588 離宮の騒ぎ




 ぐるりと見て回り、途中で昼食を簡単に済ませるとまた中央近くまで戻ってきた。

 今のところ、魔獣が入り込んだ様子はなかった。大河近くでの戦闘で大方は堰き止められたものの、先行隊がいた可能性はある。人間の間諜が潜り抜けたのだ。魔獣がいないとも限らない。

 シウの《全方位探索》では魔獣がいないとなっているが、だからといって全面的に信用するのは危険だ。未知の魔獣がいるかもしれない。シウが気付けない何かがあった時が怖いので、あくまでも探知魔法の結果については予備的に考えている。

 もっとも、気配に敏感なシュヴィークザームが「この辺りは問題なかろう」と言うのだ。安心できる。

 次は南側にある大河近くの建物を見て回ろうと話していたところ、王族方の住む宮殿方面がどよめいた。振動も感じる。

 シウたちは顔を見合わせ、行き先を変更した。


 騒ぎの元は離宮だった。例の、地下に大型転移門が設置された場所だ。

 駆け付けると、離宮から飛び出してくる騎士や宮廷魔術師たちがいる。

「どうしたのだ?」

「ポエニクス様!」

 数メートル上空を滞空したまま、シュヴィークザームが騎士らに問う。彼等は膝を突き、宮廷魔術師は驚きでぽかんとしている。

「シュヴィ様がお尋ねである。早く答えよ」

 アランが命じると、騎士ではなく宮廷魔術師が一人、前に出た。

「大型転移門の術式に仕掛けが施されていたようです。修復しようとしたところ、突然どこかと繋がったようで慌てて発動を取り消しました。その反動が大きく、内部の装置に亀裂が入ってしまい――」

 アランが眉を顰める。宮廷魔術師は慌てて続けた。

「爆発したのは一部の装置ですが、煙が酷くて一旦退避しました」

 中には怪我をしている者もいた。宮廷魔術師たちは騎士ほど身軽ではない。爆発のせいで身を守りきれなかったのだろう。

 もちろん、何があるか分からないからと防御魔法は展開していたようだ。命に拘わるような怪我ではなかった。多くは、爆発の際の被害というより退避の際に転んでできたものらしい。

 シウが治療しようと地面に下りたところで、その宮廷魔術師が集まってきた。

「君は、間諜の残したメモを渡してくれた子だな?」

「はい」

 詰問調に聞こえ、もしや仕掛けについて何か疑われているのかと身構える。そんなシウに、彼等は矢継ぎ早に続けた。

「メモの内容は覚えているかね?」

「確か、シーカーに通う生徒だったな」

「わたしは知っているぞ、シウ=アクィラであろう? ルドヴィコが何度か仕事を共にしていた」

「チコ=フェルマーを蟄居に追い込んでくれた子だな」

「ええい、お前たち、退け。『王族専用身分証明書』を持つ者よ、頼みがある!」

 シウは仰け反った。埃を被って怪我をしているのに、貴族とは思えない元気さだ。しかも、前に出てきたのは、もうお爺さんと呼ばれてもいいぐらいの宮廷魔術師だ。

 シウはたじたじになりながら、小さく頷いた。

「あの、何でしょうか」

「お主がくれたメモだが、まだ内容を覚えているか? 間諜がどの辺りで作業をしていたかも分かるか? 大型転移門を見たのは初めてだろうが、お主は優秀な生徒だと聞く。覚えている限りでいい。教えておくれ」

「あ、はい。分かりました」

 なんだそんなことかと、シウがホッとして頷けば、宮廷魔術師たちはぽかんとした。

「いいのか?」

「分かるのか?」

「覚えているのか?」

 と、またそれぞれが話し始める。彼等の焦りや恐怖、もどかしい気持ちがシウには理解できた。

 ラトリシアにとって、いや「サタフェスの悲劇」が起こった跡地近くで住む者にとって、大人数を転移させることにできる大型転移門は心の拠り所だ。何をおいても修復したいに違いない。

 これぐらいのことなら能力を隠す必要はなく、保身も考えなくていいだろう。何よりシーカーの卒業が決まったシウだ。ヴィンセントも薄々は分かっている。少しぐらい知られたところで問題はない。

 シウは大きく頷き、宮廷魔術師らに向き合った。

「大型転移門の全体図、最新の設計図はありますか?」

「あ、ある。だが、実は、どれが最新かは分かっていないのだ。その、各自に担当があり、連携しない場所なら自由に改良しても良くてな」

「ああ、だから――」

 最善の正解が分からないのだ。

 今回の件で全てを書き留めようとはしたのだろう。ところが、途中で誰かが「少しぐらいなら修復してもいい」と考えた。これまでがそうだったからだ。ところが間諜は、自分が使いやすくするために各ブロックを繋げてしまった。本来の連結場所とは別に、手を加えた。

