591 スヴェルダが見た風景はお姫様の奮闘と




 予定していた巡回はほぼ済んでいたため、シウたちは獣舎本棟でしばし休ませてもらうことにした。残っていた聖獣らもシュヴィークザームがいると安心するだろう。二度の襲撃に遭ったのだ、いくら元気に見えても心に傷は残る。興奮して逸った気持ちも、シュヴィークザームがいれば徐々に落ち着くはずだ。

 シュヴィークザームが真っ先に長椅子へ座ったのも、聖獣たちを思ってのことかもしれない。彼の周りに続々集まる聖獣を見ていると、シウは「さすが聖獣の王だ」と思えた。

 ただ、どうしても「ダラダラして寝そべっている」ように見える。シウは考えを振り払うように頭を振った。

「アランさん、今のうちに報告をまとめておきますか?」

「そうですね。ちょうど良い機会ですから部下に任せてみます。組んだ聖獣と共に考えるよう指示すれば、互いの勉強にもなるでしょう」

 彼等には見回りを続けてもらっても良かったのだが、なにしろ襲撃の件があった。シュヴィークザームに付いてきたペアは数が少なく、万が一襲われると危険だ。結局、見回りを止めて獣舎本棟まで一緒に戻っていた。

 アランが近衛騎士らのところに向かう。

 シウと二人になったスヴェルダが、聖獣や近衛騎士らを眺めながら口を開く。

「シウはここでも指揮を執っているのか」

「ええと、成り行きで」

「はは。まあ、分かる気がする。俺はシウがいるというだけで安心できるから。……あの時のことは今でも覚えている。プリュムと再会できるまでの、心臓をギュッと掴まれた感覚は忘れられない」

 その後もハラハラドキドキだったけれどねと、スヴェルダが笑う。トラウマになってもおかしくない状況だった。なにしろ、聖獣を誘拐する悪人らのグループに追われていたのだ。

 その経験をバネに、体を鍛えた一人と一頭だ。心が強い。

「そう言えば、ルダとプリュムも王城内を見て回っていたんだってね」

「ああ。近場だけね。住まわせてもらっている小離宮を中心に、使用人たちの様子も見てきたよ。そう、途中で王族の宮殿横を通ったんだ」

 小離宮が近いからだろう。ちなみに元後宮のあった――地下に大型転移門のあった例の――場所とは、宮殿を挟んで反対側にある。

「宮殿横の離れを解放して、傷付いた人の治療をされていたよ」

「王族の方が住まいの近くを提供したの?」

 シウが目を丸くすると、スヴェルダは笑顔になった。

「カロラ様が率先して働いていらしたよ」

「えっ」

「カルロッテ様もご一緒だった」

「えぇ」

「はは、シウの驚く顔を見られた。あとでオリヴェルたちに教えてあげよう」

 からかうスヴェルダに、シウは思わず拗ねた顔を向けた。

「ははは、珍しいな。まあ、たまにはいいだろ? さて、それはそうと、だ」

「うん」

 笑いを堪えながら、スヴェルダはカロラたちの話を続けた。

「騒ぎのせいで怪我をした使用人たちがいる。騎士や兵士はそれぞれに専用の治療班を持っているだろう? それに多少の怪我なら慣れている。だが、押し寄せてきた貴族の対応、兵士の手伝いで走らされた使用人たちには診てもらえる場所が少ないんだ。なにしろ文官や使用人は怪我をするような職種じゃない」

 これだけ大勢が働く王城内で、彼等を診てくれる診療所は一つだけらしい。ところがそこに詰めている医師や薬師、治癒魔法の使える者たちは応援で出払っている。

 残るは王族専用の医療チームだけだ。

 そこでカロラは国王に掛け合った。

 もちろん優先順位は王族にある。特に権威あるトップの医師、治癒魔法使いは国王専門でもあるので頼めない。しかし、その助手たちは違う。カロラは「助手たちにとっても良い練習となるはずだ」と断言した。

「あのカロラ様が?」

「そうだ。控え目で、常に一歩引いておられる姫がお願いに上がったらしい」

「それは、すごいね」

「これを教えてくださったのがカルロッテ様だ。なんと、ご一緒に陛下の執務室前まで付いていったそうだぞ。驚くだろう?」

「う、うん」

 カルロッテの方が行動力はあるから、カロラが引っ張られたのだろうか。そう思ったシウはすぐに頭を振った。

 カロラも自分を出せるようになったのかもしれない。二人は共に勉強家で、話をするうちに気が合って仲良くなった。特に、カルロッテが一歩を踏み出して留学に来た事実はカロラの琴線に触れたようだった。

