587 王城内警邏で角牛と騎獣に
王城内警邏には本職がもちろんいる。特に貴人が多く行き交う中心部分は、近衛騎士団を筆頭に目を光らせていた。主に第二から第四隊が担当だ。第五隊以降があるのはシウも知っている。以前、フェレスが接収されそうになった時に関わったのが第五隊の近衛騎士だったからだ。彼等は宮廷魔術師の護衛をしていた。第五隊以降は役職に就く人を守るのだろう。
王族に仕えるのは近衛騎士団の中でも第一隊所属になる。花形らしい。見た目や身分を求められることから、やっかむ者はそこを揶揄の対象とするようだ。
といっても、何の実力もなければ第一隊には配属されない。王族を守るのだから何某かに秀でている。特に自ら考えて動く力が必要だ。
ちなみに、アランが引き抜いてきた近衛騎士は第一隊以外の隊員だった。第一隊はもう目一杯に仕事が割り振られている。これ以上の勤務は難しい。
「実力はあっても貴族出身者でないと出世し辛い部署ですが、功績があれば別です。ただ、我々の仕事は『事件』を未然に防ぐこと。功績を挙げるのは難しい。今回の件が彼等の一助になればと思っています」
便乗して申し訳ないと、アランが話す。
シウもシュヴィークザームも気にしていない。むしろ前向きに頑張ろうとする近衛騎士らを応援したいと思う。この機会になんとかしたいと考えるアランの気持ちも理解できた。
シュヴィークザームが頷く。
「聖獣らも同じよ。あれらも何か力になりたいと考え、申し出た。互いに気持ちが通じ合って、良い仕事を成すであろう」
「ありがとうございます」
「うむ。ところで、お主、我をシュヴィと呼んでも良いのだぞ?」
「え、えっ?」
仲良くなろうとしているシュヴィークザームに、アランはどう返事をしていいのか迷ったようだ。シウをチラチラと見る。シウは笑って「いいと思う」と答えた。
王城は広く、政治を行う城内や王族が住まう宮殿は避けて見回った。獣舎や兵舎などだ。
「角牛が大丈夫そうで良かった」
「うむ。あれらは怖がりだからな」
昨日は王城内の騒がしさに釣られて少々暴れたようだ。しかし、世話係らが安心させようと熱心にブラッシングしたおかげで今は落ち着いているという。
「あ、でも、壁にひび割れができてるね。もし良ければ直しておきましょうか?」
とは、獣舎の担当者にだ。
「ですが、よろしいのでしょうか……?」
シュヴィークザームが突然やってきたことで緊張していた担当者が、シウの言葉で更に震える。彼の視線はアランに向かった。この中で役職に就いていて、かつ一番偉い立場だからだ。アランは「大丈夫だ」と頷いた。
「で、でしたら、よろしくお願い申し上げます。今は魔法使い様方がお忙しそうにしておりまして、とても頼めなかったのです」
魔法を使わない土木建築部もあるが、時間を掛けると神経質な角牛がイライラしてくる。角牛にとっては見知らぬ人がいるだけでストレスなのだ。
魔法でサッと直してもらいたいと願っていた世話係らは、シウの申し出に喜んだ。
角牛は巨体で、土壁もかなり厚みをもって作られている。下部は石で補強もしてあった。それにひびが入るのだからよほどだ。
「連れて帰った時もこんな風にそわそわして慣れなかったもんね」
「我がいたから安心しておったのだぞ」
「そうだよね。シュヴィは今もこっちに顔を出しているの?」
「うむ。たまに様子を見に来る。我に美味しい菓子の素を与えてくれる良き生き物であるからな!」
そう言って、獣舎の中に入っていく。外に多くの人や聖獣が集まっている気配を感じて緊張していた角牛たちはホッとしたようだ。良い感じの何かが来た、といった様子で集まっている。
シウはその隙に壁を直した。補強も済ませる。魔法だから、あっという間だ。
騎獣隊の獣舎にも顔を出した。
ここには脱走した子らが残っている。それ以外は各兵団の見回りやら何やらで出ているようだ。
騎獣たちはシュヴィークザームと聖獣の姿を見て慌てた。
そしてブランカを目にするや姿勢を正す。
「がうがうっ、がうがう!」
「ぎゃぎゃぎゃ」
「ぐぉー!」
怯えたり、頑張っていると宣言したり、いろいろと大変だ。
騎獣隊の兵士も集まってきて直立する。
シウは苦笑いでアランに視線を送った。彼はゴホンと咳払いすると、ブランカから下りて告げた。
「警邏中です。異変はありませんか。少しの問題でも、何かあれば報告してください」
「あ、はい! 問題ありません。昨日からずっと見張りを立てておりますし、宮廷魔術師の方々が精神魔法避けの魔道具を取り付けてくださいました」
「そうですか。しかし、だからといって安心し、気を抜くことのないようにしてください。手引きした人間が全員捕まったとは限りません。警戒を怠らず、引き続き見張りをお願いします」
