだ。

「まあ、せいぜい勉強させてもらうさ」

「デルフに戻った時のために?」

「国のためにな。とはいえ、まずは一致団結の方か。俺の国の辞書にはない言葉だ。浸透させることから始めないとな」

 と、ジョークを口にして笑う。シウは目を丸くし、苦笑いでスヴェルダに合わせたのだった。



 夕方になり、一旦ヴィンセントのところへ戻ることになった。

「ルダはここに残るの?」

 シウが問うと、スヴェルダは良い笑顔で頷いた。

「そのつもりだ。小離宮の護衛が足りないからと、オリヴェルのところか宮殿の客間に移動してほしいと言われたけれどね」

「あそこは息が詰まるのであろう? 分かるぞ」

 突然、シュヴィークザームが会話に交ざった。

 スヴェルダは少々面食らったようだが、すぐに持ち直し、にこりと微笑んだ。

「ええ。あちらで過ごすと肩が凝ります」

「そうなのだ。我も疲れるゆえ、あちらには行きたくないのだ。だが、ヴィンちゃんが誘うでな。たまには顔を見せに行ってやるのよ。仕方あるまい」

「聖獣の王も大変だねえ」

「うむ。王妃や他の妃らが、我に会ったのだと自慢するために呼ばれるようなものでな」

「へぇ」

「平等にしなければならないと言われるのだが、我には分からぬ。ヴィンちゃんもそれが嫌で、早々に我との契約を二世に切り替えたのだ。ヴィン二世の方が言い返せるしな」

「誰に? あ、貴族にか」

「そうだ。あれは妻にも強い。我を利用するなとハッキリ申しておったわ」

「あの、シュヴィ様、お話はそろそろ……」

 アランが口を挟む。彼がシュヴィークザームを止めたのは、ここにスヴェルダがいるからだ。彼に内情を聞かせたくないのは明白なのに、シュヴィークザームだけが分かっていない。

「そうか。我を待っているかもしれぬな。よし、戻るぞ」

「はっ」

 アランが部下たちに目交ぜする。

 近衛騎士らが聖獣に騎乗した。スヴェルダはプリュムと並んだ。プリュムは人型に転変しており、頬を上気させて手を振った。

「ブランカ、また遊ぼうね! シウ、今度こそ一緒に遊ぼう~」

 子供みたいに純粋なプリュムは、相変わらず顔は綺麗なのに体がムキムキだった。護衛も兼ねたお世話係の人たちは慣れているのだろうが、並んで立っているとどちらが護衛か分からない。プリュムの体はまた大きくなったような気がする。

 シウは羨ましい気持ちになりながら、見送ってくれたプリュムたちに手を振り獣舎本棟を後にした。


 執務室の前室になる応接室へ入ると、侍女らがテーブルを整えている。食事の用意だ。仕事をしていたはずの文官はいない。シウの《全方位探索》によると隣室に移動しているようだ。そちらで摂るのだろう。廊下を挟んだ部屋でも人の動きが緩慢で、休憩中らしいと分かる。

「ああ、戻られましたか。ちょうど良い時間ですね。ご一緒にいかがでしょうか。シウ殿もどうぞ」

 と言ったのはジュストだ。執務室から顔を出したところだった。執務室にはウゴリーノもいた。続々と出てきて、椅子に座る。

 シュヴィークザームは侍女に勧められた上座に躊躇うことなく座った。

 シウは慌てて手を振った。

「どこか部屋を貸していただければ、そちらで摂ります。冒険者の倣いとして食事の用意はあります。お気遣いは不要です」

「気遣っているわけではない。無駄を省くためだ。お前はここにいろ」

 偉そうに命じたのはヴィンセントだった。執務室からほぼ最後に出てきた彼は、シュヴィークザームをチラリと見た。異変はないかと確認したのだろう。心配していると口に出して問う人ではない。シュヴィークザームもヴィンセントに対して好きだと言ったことはないようだ。態度にも出さない。このペアはそういう形で繋がっている。

 シウは、いつどこであろうと「シウが好きだ」と示すブランカに視線を向けた。

「この子にも食事をさせたいので――」

「与えればいい。シュヴィと同じものでいいのか?」

 言いながら、侍女に対して手で合図する。シウは慌てて手を挙げた。

「いえ、持参しています。それより、この場で与えても本当に良いのでしょうか?」

「構わん。シュヴィの騎獣役を務めたのだ。褒美としよう」

 侍女たちは何も言わない。咎める人はいないようだった。シウは少し考え、ヴィンセントの指示に従った。

 問題はシュヴィークザームだ。

「ブランカにだけシウの手作りを食べさせるのか?」

「え、いや、だって」

 テーブルの上には、簡略化されてはいるもののコース料理に近い形でお皿が揃えられている。きちんとした料理があるのだ。もちろん、シュヴィークザームの前にも用意されている。

「我も、シウの作った料理が食べたい」

「そ、それはどうかなあ……」

「食べたい」

「シュヴィ、我が儘を言うな。お前のためにと作られた料理もある」

「獣用に塩分控え目の料理であろう? 我は角牛ではないのだぞ。最近は、甘味も控えられているのだ」

「『甘味の摂りすぎは体に良くない』と言い出したのはシュヴィであろう?」

「ぐぬっ。それはシウが、そう言ったからだ。我の体は健康そのものぞ」

「そうか。しかし、今は平時とは違う。これ以上、シウに負担を掛けるな。特に昨日今日と疲れているのだ。そうだな、シウ?」

「あ、はい」

 ヴィンセントは額に手をやり、目を瞑った。

「お前もブランカにさっさと食べさせろ。シュヴィが強請る前にな」

 シウは急いで部屋の隅に行き、ブランカ用の料理を用意した。背中にシュヴィークザームからの視線が刺さる。振り返るのが怖くて、シウは自分の体で壁を作った。

「ブランカ、お疲れ様。今日は『待て』はナシだよ」

「ぎゃぅっ?」

 ほんと? と、喜んだまでは良かった。しかし。

「ぎゃぅぎゃぅ、ぎゃっ、ぎゃぅぎゃぅぎゃぅ~」

「そうだね。分かった。でも今日は黙って食べようね」

 今日もご飯が美味しいと告げた後に「美味しいご飯が大好き」と歌い始めた。興が乗った時に飛び出るブランカの十八番だ。最近はマナーもしっかり身に付き、貴族がいるような場所ではおとなしやかだった。まさかここにきて王族の前で歌うとは思わず、シウは無理に作った笑顔でブランカを窘める。

 はからずもヴィンセントと同じ格好になったシウは、彼の気持ちが分かった気がした。





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