「僕が見た時のもので良ければ書き出せます。配置図も描きましょう。ただし、それは間諜が手を入れた後のものです。正解は不明ですよ?」

「メモ書きも覚えているのだろう?」

「はい。だけど、それが一枚かどうかは分からないじゃないですか」

「あ、そうか、そうだな」

「それと、念のため見てきます。どこかに『繋がった』かもしれないんですよね?」

 発動を止めたとはいえ、危険だ。

 相手側に位置が伝わったかもしれない。

 シウの懸念を伝えると、宮廷魔術師だけでなく騎士たちも真っ青になった。

「シュヴィは待っていてほしいけど、置いていくのも心配だからね。一緒に行こう」

「シウ様、しかし」

「アランさん、大丈夫です。あー、裏技があります。詳しくは明かせませんが」

 裏技と口にした時に目を輝かせたのは宮廷魔術師たちだった。特に代表者らしいお爺さんが前のめりになる。すぐに部下が止めに入った。

 彼を見ていると、シュタイバーン国の第一級宮廷魔術師であるベルヘルトを思い出す。好奇心旺盛で、床に杖をドンと叩き付ける元気なお爺さんだった。

 当たり前だが、宮廷魔術師もいろいろだ。チコのように権威を前面に押し出して偉そうにする男もいれば、新たな技術に触れるかもしれないとワクワクする人もいる。

 シウは苦笑しながら騎士たちに目配せした。彼等はお爺さんの前に出て体全体で止め、不安そうな目を向けながらもシウたちを見送った。


 幸い、地下はそう大きく崩れていなかった。

「アランさん、上ばかり見なくても大丈夫です。万が一、落盤があってもブランカの周囲は守られていますから。シュヴィも漏れなく守りますよ」

 他の聖獣ペアたちは地上に置いてきた。彼等には「離宮から誰も出ないように見張っておいて」と命じてある。シウたちが地下に進む間に入れ替わりで「繋がった向こうから誰かが出てきた」らまずい。

 もっとも、シウの《全方位探索》で視てもそんな気配はないが、これも念のためだ。

 現場に着くと、すぐに答えが出た。

「術式が途絶えてるから大丈夫そうですね。誰も入ってきてません」

 アランがホッとした様子で、少しだけ力を抜いた。

「ただ、位置情報は伝わっているかもしれない」

「えっ」

「妨害します。アランさん、少しの間だけ目を瞑っていてくれませんか?」

「いや、ですが」

「アラン、シウの言う通りにせよ。シウは我等のために動いているのだ。だが、手の内は明かしたくない。一流の冒険者とはそのようなものだと、お主も知っておろう?」

「それはそうですが……。分かりました」

「うむ。我も目を瞑っていようぞ」

 と言って、本当に目を閉じた。アランも慌ててギュッと瞑る。何故かブランカもだ。

 シウは笑いが漏れそうになりながら、その場で魔法を展開した。

 情報が伝わってから時間はそれほど経っていない。まだ間に合うだろうと、偽の情報を流し込む。空間魔法のレベルが高いからこそできる。いや、転移魔法を使い倒しているシウだからこそ可能なのだ。

 しかも、シウはハイエルフの得意な魔法「追術」を研究開発した。

 急いで魔法の流れを追いかけ、そこに新たな情報を添える。これで位置情報が相手に伝わっていたとしても誤魔化せる。

 できれば念のために妨害魔法も施したいと思った。ただそうなると、今度はこの大型転移門が繋がる先との間で支障が出るかもしれなかった。

 シウは少し考え、位置情報を設定する術式に手を入れた。転移の受け入れを許可制にしたのだ。

 ここから繋がる場所は各領都にあった。おそらく向こう側からも来られるはずだ。何らかの許可証があれば誰でも自由に転移できる仕組みだった。これを一時的にではあるが、事前許可制とした。

 怒られるかもしれないが、ウルティムスが兵を伴って転移してくるよりはマシだ。

「終わりました。もう目を開けても大丈夫ですよ」

「そうか。シウよ、よくやった」

「はいはい」

 シウは笑って、ついでに全体図も自動書記魔法を使って書き留めた。何十枚にもなるが魔法は便利だ、あっという間に出来上がる。






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おかげさまで、魔法使いで引きこもり?15巻が出ます


魔法使いで引きこもり?15 ~モフモフと大切にする皆の絆~

発売日 ‏ : ‎ 2023/9/29

ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4047376113

イラスト ‏ : ‎ 戸部淑先生

書き下ろしは一章分(第四章がまるごと書き下ろし)


イラスト、どれも最高なのでぜひご覧いただけたら嬉しいです

ネタバレしたくてうずうずしちゃう…



また、10月末には第二部の1巻も刊行予定です

どちらもよろしくお願い申し上げます🙇



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