 頑張る友人を応援もしていただろう。

 その姿を見て、カロラも一歩を踏み出したのではないか。

「偉いね」

「ああ。しかも、ご自分たちでは治療ができないからと、助手の方々を手伝っていらした」

 最初は困惑しただろう助手や周囲の人たちも、やがて真摯に働く二人の姫に「良い意味で」気を遣わなくなったそうだ。さすがに使用人に頼むような物言いはしないが、侍女と同程度の扱いで働いてもらっていたらしい。

「冒険者の一部も受け入れたそうだから、考えればすごい話だ」

「え、どうして冒険者がそんなところに」

「緊急事態ということで、王城上空を飛んでの移動を許可されていただろう? 怪我を負った仲間を運んでいる途中でバランスを崩して、飛行板から落ちたらしい」

 幸い、シウの作った《落下用安全球材》で落ちた衝撃による怪我はなかった。

 しかし、魔獣に傷付けられた体の傷は深かったようだ。運んでいた冒険者自身も怪我を負っていた。そこに見回り中の兵士が助けに入り、たまたま休憩で外に出てきたカロラの侍女がその場面に出くわした。

「落ちた仲間を助けようと下りてきた冒険者にも『他に移動の難しい仲間がいるのなら連れてきなさい』と命じて数人を受け入れたようだよ。冒険者たちはポーションを使い尽くしていたそうだ。それだけ厳しい戦いだったのだろう」

 飛行板に乗れる冒険者が優先して来ていた。彼等が魔獣狩りに強いとは限らない。上級冒険者だけでもなかった。慣れない場所での戦闘、王領に入る大変さもあったろう。なるべくなら王領の土地は穢したくない。

 ともあれ、力を振り絞って帰る途中で落ちてしまった。そんな冒険者をカロラたちが助けてくれた。

 流民、ともすれば底辺とも呼ばれる立場の人間を、王族が助けてくれたのだ。

「感謝しか、ないね。お礼を言わないと……」

 シウが言うのはおかしいかもしれないが、そう思った。

 そんなシウに、スヴェルダが微笑む。

「感謝するのはこっちだろう? 国のため、ここにいる皆のために働いてくれた人たちだ。助けるのは当然だと思うよ」

 ポンと肩を叩かれ、シウは顔を上げて頷いた。



 スヴェルダは大河から引き上げてきた兵士たちとも会った。その際に、王城内はもちろん道中で不審な人物はいなかったかを聞いた。ついでに魔獣討伐の話も聞いたらしい。

「魔獣を目の当たりにしたせいか、兵士たちは興奮していた。その勢いで、冒険者に対しての考え方が反転したと教えてくれたんだ」

 スヴェルダの視線が、遊び始めたプリュムやブランカに向かう。プリュムは獣型に転変して飛ぶ。二頭の楽しげな様子に気付いた他の聖獣たちが、次々と飛び上がった。残っているのはシュヴィークザームの傍にいた数頭だけだ。シュヴィークザームに気を遣ったらしい。

 シュヴィークザームは横たわった姿のまま、残った数頭に手を振った。お前たちも遊びに行けと、言っているのだろう。

 シウが内心で笑いを堪えていると、スヴェルダの方は声に出して笑った。

「はは、皆、飛ぶのが好きだ」

「そうだね」

「……兵士たちも、こんな気持ちで冒険者の雄姿を眺めていたのかもしれない」

 シウがスヴェルダを見ると、彼も視線を戻した。

「魔獣に対して一切怯えることなく立ち向かった姿に感動したそうだ。それに飛行板だな。空を自由に飛び回る姿が格好良かったらしい」

「ああ、なるほど」

「剣を片手に飛行板に乗るなんて、俺でも無理だ。怖い。そう言ったら余計に驚いていた。騎獣や聖獣に乗れるのなら飛行板も簡単に操れると思っていたようだ」

「騎乗とは全然違うよね」

「ああ。下半身が安定する騎乗と一緒にしてしまったら、飛行板乗りに悪い」

「飛行板に乗る冒険者の中には、騎獣じゃなくて良かったと言う人もいるよ」

「そうなのか?」

「自分の腰より下に剣は振るえないもの。攻撃魔法を撃つにしても、射線に気を付けなければならないからね。いざとなったら飛び降りる、といった手法も採りづらい。冒険者は何でも武器にする。たとえ高価な飛行板でもね。彼等は自分の体一つ分だけの安全地帯だけでいいと考えて、戦うんだ。ちょっと真似できない行動だよね」

 スヴェルダは絶句し、シウを凝視した。






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