589 騒ぎ再び、聖獣活躍、性質、応援増員




 地上に戻ると、宮廷魔術師らはシウたちの無事を喜んだ。それ以上に喜んだのは、シウが記憶していた全体図をまとめて渡した時だった。

 元々シウに対して好意的であったが、安全対策として作った事前許可制の変更についても、

「こういう事態だ、構わん!」

 と即時に返す。どのみち転移門の修復には時間がかかる。修復時には改良も必要となるだろう。手を加えるのは、間諜に見られた以上「すでに情報は流れている」と考えた方がいいからだ。臨時の事前許可制は逆に有り難い仕様のようだった。

 ちなみに、大型転移門は潰れてしまったが通常の転移門なら王城内に幾つもある。

 しばらくは通常の転移門で運用するそうだ。大人数の移動であっても、連続使用に耐えうる構造に書き換えればいい。その分、運用に必要な魔核や魔石は膨大になるだろうが。

 ともあれ、宮廷魔術師らの話を聞いていた周囲の人々は胸を撫で下ろした。



 離宮の騒ぎが終わって安堵したのも束の間、今度は「脱獄」の知らせが入った。

 ヴィンセントから戻ってくるようにと連絡があり、シウたちは執務室に急いだ。

 その時点でもう事は終わっていたが、わざわざ呼び寄せるのはシュヴィークザームを心配してのことだ。顔を見れば安心もする。

 到着してすぐ、ヴィンセントは愚痴を零した。

「ベニグドの精神魔法は厄介だな。事前に仕込んであったらしい」

 タイマーのように仕込まれていた精神魔法によって、引き込み役の兵士が牢を開けた。ベニグドの牢ではない。彼は別の頑丈な場所に移動させられている。空間魔法の高レベル者たちが作った箱の中で今もまだ尋問中のはずだ。

 では誰が脱獄したのかと言えば、アラフニだった。彼が入れられたのは間諜用に設けられた地下牢だ。貴族用ではない。もしベニグドが自分のために使おうと思ってタイマーを仕掛けていたのなら、貴族用の牢に向かわせるはずだった。つまり、彼は自分のために魔法を仕掛けたのではなかった。

 アラフニは一番の難関であった「魔法を封じ込める牢」を出ると、一目散に王城を飛び出た。その際に何人かが怪我を負った。

 犠牲者が出なかったのはスヴェルダとプリュムが戦ったからだ。

「えっ、プリュムが戦ったんですか?」

「そうだ。アラフニめ、今度こそ聖獣を盗んで脱出しようとしたらしい。だが、お前が獣舎本棟に手を入れただろう? 入り込める隙がなくなった。転移しようにも、あちこちに結界が張られている。無理だと悟ると、今度は獣舎本棟に出入りする騎士を脅そうとした。そこに戻ってきたのがスヴェルダ殿だった。戦闘慣れした聖獣とかち合ったのが運の尽きだ」

 スヴェルダは人質同然でラトリシア国に来ているが、そもそもデルフ国の王子だ。魔法攻撃に対抗できるだけの魔道具は持っている。プリュムも幼い頃から戦闘訓練を重ねてきた。

 相手は間諜とはいえ、たかが人間だ。プリュムは動じずに騎士たちを守り切った。

 残念ながらその場での捕縛はできなかったが、プリュムの強い念を感じ取ったカリンが王城近くで待ち構えていた。

 カリンらには、シウが魔道具を持たせている。拘束具もだ。もし万が一、王都の警邏中にウルティムスの間者や協力者を見付けたら問答無用で拘束しろと言ってあった。

 カリンは言葉通りに、シウの渡した投網型の「魔法を弾く」魔道具を放った。水晶竜の鱗を少しだけ使っているので鑑定魔法の高レベル者に視られると厄介だが、聖遺物だとでも言えばいいだろうと貸したものだ。

 転移を連続して使っていたアラフニには余力がなく、逃げ切れなかった。

 元より、牢に入ると魔力を極端に減らす措置が施される。

 力尽きたアラフニはカリンたちが捕らえ、今は別の騎士らが急行して捕縛したようだ。魔法使いも一緒にいる。

「カリンたちは大丈夫ですか」

「問題ない。引き続き、警邏を行うと連絡があった。近衛騎士らも落ち着いているようだな。報告もしっかりしていたと、ベルナルドが嬉しそうだったぞ」

 とは、アランに向かってだ。彼が騎士を選んだからだろう。アランは「はっ」と真面目に返事をしたが、口元は少しだけ緩んでいた。


 それにしても、ベニグドの精神魔法は厄介だ。過去に掛けた魔法の痕跡も消せる上、タイマーまで仕掛けられる。

 精神魔法のレベルが上限に達してからもなお、魔法を使い続けたのだろう。ただ使うだけではレベルは上がらない。魔力が空になるぐらい訓練しなくてはならない。と言っても、魔力がゼロになれば死に至る。ギリギリのラインを見極めるのは至難の業だ。