「はいっ!」
「あ、餌のチェックも」
シウが小声で付け加えると、アランが頷いた。彼は聖獣の一頭に目を向け「確認できますか」と声を掛ける。レーヴェは人型に転変すると「任せてくれ」と胸を叩いた。
「不審物の見分け方を教えよう。お前たち、自分の口にするものだ。よく確認するのだぞ」
「がうがう!」
「学ぶ意欲があるのは良いことだ」
獣舎内に入っていくレーヴェを見送ると、アランは兵士にも命じた。
「騎獣の食事はもちろん、体調を管理するのも仕事のうちです。昨日彼等に聞いたのですが、世話は獣舎番や家僕にやらせているとか。騎獣との連携を深めるためにも、騎乗者を含めた皆で寄り添うべきかと思います」
「は、はあ」
「近いうちに通達が出されるでしょう」
ヴィンセントが、獣舎本棟での話を聞いた時に改革が必要だと呟いていた。アランは上司のベルナルドから具体的な話を聞いているのだろう。
「相棒制度が復活するかもしれません。もし契約できなかったとしても、自分を乗せてくれるものへの敬意は必要です。わたしも馬を持っていますが、できるだけブラッシングの時間を取っていますよ。大事にするからこそ、彼等もわたしを大事に乗せてくれるのです」
「騎士様が馬の世話を?」
驚く兵士に、アランはしっかりと頷いた。
「聖獣もそうですが騎獣も、よくしてくれる相手には真心を返してくれます。契約していなくともね。ご覧なさい。この子はシウと契約していますが、シュヴィ様やわたしまで乗せて飛ぶのです。勝手な真似をせず、騎乗者を必ず守るという一心で。今までで一番、快適な乗り心地でした」
褒められたと分かったブランカが尻尾を振る。ちょっぴりドヤ顔に見えるのは気のせいだろうか。もちろん、シウもブランカが褒められて嬉しかった。表情には出さないが心の中は「良かったね」と思っている。
「騎獣に選んでもらえるよう、大事にしなさい。正式な契約相手となれば国からの補助も出ます。役付きにもなるでしょう。出世ですよ」
「お、おお!」
「頑張ります!」
「俺、仲の良い子がいるんです。相棒に選んでもらえるなら――」
アランの言葉に触発されて、やる気になった者が出てきた。
良い傾向だ。
騎獣隊に所属する兵士も騎獣も、これまではどちらも距離があった。
兵士は「個人の持ち物ではなく共有物」だとしか見ていないし、ただの乗り物と思う者もいたようだ。騎獣も「働く場所」としか認識していなかっただろう。誰が乗ろうと関係ない。
互いに興味がないから、連携も取れない。
興味がないから、騎獣たちが何を考えているのか理解しようとしないし話し合うこともない。だから騎獣も変な人間を見付けても報告すべきかどうか分からずに黙っていた。話しても通じないと考えた。普段から交流していないせいだ。
騎獣は自分たちだけでコミュニケーションを取れる。人間と話す機会がなければ、人間とのコミュニケーションの取り方なんて学ばない。
そのせいで会話がいつまでたっても成り立たないのだ。
学べる素養のある騎獣を上手く育てられていない。
あまりに勿体ないし、あまりに憐れだ。騎獣は、希少獣は、働くことが好きだ。役目を与えてあげた方がいい。
といっても、ただ命じるのではダメだ。
人間と同じである。
人間も、何の理由もなく意味も知らされず、ただ命じられるだけでは十全な仕事ができるとは言えない。何より道具のように扱われたら心が荒む。
騎獣も同じだ。
真心を尽くさねば、返ってはこない。
アランの言葉は兵士たちに伝わった。あとは彼等の言葉が騎獣に伝わればいい。
シウは騎獣隊がもっと良い環境になればいいと願った。
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◆お知らせです
「魔法使いで引きこもり?」の15巻が今月末に刊行予定です
応援してくださる皆様のおかげで第一部の最後まで出せることになりました
本当に本当にありがとうございます♥
◆情報はこちら
魔法使いで引きこもり?15 ~モフモフと大切にする皆の絆~
発売日 : 2023/9/29
ISBN-13 : 978-4047376113
イラスト : 戸部淑先生
書き下ろしは一章分(第四章がまるごと書き下ろし)
最後に相応しいカバーイラストとなっております!
◆更に、第二部の1巻が続けて刊行予定です
こちらは来月末になります
(ちゃんとKADOKAWAさんの刊行スケジュールに載っているのでバラしても大丈夫なはず…)
詳細につきましてはおいおい発表して参ります~
どうぞよろしくお願い申し上げます🙇
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