 そこを乗り越え、繰り返し使うことでシウの空間魔法や鑑定魔法のように上限を突破したと考えられる。

 元々、ベニグドには突出した能力があるわけではなかった。魔力も突き抜けて多かった覚えはない。シーカーに通うぐらいだから能力値は平均より高いけれど、それだけである。

 そう、だからこそシウはベニグドをそこまで気にしていなかった。

 彼のスキル自体はたいしたことがない・・・・・・・・・

 性格に難ありだと感じていたものの、魔獣に対するような「危険性」があるとは考えなかった。

 彼のその特殊な性格こそが危険であったのに。

 スキルや能力を凌駕するベニグドの本質を、シウたちは誰も見抜けなかった。

 たとえばハイエルフに対しては警戒心を最大にして備えている。彼等の持つ種族固有魔法が恐ろしいからだ。膨大な魔力がそれを支えると知っていた。

 明らかに分かりやすい指標だ。

 そこに落とし穴があった。

 危険な思想を持つのは同じなのに、無意識のうちに「ベニグドは魔力が人族の範囲を超えていない、だから大丈夫」だと判じていた。彼には「大したスキルもない」と下に見ていたのだ。

 魔獣より怖くない。確かにそうだろう。けれど、別の方向で恐ろしい。

 ベニグドのやり口に全員が溜息を漏らす。

 対応策として、たとえば完全鑑定という方法で個々人を確認はできる。ただ、王城内だけならともかく、王都やそれ以外となると難しい。掛かる時間もさることながら、鑑定魔法持ちの負担が大きくなるからだ。完全鑑定を拒否する者も出てくるだろう。

 一番良いのは魔道具の作成だ。前回作ったものよりも、より深く鑑定魔法を掛けることになるので術式は複雑になる。しかも完全鑑定を受けたくない人のために「精神魔法のタイマー」部分だけを抽出するのだ。

 シウが考え込んでいると、ヴィンセントが「精神魔法の汚染解除を急がせろ」と命じた。

 引き込み役の兵士はこの鑑定を受けていなかったらしい。単純な方法だ。チェックの際に別の兵士と入れ替わっていた。頼まれた方は「当番を代わってもらったことがあったので」と軽い気持ちで引き受けた。引き込み役は「腹が痛いから受けといて」と頼んだ。頼まれた方は不審に思わなかった。

 更に、兵士の数が足りずにチェック体制も整っていなかった。確認に就いていたのが一人だけ。それも先にチェックを済ませた兵士が、順繰りに確認作業をしていた。それが原因で当初の指示が浸透していなかったようだ。どれだけ大事な作業かを誰も理解していなかった。

 詳細を知ったヴィンセントの額に青筋が浮かんで、執務室の温度が下がる。

「……だが、鑑定魔法を擦り抜けたわけではないと分かっただけ、マシか」

「ですが、念のために強化した方が良いのではないでしょうか」

 ジュストの言葉に、ヴィンセントも頷く。

「改良は必要だ。しかし、これ以上は人員を割けない。シーカーの教授連中も徹夜で働いているだろう?」

「あの」

 シウはそろっと手を挙げた。

 ヴィンセントが「なんだ?」と言いながらジロリと視線を寄越す。悪気はないのだろうが、話が話だっただけに蛇のような目付きだ。シウは内心で溜息を漏らしながら、提案した。

「鑑定魔法の魔道具を作るのにヴァルネリ先生が来ていたと思います。あの人が徹夜するとは思えないので、体力はあるはずです。働いてもらいましょう。文句を言うかもしれませんが、兄のルドヴィコさんが活を入れたら上手くいくかもしれません。それと――」

 魔道具を設置したのは別の人たちのはずだ。ヴァルネリが術式を考える以上のことをするとは思えない。魔核や魔石に書き込む作業なら、秘書兼従者のラステアやマリエルが代わりにやるだろう。ヴァルネリにはまだ余裕がある。

 他にも手伝い要員はいた。

「オリヴェル殿下にも手伝ってもらいましょう」

 そう、身近に「使える」人がいる。








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